かとかの記憶

野阿梓 通読 / 102

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牧村(槇菱湖)のプロフィールが紹介された時点で、まだ事件が始まってもいないのにあらかじめ察して敵意を覚えるという読者だから。

コンピュータ降魔については、西谷史のデジタル・デビル・ストーリーはその理論について書かれるのは旧シリーズの一二巻くらいで、それは伝統的な魔術の儀式をコンピュータで再演するとデータとして悪魔が降臨するというアイデアで、当時の解説にもあるようにそこには「飛躍」がある。ディスプレイから悪魔が現実に実体化するについては尚更、そこに「なぜ」はない。

そのあとは伝奇バイオレンスの本領発揮になる。野阿梓は流石にその「なぜ」にこだわる。作家の個性のちがいは無論だけど、80年代と90年代の環境のちがいは大きいだろうとも思うので、今較べてみるには面白かった。そのテーマにしても、他にもっと読まなければならない作品は、まだあるだろう。わたしは取っかかり。

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    katka_yg 2026/07/12 (日) 01:55:28 修正 >> 102

    第一の「飛躍」はそもそも、古来、魔術の呪文や儀式によって悪魔が召喚されるのは、なぜか、について。そもそも、悪魔とは何か。それらは措いて、とにかく手続きを実践すれば間はブラックボックスでも悪魔は出てくるという。作者というか、少なくとも中島朱美はそうだ。中島に思想はない。

    野阿作品にもどって、本作はこれからオカルトの解説にもなるようだから、最後まで読もう。