クグワと盆踊り
この世の終わりが近くなると、世界から神秘が失われ、恐るべき事件や不思議なできごとは起こらなくなるものだが、そんな現代にも、お盆のころ冥界の掟の鎖が緩むと、普段は紫原っぱに暮らしているクグワ達が世界のほうに漂ってくる。……
冥界の掟を抜けてきた三人のクグワは、一人ずつ、孤独のクグワ、絶望のクグワ、憎悪のクグワだった。アケローンの河を渡ったところで、孤独のクグワはそれ以上三人でいることに耐えられず、同行の仲間から脱走しようとした。
が、そこまでだった。孤独のクグワは力尽き、一人きりの孤独に戻りたい、戻ろうと足掻きながら、それでも心配そうに見つめるクグワ達を追い払いもできず、彼らに看取られ、そのまま消滅してしまった。残るクグワは二人になってしまい、世界は、孤独というものを知ることがなかった。
孤独のことを想いながら、川べりを上がった二人のクグワは、暗い街の通りを進んでいった。チュルホロの月が差し込む路地で、少年のグループが一人の弱者をいたぶっていた。少年達は、普段は馴れ合いの集団にすぎないが、相手が弱者のエルフと見れば大勢で囲み、蹴りを入れているところだった。離れたところで、王家のくらやみ王子が手すりに腰かけ、暴行の様子を傍観していた。エルフがやがて息絶えると、少年達は去っていった。去り際に彼らは王子に胡乱な目線をくれたが、くらやみ王子は連中を無視して弱者のもとに屈み込んだ。囁き声に訊ねる。死ぬのが、こわいか……?
エルフは顔を上げ、王子の靴に血まじりの唾を吐き、また顔を落とし、そして死んだ。大勢に殴る蹴るされて声も上げられないかわいそうなエルフにも、王子に唾を吐く勇気だけはあった。
この間、クグワ達は慄然として凄惨なチュルホロの
憎悪のクグワはやりきれない憎しみを燻らせながら、暗い通りの先を広場へと向かっていった。お盆に帰ってくるクグワだったから、そこにはやはりチュルホロ盆踊りの会場が設けられていた。並ぶ屋台の間を浴衣のチュルホロ人が行き交っていた。チュルホロにもお盆の習慣があったのか……あったのだが、とにかくそれに似た祭典だと思えばいい。楽しげに笑い合う人々の、あまりに偽善的で平和な光景にクグワは冷笑し、舌なめずりをしながらそちらへと近づいて行った。そのとき、後ろから体当たりされた。
チュルホロ人の大人にはクグワは見えず、子供にしか見えないが、そのことにはどうもハートポイズンが関係している。クグワの見える子供にとっても、クグワは「ピンク色の風船」にしか見えない。遠慮ない両手で抱きつかれたクグワはあえなく破裂して散った。三人のクグワは、こうして全滅した。
ピンクの淡い霞が消えていく間、女の子はびっくりしてそこに立っていた。次第に、吸い込んだ冥界の霧と、憎悪の気持ちが彼女の幼い心に忍び入った。その先で両親が待っている。母親が彼女の名を呼んでいる。きっと睨んだ少女の眼はお母さんと、お父さん――を憎んではなかったから――両親を通り越してその向こう、広場の中央の、電気のついた大やぐら、踊りの輪の内にあるそれに刺さり、それを直撃した。やぐらは吹き飛び、一瞬をおいて、大音響、人々が泣き叫んだ。女の子は憎悪の風に吹きさらされながら立っていた。その風は吹き過ぎ、駆け抜けて去った。もとよりクグワにそんな力はあるはずなく、その憎悪はきっと彼女の才能だ。夏の夜にあった恐るべき、悲惨なできごとは、彼女の成長する心にしっかりと焼きついた。
上のと、次のSSは一昨年にツイッターで書いていたもの。一部修整。