イレイサー・イーサーと夜々の騎士たち
惑星「夜」の文明がかつて繁栄の極みにあったころ、星系を訪れた魔法使いイレイサー・イーサーがその歴史を食い止めたといわれている。彗星に乗って旅するイレイサー・イーサーが宇宙空間から惑星に向け呪いを投げかけると、呪文を浴びた惑星の人々の心には狂気と、理解不能な想念が沸き返った。人々は憎しみ・嫉みに駆られて争い始め、共に手を携えて国と星との発展に尽くす気持ちを忘れていった。
高い文明に達した星々を訪ねては文明を破滅させ、人間を原始状態に返すのがイレイサーなのだという。以来、彗星を棲み家にするイレイサー・イーサーは周期的に第三惑星を訪れ、星の文明を中世にまで後退させた。惑星の人々はイレイサーに立ち向かい、イレイサーを打ち倒す試みを続けていた。王家より討伐の令がくだり、地上の戦士たちはイレイサーに立ち向かった。その頃の王国には、イレイサーを倒すことのできる戦士達がたしかにいた。彼らは戦士として強化された身体を再構成し、人類の銀河史にある戦闘技術を余さず備えていた。
宇宙に名のあるほどの戦士なら、彗星に飛び乗り、イレイサーを倒すほどの力量の持ち主は珍しくない。そしてイレイサーに打ち勝ったとき、戦士は倒したイレイサーの精神にふれ、彼女の意志、記憶と、人格を引き継いでイレイサーそのものになるという。だから決してイレイサーは最終的に倒されることがなく、挑みくる銀河最強の戦士たちを容易く食らい、それになった。
イレイサー・イーサーは四百年周期で訪れ、惑星の人々に呪いを投げかける。そのような魔法使いイーサーには物理的な実体の有無すら定かでなく、亡霊のような精神体ともいわれた。恐るべきイーサーの噂が広まると、惑星「夜」は星間世界から切り離され、やがてイーサーとともに星系ごと封印された。星図からも抹消された夜世界に再び訪れる旅人はなく、恒星通路を封鎖された人々がその後に星々の間に脱出することもなかった。
城下町に住む少年ゾエルは、その頃、郊外の古い神殿跡に毎夜出かけ、遺跡に住む若い娘に会っていた。そこは古代の遺構を残しながら、現在は王家のささやかな離宮がつくられていた。その女性は惑星の王女だった。少年ゾエルは王女に会って「結婚してください」と言った。それまでにも二人はたびたび会っていた。さびれた離宮に王女は孤独に暮らしていた。星のない惑星の夜、王女は庭園で、歌のない歌を口ずさむ。ゾエルはそれを聞きに行くのだった。
求婚され、王女は歌うのをやめて彼をみた。好きよ、ゾエル。ああ、あなたがイレイサーを倒してくれたなら……。王女は身を屈めて少年の髪をなでた。身長、一四五センチ。あなたの体格では、生まれつき身につけることのできる剣技のレベルに限りがある。あなたの成長ポテンシャルでは、この先どれほど修行してもイレイサーを討ち果たす力量に至らないわ。
そしてあなたの優しい心では、どんな精神モッドを導入しても、邪悪なイレイサー・イーサーの呪いに抗えない。わたしにはそれが自明のこととして見える。かわいそうに。美しい王女の瞳に映る未来には、愛する少年が未熟なままイレイサーに挑んで死亡するところが見えたので、王女は、本当に残念そうに言って一滴の涙を落とした。「さようなら、ゾエル」
ゾエルは落胆し、王女と別れて下町の彼の下宿に帰った。当時、『邪悪な魔法使いを倒した者にこそ王女との結婚を認める』という王国の布令が下されていた。なぜこんな運命が決まっているのか。ゾエルは平民の生まれで、もとより王女にふさわしい相手ではなかった。恐ろしい魔物を倒すほどの武術を習ったこともないし、戦闘シナユニを買う金もなかった。それでも彼女が好きだった。それだけなのに。
少年は夜また夜を泣いてすごした。夜が明けて、新たな夜が訪れる頃、少年の疲れ切った心にひとすじの
それでも私の愛すべき人は王女なのだから、私にはもう、誰も愛する人がいない。そして、少年はロープに首を吊って簡単な自殺をした。
その間にも、賞金や名声欲に駆られてイレイサーに挑む戦士たちは、惑星から次々に飛び立っていった。屈強な男たちは、強力な装備と技術を買う金も十分にもっていた。彼らは、もしも現在の自分のレベルでイレイサーを倒すことができなければ、イレイサーを倒すのに十分に強力な身体設計と、剣術技巧をあらためて導入し、人生を再走しようと考えていた。しかし、彼らは戦いに臨み、誰ひとり帰ってはこなかった。彗星を駆るイレイサーは戦士たちの魂を貪欲に食らい、すすった。
惑星の周期で百六十年後、新たに条件に合いそうな少年が王女のもとを訪れた。以前の少年と同じ優しい心をもっていて、幼い頃から美しい王女に憧れを抱いていた。名前も同じゾエルだった。成長したとき、少年はあの少年ゾエルより、五センチ足して身長、一五〇センチだった。しかし王女の瞳は、再び悲しげに伏せられた。
イレイサー・イーサーの身を傷つけるためには、特別なホムンクルス・ソードが必要だけれど、ホムンクルス・ソードを鍛えるためには、鉱脈を守るブッカ・ブーの一族を襲撃して滅ぼし、魔法の鉱石を奪い取る必要がある。心の優しいあなたにそれができる?――この剣は「顧みることなき剣」とも呼ばれ、いまだ鍛えられず、この世に生まれざる剣ながら、王女によると、魔法のその剣を手にすれば、相手が女であれ男であれ、老いも若きも、いかなる敵の区別なく一太刀に斬り捨てるという。
その夜から少年ゾエルは、山地に住むブッカ・ブーの領地の周りをうろつき、平和に暮らしている妖精たちを遠くからうかがい、夜ごとに襲撃の策を練った。焼き討ちと殺戮のすべを一から十まで検討し、心の張り裂けるほど苦悩した。ゾエルは一度、ためしに部族の幼い娘を拉致して、剣で殺そうとした。ロープで両腕を縛られた娘は、泣きながら、わけのわからない言葉で救いを求めていた。幾度も剣を振り下ろそうとし、そのたびにゾエルの心は萎えた。
王女の言う通り、私にはできない。私の弱い心では、顧みることなき剣を手にすることはできない。その剣は将来、それができる誰かに託そう。未来にいつか来る誰か……王女への愛さえ同じなら、その心は残忍でいい。そして絶望した。王女のために悪魔にもなれない私は結局、王女より私自身の心を愛しているのだ。だからゾエルは剣をもたずに戦いに旅立ち、望んでイレイサーの餌食になった。
二百三十年後、ブッカ・ブー族を滅ぼす者が現れた。身長一六〇センチ。鍛えたなかなかの腕力を持ち、心は冷酷だった。その少年は山地の部族を皆殺しにして鉱石を持ち去り、ホムンクルスの剣を鍛えた。顧みることなき魔剣は、そのために「惨劇の剣」とも呼ばれるようになった。
あの頃王女の言ったとおりなら、その剣はイレイサーを倒せたかもしれない。しかし、その間にイレイサーはより強くなり、今は魔剣があっても戦いは絶望的になっていた。彗星の氷の表面には、幾世代にもわたる戦士たちの骨と彼らの朽ち果てた武具とが積み重なっていた。かつて「顧みることなき惨劇」と呼ばれた剣は、一度敗れてのちは再び顧みられることなく、今は無数の敗者の遺品に埋もれていた。
数百年後、また一人の少年がゾエルの名を継いだ。少年の知識は戦闘に特化し、心には刃より研ぎ澄ました戦意が貫いていた。ゾエルにはひとつの思いだけがあった。今よりもっと強くありたい。美しい王女を愛するにふさわしい、より強い私に。でなければ私には生きている意味がない。弱いもの、美しくないものに価値はなく、価値のないものは生きていてはならないから。少年はただ自らそうあるために、彗星なるイレイサーの玉座の前に立ち、名もなき剣を手に戦いを挑んだ。
剣閃と魔術の呼び起こす稲妻が、彗星の氷の野をきらきら彩り、戦いの叫喚が真空の宇宙をつかのま騒がせた。やがて倒れた両者のうち、最後に立ち上がった一方のいずれか……いずれであれ、それはイレイサーなのだった。
相変わらず四百年周期で彗星は訪れ、地上に狂乱を呼んでいる。イレイサー・イーサーに挑む勇気のある人は惑星になく、この星の人々はイレイサーに脅かされる一生を受け入れ、諦めている。そしてまた一人の少年が夜と夜と夜のはざまに生まれ、王女の前に立った。ゾエル? その名をもう誰も知らない。少年の背丈はもう王女を越え、王女の手はもう、彼の髪を撫でることができなかった。
この話は十年くらい前に即興連投で書いたので、その140字区切りの体裁を外して、それと当時のネタ的な寓意を除いてリライト。もともとイレイサーでもイーサーちゃんでもなかった。ゾエルだけ同じ。
クレコロのトピックの続きで「惨劇のつるぎ」の話をしていたので、せっかくだから再投。ここの民話や説話的文体の趣向とはだからちょっと違う。
惨劇のつるぎ
クラシックな「惨劇のつるぎ」というアイテムが実戦で使える最初で最後の例みたいな…。「かえりみることなき剣」なども名前は印象的でAMの旧作のプレイヤー誰しもが憶えていると思うけど。