これくらいなら、わたしは漢字使っていい。これだと、漢語を枕詞的に使うということだな……。韻文は和語部分に詰め込む。
カタカナ語は単純に、和語より字数を多く消費するから。活用がないのは同じだが、英語の読みをカタカナには幾らでも崩したり伸ばしたりできるものをあえて三十一文字でやろうと思わない。やろうと思ったことがないだけで……実際どんなものかな。
不適切なコンテンツとして通報するには以下の「送信」ボタンを押して下さい。 管理チームへ匿名通報が送信されます。あなたが誰であるかを管理チームに特定されることはありません。
どのように不適切か説明したい場合、メッセージをご記入下さい。空白のままでも通報は送信されます。
通報履歴 で、あなたの通報と対応時のメッセージを確認できます。
というか、歌というのは必ずしも通常の文法や叙法で書かなくてもよい。それではなくて、『思わなくとも』という古文現代文が混じってるようなとりとめのなさのこと。
現代語で短歌……というか、和歌(やまとうた)を造ろうとすると、ことに漢語(漢字)とカタカナ語がネックになる。というか漢字は日本で1600年は使ってるのだが、そんな、「外来語を使うな」という話ではなくて、活用が少ない=「~す」(サ変)に限られるのが、韻を踏む(ライム)のが現在興味のわたしの中では邪魔になると思っていた。
これくらいなら、わたしは漢字使っていい。これだと、漢語を枕詞的に使うということだな……。韻文は和語部分に詰め込む。
カタカナ語は単純に、和語より字数を多く消費するから。活用がないのは同じだが、英語の読みをカタカナには幾らでも崩したり伸ばしたりできるものをあえて三十一文字でやろうと思わない。やろうと思ったことがないだけで……実際どんなものかな。