ありがとうございます。
いい話聞きました。わたしは親にほったらかしに育てられて、祖父が主に面倒をみてくれました。面倒といっても祖父がどっかへ行かないように見張り役みたいなものでした。幼稚園はうるさくてびっくりして、なじめませんでした。なんでほかの子がこんなに騒ぐのかわからず、楽しくなかったのを覚えています。大人しかったのでいじめももうけました。
小学校に入ってもパッとしませんでしたが、ちょうど4年生から出来る子になってきました。特に4年生の知能テスト後に女の才木先生が急に優しくしてくれて、その先生がダイスキになりました。今思えば、IQが良かったんでしょう。というか、周りが重工の労働者の子弟ばかりでしたからIQレベル平均が低かった中で良かったんだと思います。
そういう経験があったので娘の幼稚園には最初は懐疑的だったのですが、今の幼稚園は保母さんのレベルが高く、いろいろと習い事みたいなこともやってくれます。体操とか、ピアニカ、硬筆とか・・これにはびっくりして、幼稚園にはとても感謝しています。自分では手が回らないことを保母さんがやってくれました。ほんと、良かった。
娘は私と妻(ベトナムの5指に入る大学出)の血を引いているので、勉強やる気になれば勉強はできると思います。やりたければやればいいと思っていますが、「有名大学いってなんになんの?」という気もしています。だから、自分には「がんばってね」としか言えません。いまは、その時期なので英語とピアノだけは教えています。
で、私の同年代の連中は、大概、NTTや都銀に入りましたが、ツマラン人生だったろうなと想像します。自分は楽しく行きました。ただ、中学高校と受験勉強(自分ではそのつもり)に比重を置きすぎたのが若干くやまれます。勉強はたとえば、世界史で西洋やシナやインドのある時代についていろいろ調べるとかしていました。当時は全体像がみえなかったので、これが受験勉強だと思っていましたが、後々、考えてみればあんなの受験に何の意味もないとわかりましたよ。でも、当時の勉強は今の歴史を見る目に役に立っています。
で・・・五十六さんって、イイネさん?違う方?
祖父が宮島のボートレースへ行ってるときは、ひとりぼっちでした。暗い路地で遊んでいました。あーーあ。