ここの海図は二か月目にしてひとまず全域を描き終えた。もちろん、これから常時、随時更新していかなければ用のないものではある #電子漂流のはなしhttps://t.co/a19BQVlJCV
— katka_yg (@katka_yg) October 8, 2026
Wikiwikiの夏季事情で8月足枷を課せられたのが痛かった。いずれ旧版から大幅に改訂修正がいったが
最初から公開しているがこれも一人作業の次第となり、今までかかって後もどこからも祝福なり称賛なりも届かないことになった。
それも、必要なときに躊躇なく冷酷になれるためにはいること。海木のカンパニーのようなのでも、相手の気持ちを考える余地がある間は対人は撃てない。
電子海は、撃つときは徹底的に、躊躇ってはだめだ。手を緩めたらあとに半年も一年も残る障害を許すことになる。
通報 ...
ひとよりつらくて報いのない作業をするのでなくて、そもそもAMにくる理由がない。
好きに取るやつは、いつも好き放題取ってやり散らす。そうでないなら、欲しいものはまず人に与えて自分のは最後に取る。それがキャラクターの個性、ロールプレイになる。「欲求」というのは生理・心理のものであれ無個性なものだ。
あまりに人間的な群れ
もうひとつ書き足すのは、功利的な観点からの共生社会のような論、『自分のことばかり考えて周りを見ないと、じきに共倒れだぞ』のような言いは、ここでは必ずしもそれで通用しない。これはバーチャルなコンピュータゲームなので、自分の欲しいだけ取って『やったやった、あー面白かった』といってそれで抜けても、その結果をゲームの外のリアルまで追及されない。上手くやって短時間で遊び切れればいい。そのつもりでするなら勝ち逃げができる、やってしまったあとでもバックレることができる。
……のように思われている。
『たかがゲームじゃん』という言葉もオンラインでは決まり文句のように聞いてきたし、AMではとくにそれ=チーターの逃げ口上にする台詞、のようにおぼえていた。その台詞を吐く心理は善人も悪人もない、同じシチュエーションでは人間共通のようだ。
それを知っていて、周りはみな同じように行動する、『みんなやってることじゃん』と言い合っている中で『でも、私はこうする』と思ってするのは本当に報いない。共倒れだでは通じなくて、うちらは勝ってるしみんな勝ってるよ? という多数の声に潰されてしまいそうだ。
やれば、案外みな一方では思っていることで、ログの上で人のしていることを見ればすぐに拡散したりすることもある。それを期待するほどではない。そんな孤立するシチュエーションはきっとゲームにかぎったことでもないが、ゲームではそれが極端な孤絶になりうる。
ここで、苦労してやって得ることは何もない。人からの評価にも、やりがい、自己満足にもならない。ではなんでするのか? ではなくて、それにもかかわらず『既にやっておきました』という場合、やられてしまったその行為は他人からは理解できない謎になる。
オンラインゲームでは、誰も彼も一様に同じ体験を料金分楽しむことがロールプレイでは、実際ない。商品体験だ。上のようなことを絶えず念頭にしながらゲーム世界を歩けば商品の仮想世界でも自分のロールプレイを確立できる。ここまでには、わたしはAMでの過去の経緯は大変やくにたった。