WW2ソ連機に多い低空時の性能が良い機体達というのは仰る通り低空用として作られた機体達です。WW2前は未来の航空戦はJu86等の影響もあり高高度が主戦場だと予想されMig-1(のちのMig-3)やVI-100(のちのPe-2)等が開発されました交戦予想高度は7000~12000m想定です、ですが独ソ戦間近になるとそこまで高高度戦にはならないやもしれないと10000までで十分とされます、さらに7000くらいまでの万能機も作っておこうとLaGGが開発され、そしてさらに低高度用にとYakが開発されました。そして独ソ戦が実際に始まると圧倒的に高度3000以下での低空戦が多かったため各高高度機器は生産停止や除去(初期LaGGにあった酸素ボンベ等)、各機に使っていたエンジン等も(例M-105P→M-105PA→M-105PF→…)どんどん低高度用に改良され大戦中期になるとほとんどの機体が低空用に改良や開発となっております。2つ目についてですが、ルーデルの手記は読んだ事はありませんのでその手記内容は存じませんが、ソ連空軍の方針としては防空軍としての性格が強く航空撃滅戦(相手の空港まで進出して叩いたりする)には独空軍と比べ消極的なのは確かです。前半の低空戦にも繋がる話ですがソ連では敵軍を止めるためには敵工場や敵空港よりも敵陸軍を叩かねばならないとされ低空での地上支援(Il-2)が作戦の中心でした、この地上支援任務が過半数かつ大規模な編隊を組んでの活動で目立つ事、反対に敵地奥深くまで侵攻する敵地インフラ襲撃(Pe-2)や独本土爆撃(Pe-8,Il-4)は少数グループかつ夜間だったので目立たない事がその「ソ連空軍は陸軍が進出しているところまでしか来ない」という記述に繋がるのかなと感じますが、43年からはソ連が行う敵奥地インフラ襲撃も昼間かつ大規模に変わるので終戦まで活動していたルーデルが触れないというのには少々違和感を覚えます、たまたまルーデルの主観では目撃回数が少ないのかそれとも地上支援の印象が強くて忘却していたかではないでしょうか。
ありがとうございます。開発の背景が良く理解できました。ルーデルのその記述は(うろ覚えですが)Stukaに搭乗していた時期の内容だったのでもしかしたらソ連側の敵奥地インフラ襲撃が活発化する前の時期の内容かもしれません。
ソ連空軍の動きが活発になり色々な活動が行われるようになる大戦中期以降のドイツ空軍では数敵劣勢を補うために局所的集中運用で制空権を確保して活動する事が多かったと思います、なのでそういった状況下で活動することの多い近接航空支援部隊のパイロットは航空阻止攻撃を行うようなソ連部隊を見る機会は少なかったのではないでしょうか