失敗した様や(・∀・) 再挑戦(´ω`)
戻ってくるなよー
なにやってまんねん
日付のとこクリックして、修正しー
テストや(・∀・)
@[外部コンテンツ] (https://youtu.be/5e9nwXegcxs?si=--9RovOTK8Zl87mE)
>> 33 動画は、外部コンテンツの埋め込みってボタン使うといいよー
だらかこういうのは→(. ❛ ᴗ ❛.)
誤解をまねくって、、、
落とし穴を仕掛けて来た^^
改めまして〜(・∀・) zenさんみたいに意志のお固い方にどう語ってもわかり合えないやろね(´ω`) 仏教の懐の深さは何でもアリやと思うけど 六道輪廻を語るのは億劫やから動画の方が分かりやすい(・∀・) https://youtu.be/vCuyn4s4jRw?si=WGI8ZjRNfWI2hUwI
ただ真理を追究するだけだ
俺はそういうのには
興味が無い
我のぶつかり合い
我の現れそのもの
そんなに自分を
誇示したいか
でおーはどうしてそう
マウントを取りたがる
試してみるかー
こっちの掲示板と併用して運営すれば
そっちの方が
流れを作れるかもな
向こうに軸足を置いたらニコるんが妨害に来るだろうが
鹿野園よりはましだ。
寝起きって
直感がさえるんだよなー
まー
明日朝の直感で決めるだろうけど
zenさんに、本覚思想で攻めるか
五蘊皆空で攻めるか
ちょっと迷うなー
知恵袋主体で構築しなおそう
向こうは捨てるかー
結局、鹿野園とロンの無益な言い争いへと向かう、、、
何かここもうまい事盛り上がらんな。
また、
企画を変更するかー
納豆食え
後で、JBLも書き込んでくるだろ
乙
ちょっと休憩を挟みます。
龍樹が解き明かした空の理論は、この世俗諦に対し、実在から離れた(解脱した)仏の世界観である空観へ意識として入って行く方法を詳しく解き明かした理論です。
これを勝義諦とも真諦ともいいます。
凡夫の実在の世界の真理=世俗諦(俗諦) 仏の非実在の世界の真理=勝義諦(真諦)
世俗とは世間一般の事をいい、科学や物理学といった学術レベルの真理がこれにあたります。
三蔵教の論蔵である『倶舎論』で説かれている内容がこの世俗の真理、即ち「世俗諦」です。
それに対し、小乗仏教は実在の真理が説かれておりますので、人間の客観の世界観のお話なんです。
これを世俗の真理と申しまして、「世俗諦」といいます。
ですから、大乗仏教では、『大乗起信論』で信じる事の意義が真っ先に説かれているんです。
そもそも仏の教えって、人間の認識から離れておりますので、人間の認識で確認出来る世界観ではないんです。
こういうお話は客観性で立証出来る内容ではありません。
信仰の世界のお話なんですね。
信じるか信じないかのお話です。
その禅天に観音菩薩や弥勒菩薩や普賢菩薩に薬王菩薩といった天部の菩薩衆が居られます。
肉体から意識が解脱する事で、人間の意識から完全に離れます。
瞑想でいうところの色界禅定で、主観と客観を空じて意識として禅天に入る事をいいます。
肉体から意識が解脱するという事です。
何となく分かった(・∀・)
失敗した様や(・∀・)
再挑戦(´ω`)
戻ってくるなよー
なにやってまんねん
日付のとこクリックして、修正しー
テストや(・∀・)
@[外部コンテンツ]
(https://youtu.be/5e9nwXegcxs?si=--9RovOTK8Zl87mE)
>> 33
動画は、外部コンテンツの埋め込みってボタン使うといいよー
だらかこういうのは→(. ❛ ᴗ ❛.)
誤解をまねくって、、、
落とし穴を仕掛けて来た^^
改めまして〜(・∀・)
zenさんみたいに意志のお固い方にどう語ってもわかり合えないやろね(´ω`)
仏教の懐の深さは何でもアリやと思うけど
六道輪廻を語るのは億劫やから動画の方が分かりやすい(・∀・)
https://youtu.be/vCuyn4s4jRw?si=WGI8ZjRNfWI2hUwI
ただ真理を追究するだけだ
俺はそういうのには
興味が無い
我のぶつかり合い
我の現れそのもの
そんなに自分を
誇示したいか
でおーはどうしてそう
マウントを取りたがる
試してみるかー
こっちの掲示板と併用して運営すれば
そっちの方が
流れを作れるかもな
向こうに軸足を置いたらニコるんが妨害に来るだろうが
鹿野園よりはましだ。
寝起きって
直感がさえるんだよなー
まー
明日朝の直感で決めるだろうけど
zenさんに、本覚思想で攻めるか
五蘊皆空で攻めるか
ちょっと迷うなー
知恵袋主体で構築しなおそう
向こうは捨てるかー
結局、鹿野園とロンの無益な言い争いへと向かう、、、
何かここもうまい事盛り上がらんな。
また、
企画を変更するかー
納豆食え
後で、JBLも書き込んでくるだろ
乙
ちょっと休憩を挟みます。
龍樹が解き明かした空の理論は、この世俗諦に対し、実在から離れた(解脱した)仏の世界観である空観へ意識として入って行く方法を詳しく解き明かした理論です。
これを勝義諦とも真諦ともいいます。
凡夫の実在の世界の真理=世俗諦(俗諦)
仏の非実在の世界の真理=勝義諦(真諦)
世俗とは世間一般の事をいい、科学や物理学といった学術レベルの真理がこれにあたります。
三蔵教の論蔵である『倶舎論』で説かれている内容がこの世俗の真理、即ち「世俗諦」です。
それに対し、小乗仏教は実在の真理が説かれておりますので、人間の客観の世界観のお話なんです。
これを世俗の真理と申しまして、「世俗諦」といいます。
ですから、大乗仏教では、『大乗起信論』で信じる事の意義が真っ先に説かれているんです。
そもそも仏の教えって、人間の認識から離れておりますので、人間の認識で確認出来る世界観ではないんです。
こういうお話は客観性で立証出来る内容ではありません。
信仰の世界のお話なんですね。
信じるか信じないかのお話です。
その禅天に観音菩薩や弥勒菩薩や普賢菩薩に薬王菩薩といった天部の菩薩衆が居られます。
肉体から意識が解脱する事で、人間の意識から完全に離れます。
瞑想でいうところの色界禅定で、主観と客観を空じて意識として禅天に入る事をいいます。
肉体から意識が解脱するという事です。