カオスドラマX

Gray Traveller / 726

726
わったん 2026/08/23 (日) 19:57:42 >> 721

「貴方が持ち帰る分には、彼は何も言わないでしょう」
「一度の対話でしたが」
「私の根底を揺るがすような芸術を見せつけた彼です」
「彼がどのような思いを持ち、今の貴方を見てどのような顔をするかだなんて」
「自ずと分かるに決まっているではありませんか」

手元の肖像画を、透明の軌跡へと再び差し出す。
陽光そのものを閉じ込めたような笑顔。
見る者の記憶さえ照らし出すような、太陽のような輝き。
それは、描かれた少女の表情というより――彼女を見ていた誰かの眼差しまで描いた絵だった。
そんな絵画と、彼はしばらく見つめ合う。
やがて、ゆっくりと目を伏せた。

「俺が受け取る資格はないだろ……」
「まだ、自分の芸術を表現するだけの『利己』を持ち合わせちゃいないんだ」

その言葉とともに、視線が横へ滑る。
そこにあるのは、空白のキャンバス。
白い面だけが、無機質な照明を受けている。
そこには、何かを描こうとした痕跡すらなかった。
筆跡も色彩もない。線一本すら存在しない。
ただ、何も描けなかったという事実だけが、真っ白な画面の上に残されている。
空白とは、何もないことではない。
描けなかった者にとっては、描けなかったという事実そのものが、何より雄弁な証明になる。
彼はそこへ視線を置いたまま、自嘲するように口角を僅かに吊り上げた。

「……そうですか」

その笑みに対する応えとして、ドルドインは再び目を伏せ、小さく笑った。

「貴方の望む答えは得られましたか」

「さぁな……でも、なんだろうか」

声には、先ほどまでとは僅かに違う響きがあった。
答えを得たわけではない。
むしろ、分からないことが増えたのかもしれない。
それでも――何も知らなかった頃とは、明らかに違っていた。
その笑みを浮かべたまま、アトリの絵画へ視線を置く。
少女は変わらず笑っている。
ただ、いつか来る「いつもの日」を待つように。
彼は、寂し気に口角を上げる。

「この子の事を知っていれば」
「忘れる、なんてこと、なかったんだろうなって思う」
「そう感じられただけでも」
「良かったかな」

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