それは、ほとんどの人が知らない物語。 それは、僕が今から知る物語。 『混沌』の名を冠する物語を知る為の旅路が、真っ白な世界で始まる。
◆
白い世界で、ケイオスを見つめる『僕』のお話。
「そうですね。確かに、試す価値はありますね」 「でしょう? だからさ……」 そんな時だ。突然大きな地響きがして、地面が揺れた。 「これは……?」 「まずい! カオスドラマが暴走してる……!!」 「ぼ、暴走って!?」 マスターさんがそう、焦った顔で叫ぶ。暴走って一体。やっぱり、記憶に鍵をしないと世界のバランスが崩れて崩壊するってのか。 「タイムリミットまでに、記憶に鍵をかけなければ。やはり、他の手段を探している暇などなかった……!」 「……いや。やってみなくちゃ分からない。記憶を『消す』ことなく世界を救う方法! 僕は既に思いついてるんだから!」 「……他の場所に記憶を移す、という奴ですか。そのようなことできるのですか? できるとして、どこに……」 「僕に、その目処がある。僕を信じてくれ。僕は、この混沌とした世界を救ってみせる!」 「わかりました。……ならば私も、その目処に賭けましょう」 マスターさんはそう言うと、僕の手を取る。そしてそのまま僕たちは、鍵穴の前に急いだ。 「……記憶に鍵をかけるんじゃなくて、その逆。鍵を開放して、僕にその『記憶』を渡してくれ!」 「どこにやるつもりなのですか?」 「それは……未来!!」 そう。僕はこの世界を今脅かしている『記憶』たちを、あの白い世界に持ち帰ることによって、歴史を繋ぎ止める記録《ログ》とすると同時に、今のこの世界を救おうと思いついたんだ。 「……よく分かりませんが、あなたを信じます」 そう言うと彼は、鍵穴に鍵をさし込む。僕はその鍵に糸を絡ませると、それを引き絞る。 そしてそのまま……開放した! 世界が眩い光に包まれていく。マスターさんはそれを見届けた後、僕に言ったんだ。 「……カオスドラマは私がなんとかします。あなたは、早く行ってください!」 「わかった! 頼んだよ!!」 僕はそう言って、白い世界へと飛び込んで行ったんだ。全部未来に連れて行く。何も忘れさせない。 ……僕は、必ず、未来にこの記憶を繋げてみせる!!
◆◆◆ ……私は、間違っていたのかもしれません。 記憶の鍵穴は、此処には無い。 そして、何処かにあるその鍵穴は、誰も閉ざすことができないのです。 『記録』は消せても、『記憶』を消すことなんて、滅多なことじゃ出来やしない。 鍵をかけることができないのなら、せめて、信頼できる人に託すことにしましょう。 そう…… ◆◆◆
カオスジェネレーション:白の時空
第五話『いつか想い届くまで』
気がつくと、僕はまたあの白い場所にいた。例の細長い窓があるのも同じ。どうやら、あの『記憶喪失』の世界から帰ってきたみたい。 『ありがとうございます。これで、【記憶喪失の歴史】はこの世界に繋ぎ止められました』 久しぶりの気分だ。例の細長い窓の下に、そう文字が表示されて、脳内に声が響く。 これで世界が繋ぎ止められた、ってことは僕はもうこれで帰れるのかな。 いや、そんな雰囲気じゃない。多分、他にまだ修復すべき歴史があるんだろう。 「……『次はどうすればいいの?』」 僕は当然、その疑問をウインドウに入力して、この部屋の声に叩きつけた。 すると、ウインドウに文字が表示されたんだ。 『次の歴史は、あなたが救った後の世界。今回はあなたと戦った彼を、今度は救ってあげてください』 『そう、願いを託す、谷に向かうことで』
Special page『キーマスター』
「僕」が初めて飛び込んだ『記憶喪失』の世界で出会った、仮面を被った青年。 礼儀正しく紳士的、カオス界の「神」としての重責を一身に背負う、彼もまた「大いなる責任」を背負う男である。 この世界について「僕」に教え、最初に出会った青年に続く第二の知り合いとして交流を深めたが、 世界の崩壊に瀕しての意見の違いで「僕」と戦うことに。 激戦の末に、「記憶」を『記録』に変えて「僕」に託した。
……世界。 一面、真っ白な世界だ。 マンガやアニメに出てきそうな、白だけの世界。 ……床はあるようだ。自分は今まさに、真っ白な地面に立っている。 壁らしきものは見えない。 ……前もこんな白だらけの世界に迷い込んだことがあったな。 だが、直感的に……この世界は、僕の知っているその『白の世界』ではない。 空気が……僕の知らない『空気』が、此処には充満している。
ここに来るまで僕は何をしていただろう。思い返そうとしても記憶がぼんやりとしている。 確か、チームを組んで調査をしていたはずだ。僕の世界に現れた時空の歪み。 前例はあるとはいえ見過ごせるものじゃなかった。 だから、僕がその調査に送り込まれた。 ……確か、そうだったはずだ。 となると、この白い世界は、その時空の歪みの先と言ったところか。 ……面倒なことにはなったが、逆に好都合かもしれない。前と同じように、この世界を探せば黒幕の手がかりに辿り着けるかもしれない。 身体は問題ない。手も足も問題なく動く。靴もしっかりと機能する。 使おうと思えば、時空を支配する力も問題なく使えそうだ。 なら、好都合だ。ここまで能力が万全な状態で敵陣に放り込まれたのは幸いといったところ。 自分の領域に僕を引き摺り込んだことを後悔させてやる。 君の支配する領域は、そう遠からず僕が支配し返す。
……さて。何はともあれ動かなければ。 こんな殺風景な場所にいては気が狂いそうだ。 早く手がかりになりそうな何かを探さなければ。 気配を感じる。目視できるほど近くはないが、走っていけば10秒も掛からない程度の距離に何物かの気配がある。……敵か、味方か。
だが、この空気は僕の知らないものだ。 なら、少なくとも僕に対して友好的な存在ではないだろう。 ならば……警戒するに越したことはないな。僕は地面を蹴ると、床を滑るように、その気配の方向へと駆け出した。
そこそこのスピードを出して10秒ほど走っていると、やはり誰かが見えてきた。 派手な色の全身タイツのようなスーツを着た人間だ。 その近くには、何やら細長い窓のようなもの……そして、別の場所に繋がりそうなゲートのようなものまである。 なるほど。感じた気配の方に来て正解だったな。 早くも大きな手がかりになりそうなものを見つけた。 では、この全身タイツは味方だろうか。それとも…… 僕は警戒しながらも、その全身タイツの近くへと歩いて行った。そして、声をかける。 「君は……」 「うわっ!?」 彼は僕の声に驚いて振り向くと、手を向けて咄嗟にその手首から糸のようなものを発射する。 僕はそれを避けるが、彼はさらに連続で糸を飛ばして僕を捕らえようとする。 それを回転して振り払いながら距離を取り、改めて彼に語りかける。 「待て。僕に敵意はない」 「だったら、なんで気配を殺して僕の背後に回るんだよ。明らかに敵じゃないか」 「……それはすまない。だが、僕はこの通り丸腰だ。君に敵意はない。……君は味方か? それとも……」 彼は少し警戒しながら、僕を見る。そして、その腕を下ろして、安心したかのようにため息をついた。
「……それ信じるよ。まさかこの白い世界に僕以外の人が居るなんて。ここに来てから驚くことばっか」 「ここに来てから? 君もこの世界に元からいたわけではないのか? ……いや、それは後だ。僕はこの白い世界について知りたいことがある。君は何か知っているか?」 「知ってるよ。ここは……ナントカって言う世界。真っ新な白い空間。世界の中心。時空の狭間。世界の終点にして深淵、全ての記録《ログ》が集う場所。神にすら干渉されない、不可侵の領域……だって」 彼は呆れたような仕草を見せながら答える。明らかに『自分が知っている』という口ぶりではない。完全に又聞き。つまりは、そういうことだ。ここに居るのはこの彼だけではない。恐らくもう一人いるはずだ。彼にその知識を与えた、『先輩』が。 「……誰がそう言ってた?」 「誰って、この窓の先の人だよ。このウインドウに文字を入れて送信すると、その人にこのウインドウを通して届くらしい」 「……その、下に文字が並んでいるウインドウか」 僕は宙に浮いている細長い窓を見る。確かに、入力ウインドウに見える。これを使ってチャットのように会話をしているわけか。その『この世界の住民』と。
「……で? 君は何故ここに?」 「え? ……ああ、なんか、世界を救うために力を貸して欲しいって頼まれたんだ。それで説明もなしにここに呼ばれたんだけど……」 「世界を救えと? 誰に言われた?」 「そりゃ、だから、このチャットの相手だよ。『世界を救うために力を貸して欲しい』って」 「なるほどな」 僕はそう言いながら、そのウインドウの文字を入力していく。 ……この文字がチャットの主か? なら、こいつを質問攻めにしてこの世界について聞き出してやる。そして僕の疑問に答えてもらおうじゃないか。 僕がそう意気込んで文字を打ち込むと、彼は呆れたように笑うのだった。 「……す、凄い勢いだなぁ?」
大体のことは聞き出した。 確かにこのチャットで僕たちと会話してる者は『真っ新な白い空間。世界の中心。時空の狭間。世界の終点にして深淵、全ての記録《ログ》が集う場所』と、一言一句彼の紹介と同じことを言った。 ただ、その声の名前や、この世界の名前そのものはノイズのような音で隠されて分からない。 性別や名前などが分からないのは気になるが……それにしたってこの世界についてはかなりわかった。 やはり僕もそこの全身タイツの彼と同じように、その声の主に呼ばれてこの世界に来たようだ。 そして、この白い世界について説明を受けた。 この声の主の世界は危機に瀕している。 それを救えるのは、外の世界から来た僕たちだけだとな。 ……しかし、だ。
それは一旦脇に置いておいて。このウインドウに触れている間、奇妙な光景が垣間見えた。 それは見知らぬ場所。見知らぬ誰かと、楽しそうに話している…… それは見知らぬ場所。見知らぬ誰かと、追走劇を繰り広げる…… それは見知らぬ場所。見知らぬ誰かと対峙している…… 「……あれは、僕?」 見知らぬ誰かと、記憶にないことをしていたのは。 他ならぬ、僕そのものだった。
「どうした? なんかあった?」 「いや……」 僕は、あの光景を彼に話すか迷った。だが、今はそれよりも気になることがある。それは…… 「……君は、この白い世界に呼ばれて何をした」 「え? だから世界を救うために力を貸して欲しいって……」 「そうじゃない」 僕は彼を睨むように見る。彼は少したじろいだが、それでも僕から目を逸らそうとはしなかった。 「具体的に何をしたと聞いているんだ」 「それは、君もこの天の声さんに聞いた通りさ。彼が記録《ログ》って呼んでるものを集めて、ここに持ち帰る。あのゲートの先に行って持ち帰ってきた。もっとも、僕は正直、具体的に何を持ち帰ったのかもわかってないけど……この天の声さんは『出来た』って言ってる」 「……つまり、あれらのゲートを潜り記録を持ち帰ることで、この世界は元に戻ると。そして、それをこの天の声は望んでいる」 「あ、ああ。そうなるね」 「ふむ……」 僕は考え込むように腕を組む。 もしそれが真実なら……『元の世界に帰りたいなら頼みを聞いてほしい』と、天の声は一方的な交渉もしてきた。 それほどなりふり構わない様子、この声にとっての深刻な何かであることは間違いないだろう。 怪しい、という感情もないではない。 しかし、今のところこの世界についての手がかりも、帰還の手がかりも、こいつ……いや、この声しか持ってはいない。 となれば……だ。ここは大人しく従い、この世界を救うために動くしかないか? 「わかった。なら僕も協力しよう」 「え?」 「世界を救うんだろう? 僕はそのために呼ばれたんだ。ならそれに従うまでさ」 「……ありがとう!」 彼は嬉しそうに笑った。覆面越しでも伝わるように、マスクの目が変形する。そして僕に手を差し出してきた。握手をしようというのだろう。僕はその手を迷わず握って、彼に言った。 「君も僕を助けてくれ」 「ああ。よろしくね!」 「それと……名前も聞いていいか? もう知らない仲じゃないだろ?」 すると彼はハッとした顔をして、申し訳なさげに頭を掻いた。そして、少し照れくさそうにしながら僕に名乗る。 「……そうだな。僕は……」
「じゃあ、これからよろしくね。『シルエット』」 「ああ。よろしく頼むぞ、『ウェブスリンガー』」 あれから一悶着あった。僕が『本名やいつも通してる名で呼び合うのは避けた方がいい』だとか、そういうことを言い出したのがきっかけで、この白い世界にいる間は僕と彼は今回用のコードネームで呼び合うことになった。 「で、これからどうする?」 「そりゃやっぱり、この天の声の指示に従うしかないでしょ。ってなると……」 音がする。また穴が開くような音だ。振り返ると、そこには、既にあったゲートの隣に、また新しいゲートが現れていた。 「来たみたいだね」 「ああ」 僕はウェブスリンガーと頷き合うと、現れたゲートの前に立つ。そしてウェブスリンガーも隣に並ぶ。 僕たちはそれぞれ手を繋ぐと、空いた方の手でそのゲートに触れた。 僕たちが触れると同時に、その門は開かれていき……僕たちを迎え入れるように道が開いた。 「……あの僕は、一体」
ZONE-2【2008/08】
……暗い。何も見えないや。 あの白い空間でとりあえずの協力者になったシルエットと知り合ってから、二人で一緒にゲートの中に入った。 多分、違う時代のカオス界に来れた、んだろう、けど。 めっちゃ暗い。何も見えない。……というか、なんか、周りが固まってて、身動きが取れない。 ……もしかしてだけど、僕、生き埋めになってる? 前回は空に放り出されるところから始まったけど、今度は地中に埋まってる……? ……だとしたら、困ったぞ。どうやって脱出しようか。 もしかしたら近くに、彼……シルエットも埋まってるかも。 もしそうだったら助けは期待できない。どうにかして自分で脱出する方法を考えないと。 ……落ち着いて。僕には一応、普段からビルくらいなら持ち上げられるくらいの怪力がある。 どうにかして土をかき分けて…… ……このガチガチに地中に固まった状態から? 下手に動いたら、余計地中が変なことになって抜け出すのに苦労しそう。 ……うーん、どうしようかな。
けれど、動かないことには…… 何もできない。動こうと思っても動けないのも事実だけど。 とりあえず慎重に空間を確保したい。 土の中にそのまんまいるような現状じゃ文字通りな──んもできない。 ……本当に。なんにも。 かといって下手に動いたらそれこそ崩れそう。 もういっそそれ覚悟で強引に脱出しようか。 もうそれしかないよね。誰も助けてくれるわけじゃないんだし。 よし、そうと決めたら。 ……とか思ってた次の瞬間。ザクザクと、土を掘る音が僕の耳に聞こえてくる。 誰かが僕を掘り出そうとしてくれてるんだ! この調子なら、そう時間もかからずに僕は外に出られるぞー!
「……全く、何をしている」 僕を掘り出すや否や、そう吐き捨てたシルエット。いやだって、仕方なくない? 転移したと思ったら埋まってたんだよ? 不可抗力だよ、不可抗力。 「……君、自分で脱出しようともがいたりしていないだろうな?」 「ま、まさかそんな。そんなこと、するわけ無いじゃないかー」 「……怪しいな。まあいい」 シルエットはそう言うと、僕を土を払うように強引に担ぎ上げる。 ……あれ? 僕って結構重いはずなんだけど、そんな軽々と持ち上げられるの? 「結構力強いんだね」 「……まあな」
それから、彼の感じる「気配」を元にとりあえずそれっぽいものを探すことになった。 そりゃ僕も勘がいいけど、彼はもっと具体的に「そういう気配」を感じられるみたい。こりゃ便利かも。 「この世界に知り合いがいるらしいな」 「うん。と言っても入ってきたゲートが違うし、いわゆる前入ったところのパラレルワールドかも。だから、相手が知ってるかどうかは……」 「分かってる」 で、数分ほど駆け足で歩くと、見覚えのある建物が見えてきた。 僕も一夜を過ごした場所。僕の泊まった頃と比べると、随分と賑やかになってるみたいだけど、寄宿舎だ。 ……そういや、鍵って返したっけ? 僕だって、ここが本当にあのゲートの先と同じ世界なのか分からないってことは、分かってる。あの白い空間がどんなものなのかもあんまりよく分かってないし。 できればみんな覚えてて……地続きであってほしいな。だって、前の世界で「記憶を守る〜」とか、キメにキメたばっかじゃないか。 それで僕目線みんなに忘れられてたら、それはなんかこう、ちょっと、締まらないじゃん。 僕のあの名台詞が滑稽になっちゃうのはゴメンだよ。
……あ、ここツッコむところ。笑うところだからね?
寄宿舎は、前僕が泊まった時よりずっと賑やかになってた。できたばっかで綺麗だけどスカスカだった前から、なんだか世界に馴染んだ感じ。 僕が前来た時からどれくらい経ったんだろ? 相変わらず暑いから、今回も夏っぽいけど。そしてやっぱりなんだか騒がしい。 それも、お祭り騒ぎって感じの騒がしさじゃないぞ。これは何かある。 「お、お邪魔しま〜す。何かある感じですか〜?」 騒いでいる渦中に、そう言って手を振って入っていった。 「……あなたは!久しぶりですね、一ヶ月ぶりくらいですか」 「……あ!覚えててくれたんだ!」 そう言って答えてくれたのは、この前僕とこの世界で初めて出会った、緑帽子の彼。煎餅好きな彼だ。 「ちょうどよかった、あなたなら頼りになります。かつてこの世界どころか、皆の記憶すら救ってしまったあなたなら。……あの時は大変でした。記憶が戻るまでの間……」 「いろいろ聞きたいけど、それは後にするよ。何が起きたの?」 「……それが……その……」
「……マスターさんが……」
「マスターさんがどうしたってのさ?」 この騒ぎ方、多分穏やかな話じゃないだろう。この様子なら、僕が行ったあの世界と地続きっぽい。 そうなれば当然気になる。マスターさんが心配だ。 拳を交えた相手……僕にあんなに良くしてくれた相手だから。 それで、とりあえずは落ち着いてマスターさんがどうしたのか聞いた。すると、驚くべき事実が彼の口から飛び出した。 マスターさんが、ある事故で劇薬の入った注射器に刺されて、死んでしまった、らしい。 「……し、死んだって、そんな急に、そんな!」 「だから一大事ですよ!あなたも協力してください!」 「協力してくれって……!!死んじゃったんだろ!?」 「ええ……死んでしまいました。しかし……」 彼はそこまで言って、少し口篭る。そして、僕から目を逸らしながら言った。 「……蘇生は可能なんです」 「……!!ほ、ホントなの!?」 「ええ……でも、その方法が……」
……願いの谷。 このカオス界の北の先の先には、願いの谷という場所があるらしい。 そこは願いの叶う場所。そこで、あることをすれば……どんな願いでも叶えられるという。 「その『あること』って?」 「……願いを叶えてくれる幻の存在、『ジラーチ』に願いを託すことです」 「……ジラーチ……」 ……聞いたことない名前だ。でも、なんかどっかで聞いたような……? とにかく、そのジラーチに願うこと。そのためには願いの谷に向かわないといけないということ。 僕は、彼らに手を貸したい。心からそう思った。 「……なるほど。僕たちが求めている記録《ログ》も、そこにありそうだな」 クールな様子で、シルエットが呟く。 「じゃあ、願いの谷に向かうってこと?」 「……そうなるな」 そう聞くと、彼は頷きながら答えた。 僕もそれに頷いて返し、そして言う。 「行こう!今すぐ!」 そんな僕の勢いに気圧されたのか、それとも何か他に思うことがあったのか、彼は一瞬驚いたような顔をして……それから少し笑って言った。 「ああ」
第六話『願いの谷』
「願いの谷に向かうメンバーを確認しましょう」 緑帽子の彼が言う。メンバーか。そりゃ、僕たち以外にも行く人はいるだろう。 「メンバーは僕、シルエット、それから……」 そう言って彼は二人を見る。 「お二人に加えて、僕が同行します。そして、他には……」 緑帽子の彼が紹介するように腕を添える。その先にいたのは、赤と青のツートンカラーの服を着た、銀髪を三つ編みのような形にした女性。 「寄宿舎で医者をしている、■■さんです。大変な名医なんですよ」 「■■■■です。共にマスターさんを救いましょう?」 またノイズだ。聞こえないけれど、日本人っぽい名前な気がする。とりあえずドクター赤青とでも呼ぼう。 「それと、もう一人。一緒に行きたいって人が。■■■さんです」
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「そうですね。確かに、試す価値はありますね」
「でしょう? だからさ……」
そんな時だ。突然大きな地響きがして、地面が揺れた。
「これは……?」
「まずい! カオスドラマが暴走してる……!!」
「ぼ、暴走って!?」
マスターさんがそう、焦った顔で叫ぶ。暴走って一体。やっぱり、記憶に鍵をしないと世界のバランスが崩れて崩壊するってのか。
「タイムリミットまでに、記憶に鍵をかけなければ。やはり、他の手段を探している暇などなかった……!」
「……いや。やってみなくちゃ分からない。記憶を『消す』ことなく世界を救う方法! 僕は既に思いついてるんだから!」
「……他の場所に記憶を移す、という奴ですか。そのようなことできるのですか? できるとして、どこに……」
「僕に、その目処がある。僕を信じてくれ。僕は、この混沌とした世界を救ってみせる!」
「わかりました。……ならば私も、その目処に賭けましょう」
マスターさんはそう言うと、僕の手を取る。そしてそのまま僕たちは、鍵穴の前に急いだ。
「……記憶に鍵をかけるんじゃなくて、その逆。鍵を開放して、僕にその『記憶』を渡してくれ!」
「どこにやるつもりなのですか?」
「それは……未来!!」
そう。僕はこの世界を今脅かしている『記憶』たちを、あの白い世界に持ち帰ることによって、歴史を繋ぎ止める記録《ログ》とすると同時に、今のこの世界を救おうと思いついたんだ。
「……よく分かりませんが、あなたを信じます」
そう言うと彼は、鍵穴に鍵をさし込む。僕はその鍵に糸を絡ませると、それを引き絞る。
そしてそのまま……開放した! 世界が眩い光に包まれていく。マスターさんはそれを見届けた後、僕に言ったんだ。
「……カオスドラマは私がなんとかします。あなたは、早く行ってください!」
「わかった! 頼んだよ!!」
僕はそう言って、白い世界へと飛び込んで行ったんだ。全部未来に連れて行く。何も忘れさせない。
……僕は、必ず、未来にこの記憶を繋げてみせる!!
◆◆◆
……私は、間違っていたのかもしれません。
記憶の鍵穴は、此処には無い。
そして、何処かにあるその鍵穴は、誰も閉ざすことができないのです。
『記録』は消せても、『記憶』を消すことなんて、滅多なことじゃ出来やしない。
鍵をかけることができないのなら、せめて、信頼できる人に託すことにしましょう。
そう……
◆◆◆
カオスジェネレーション:白の時空
第五話『いつか想い届くまで』
気がつくと、僕はまたあの白い場所にいた。例の細長い窓があるのも同じ。どうやら、あの『記憶喪失』の世界から帰ってきたみたい。
『ありがとうございます。これで、【記憶喪失の歴史】はこの世界に繋ぎ止められました』
久しぶりの気分だ。例の細長い窓の下に、そう文字が表示されて、脳内に声が響く。
これで世界が繋ぎ止められた、ってことは僕はもうこれで帰れるのかな。
いや、そんな雰囲気じゃない。多分、他にまだ修復すべき歴史があるんだろう。
「……『次はどうすればいいの?』」
僕は当然、その疑問をウインドウに入力して、この部屋の声に叩きつけた。
すると、ウインドウに文字が表示されたんだ。
『次の歴史は、あなたが救った後の世界。今回はあなたと戦った彼を、今度は救ってあげてください』
『そう、願いを託す、谷に向かうことで』
Special page『キーマスター』
「僕」が初めて飛び込んだ『記憶喪失』の世界で出会った、仮面を被った青年。
礼儀正しく紳士的、カオス界の「神」としての重責を一身に背負う、彼もまた「大いなる責任」を背負う男である。
この世界について「僕」に教え、最初に出会った青年に続く第二の知り合いとして交流を深めたが、
世界の崩壊に瀕しての意見の違いで「僕」と戦うことに。
激戦の末に、「記憶」を『記録』に変えて「僕」に託した。
……世界。
一面、真っ白な世界だ。
マンガやアニメに出てきそうな、白だけの世界。
……床はあるようだ。自分は今まさに、真っ白な地面に立っている。
壁らしきものは見えない。
……前もこんな白だらけの世界に迷い込んだことがあったな。
だが、直感的に……この世界は、僕の知っているその『白の世界』ではない。
空気が……僕の知らない『空気』が、此処には充満している。
ここに来るまで僕は何をしていただろう。思い返そうとしても記憶がぼんやりとしている。
確か、チームを組んで調査をしていたはずだ。僕の世界に現れた時空の歪み。
前例はあるとはいえ見過ごせるものじゃなかった。
だから、僕がその調査に送り込まれた。
……確か、そうだったはずだ。
となると、この白い世界は、その時空の歪みの先と言ったところか。
……面倒なことにはなったが、逆に好都合かもしれない。前と同じように、この世界を探せば黒幕の手がかりに辿り着けるかもしれない。
身体は問題ない。手も足も問題なく動く。靴もしっかりと機能する。
使おうと思えば、時空を支配する力も問題なく使えそうだ。
なら、好都合だ。ここまで能力が万全な状態で敵陣に放り込まれたのは幸いといったところ。
自分の領域に僕を引き摺り込んだことを後悔させてやる。
君の支配する領域は、そう遠からず僕が支配し返す。
……さて。何はともあれ動かなければ。
こんな殺風景な場所にいては気が狂いそうだ。
早く手がかりになりそうな何かを探さなければ。
気配を感じる。目視できるほど近くはないが、走っていけば10秒も掛からない程度の距離に何物かの気配がある。……敵か、味方か。
だが、この空気は僕の知らないものだ。
なら、少なくとも僕に対して友好的な存在ではないだろう。
ならば……警戒するに越したことはないな。僕は地面を蹴ると、床を滑るように、その気配の方向へと駆け出した。
そこそこのスピードを出して10秒ほど走っていると、やはり誰かが見えてきた。
派手な色の全身タイツのようなスーツを着た人間だ。
その近くには、何やら細長い窓のようなもの……そして、別の場所に繋がりそうなゲートのようなものまである。
なるほど。感じた気配の方に来て正解だったな。
早くも大きな手がかりになりそうなものを見つけた。
では、この全身タイツは味方だろうか。それとも……
僕は警戒しながらも、その全身タイツの近くへと歩いて行った。そして、声をかける。
「君は……」
「うわっ!?」
彼は僕の声に驚いて振り向くと、手を向けて咄嗟にその手首から糸のようなものを発射する。
僕はそれを避けるが、彼はさらに連続で糸を飛ばして僕を捕らえようとする。
それを回転して振り払いながら距離を取り、改めて彼に語りかける。
「待て。僕に敵意はない」
「だったら、なんで気配を殺して僕の背後に回るんだよ。明らかに敵じゃないか」
「……それはすまない。だが、僕はこの通り丸腰だ。君に敵意はない。……君は味方か? それとも……」
彼は少し警戒しながら、僕を見る。そして、その腕を下ろして、安心したかのようにため息をついた。
「……それ信じるよ。まさかこの白い世界に僕以外の人が居るなんて。ここに来てから驚くことばっか」
「ここに来てから? 君もこの世界に元からいたわけではないのか? ……いや、それは後だ。僕はこの白い世界について知りたいことがある。君は何か知っているか?」
「知ってるよ。ここは……ナントカって言う世界。真っ新な白い空間。世界の中心。時空の狭間。世界の終点にして深淵、全ての記録《ログ》が集う場所。神にすら干渉されない、不可侵の領域……だって」
彼は呆れたような仕草を見せながら答える。明らかに『自分が知っている』という口ぶりではない。完全に又聞き。つまりは、そういうことだ。ここに居るのはこの彼だけではない。恐らくもう一人いるはずだ。彼にその知識を与えた、『先輩』が。
「……誰がそう言ってた?」
「誰って、この窓の先の人だよ。このウインドウに文字を入れて送信すると、その人にこのウインドウを通して届くらしい」
「……その、下に文字が並んでいるウインドウか」
僕は宙に浮いている細長い窓を見る。確かに、入力ウインドウに見える。これを使ってチャットのように会話をしているわけか。その『この世界の住民』と。
「……で? 君は何故ここに?」
「え? ……ああ、なんか、世界を救うために力を貸して欲しいって頼まれたんだ。それで説明もなしにここに呼ばれたんだけど……」
「世界を救えと? 誰に言われた?」
「そりゃ、だから、このチャットの相手だよ。『世界を救うために力を貸して欲しい』って」
「なるほどな」
僕はそう言いながら、そのウインドウの文字を入力していく。
……この文字がチャットの主か? なら、こいつを質問攻めにしてこの世界について聞き出してやる。そして僕の疑問に答えてもらおうじゃないか。
僕がそう意気込んで文字を打ち込むと、彼は呆れたように笑うのだった。
「……す、凄い勢いだなぁ?」
大体のことは聞き出した。
確かにこのチャットで僕たちと会話してる者は『真っ新な白い空間。世界の中心。時空の狭間。世界の終点にして深淵、全ての記録《ログ》が集う場所』と、一言一句彼の紹介と同じことを言った。
ただ、その声の名前や、この世界の名前そのものはノイズのような音で隠されて分からない。
性別や名前などが分からないのは気になるが……それにしたってこの世界についてはかなりわかった。
やはり僕もそこの全身タイツの彼と同じように、その声の主に呼ばれてこの世界に来たようだ。
そして、この白い世界について説明を受けた。
この声の主の世界は危機に瀕している。
それを救えるのは、外の世界から来た僕たちだけだとな。
……しかし、だ。
それは一旦脇に置いておいて。このウインドウに触れている間、奇妙な光景が垣間見えた。
それは見知らぬ場所。見知らぬ誰かと、楽しそうに話している……
それは見知らぬ場所。見知らぬ誰かと、追走劇を繰り広げる……
それは見知らぬ場所。見知らぬ誰かと対峙している……
「……あれは、僕?」
見知らぬ誰かと、記憶にないことをしていたのは。
他ならぬ、僕そのものだった。
「どうした? なんかあった?」
「いや……」
僕は、あの光景を彼に話すか迷った。だが、今はそれよりも気になることがある。それは……
「……君は、この白い世界に呼ばれて何をした」
「え? だから世界を救うために力を貸して欲しいって……」
「そうじゃない」
僕は彼を睨むように見る。彼は少したじろいだが、それでも僕から目を逸らそうとはしなかった。
「具体的に何をしたと聞いているんだ」
「それは、君もこの天の声さんに聞いた通りさ。彼が記録《ログ》って呼んでるものを集めて、ここに持ち帰る。あのゲートの先に行って持ち帰ってきた。もっとも、僕は正直、具体的に何を持ち帰ったのかもわかってないけど……この天の声さんは『出来た』って言ってる」
「……つまり、あれらのゲートを潜り記録を持ち帰ることで、この世界は元に戻ると。そして、それをこの天の声は望んでいる」
「あ、ああ。そうなるね」
「ふむ……」
僕は考え込むように腕を組む。
もしそれが真実なら……『元の世界に帰りたいなら頼みを聞いてほしい』と、天の声は一方的な交渉もしてきた。
それほどなりふり構わない様子、この声にとっての深刻な何かであることは間違いないだろう。
怪しい、という感情もないではない。
しかし、今のところこの世界についての手がかりも、帰還の手がかりも、こいつ……いや、この声しか持ってはいない。
となれば……だ。ここは大人しく従い、この世界を救うために動くしかないか?
「わかった。なら僕も協力しよう」
「え?」
「世界を救うんだろう? 僕はそのために呼ばれたんだ。ならそれに従うまでさ」
「……ありがとう!」
彼は嬉しそうに笑った。覆面越しでも伝わるように、マスクの目が変形する。そして僕に手を差し出してきた。握手をしようというのだろう。僕はその手を迷わず握って、彼に言った。
「君も僕を助けてくれ」
「ああ。よろしくね!」
「それと……名前も聞いていいか? もう知らない仲じゃないだろ?」
すると彼はハッとした顔をして、申し訳なさげに頭を掻いた。そして、少し照れくさそうにしながら僕に名乗る。
「……そうだな。僕は……」
「じゃあ、これからよろしくね。『シルエット』」
「ああ。よろしく頼むぞ、『ウェブスリンガー』」
あれから一悶着あった。僕が『本名やいつも通してる名で呼び合うのは避けた方がいい』だとか、そういうことを言い出したのがきっかけで、この白い世界にいる間は僕と彼は今回用のコードネームで呼び合うことになった。
「で、これからどうする?」
「そりゃやっぱり、この天の声の指示に従うしかないでしょ。ってなると……」
音がする。また穴が開くような音だ。振り返ると、そこには、既にあったゲートの隣に、また新しいゲートが現れていた。
「来たみたいだね」
「ああ」
僕はウェブスリンガーと頷き合うと、現れたゲートの前に立つ。そしてウェブスリンガーも隣に並ぶ。
僕たちはそれぞれ手を繋ぐと、空いた方の手でそのゲートに触れた。
僕たちが触れると同時に、その門は開かれていき……僕たちを迎え入れるように道が開いた。
「……あの僕は、一体」
ZONE-2【2008/08】
……暗い。何も見えないや。
あの白い空間でとりあえずの協力者になったシルエットと知り合ってから、二人で一緒にゲートの中に入った。
多分、違う時代のカオス界に来れた、んだろう、けど。
めっちゃ暗い。何も見えない。……というか、なんか、周りが固まってて、身動きが取れない。
……もしかしてだけど、僕、生き埋めになってる?
前回は空に放り出されるところから始まったけど、今度は地中に埋まってる……?
……だとしたら、困ったぞ。どうやって脱出しようか。
もしかしたら近くに、彼……シルエットも埋まってるかも。
もしそうだったら助けは期待できない。どうにかして自分で脱出する方法を考えないと。
……落ち着いて。僕には一応、普段からビルくらいなら持ち上げられるくらいの怪力がある。
どうにかして土をかき分けて……
……このガチガチに地中に固まった状態から?
下手に動いたら、余計地中が変なことになって抜け出すのに苦労しそう。
……うーん、どうしようかな。
けれど、動かないことには……
何もできない。動こうと思っても動けないのも事実だけど。
とりあえず慎重に空間を確保したい。
土の中にそのまんまいるような現状じゃ文字通りな──んもできない。
……本当に。なんにも。
かといって下手に動いたらそれこそ崩れそう。
もういっそそれ覚悟で強引に脱出しようか。
もうそれしかないよね。誰も助けてくれるわけじゃないんだし。
よし、そうと決めたら。
……とか思ってた次の瞬間。ザクザクと、土を掘る音が僕の耳に聞こえてくる。
誰かが僕を掘り出そうとしてくれてるんだ! この調子なら、そう時間もかからずに僕は外に出られるぞー!
「……全く、何をしている」
僕を掘り出すや否や、そう吐き捨てたシルエット。いやだって、仕方なくない?
転移したと思ったら埋まってたんだよ?
不可抗力だよ、不可抗力。
「……君、自分で脱出しようともがいたりしていないだろうな?」
「ま、まさかそんな。そんなこと、するわけ無いじゃないかー」
「……怪しいな。まあいい」
シルエットはそう言うと、僕を土を払うように強引に担ぎ上げる。
……あれ? 僕って結構重いはずなんだけど、そんな軽々と持ち上げられるの?
「結構力強いんだね」
「……まあな」
それから、彼の感じる「気配」を元にとりあえずそれっぽいものを探すことになった。
そりゃ僕も勘がいいけど、彼はもっと具体的に「そういう気配」を感じられるみたい。こりゃ便利かも。
「この世界に知り合いがいるらしいな」
「うん。と言っても入ってきたゲートが違うし、いわゆる前入ったところのパラレルワールドかも。だから、相手が知ってるかどうかは……」
「分かってる」
で、数分ほど駆け足で歩くと、見覚えのある建物が見えてきた。
僕も一夜を過ごした場所。僕の泊まった頃と比べると、随分と賑やかになってるみたいだけど、寄宿舎だ。
……そういや、鍵って返したっけ?
僕だって、ここが本当にあのゲートの先と同じ世界なのか分からないってことは、分かってる。あの白い空間がどんなものなのかもあんまりよく分かってないし。
できればみんな覚えてて……地続きであってほしいな。だって、前の世界で「記憶を守る〜」とか、キメにキメたばっかじゃないか。
それで僕目線みんなに忘れられてたら、それはなんかこう、ちょっと、締まらないじゃん。
僕のあの名台詞が滑稽になっちゃうのはゴメンだよ。
……あ、ここツッコむところ。笑うところだからね?
寄宿舎は、前僕が泊まった時よりずっと賑やかになってた。できたばっかで綺麗だけどスカスカだった前から、なんだか世界に馴染んだ感じ。
僕が前来た時からどれくらい経ったんだろ?
相変わらず暑いから、今回も夏っぽいけど。そしてやっぱりなんだか騒がしい。
それも、お祭り騒ぎって感じの騒がしさじゃないぞ。これは何かある。
「お、お邪魔しま〜す。何かある感じですか〜?」
騒いでいる渦中に、そう言って手を振って入っていった。
「……あなたは!久しぶりですね、一ヶ月ぶりくらいですか」
「……あ!覚えててくれたんだ!」
そう言って答えてくれたのは、この前僕とこの世界で初めて出会った、緑帽子の彼。煎餅好きな彼だ。
「ちょうどよかった、あなたなら頼りになります。かつてこの世界どころか、皆の記憶すら救ってしまったあなたなら。……あの時は大変でした。記憶が戻るまでの間……」
「いろいろ聞きたいけど、それは後にするよ。何が起きたの?」
「……それが……その……」
「……マスターさんが……」
「マスターさんがどうしたってのさ?」
この騒ぎ方、多分穏やかな話じゃないだろう。この様子なら、僕が行ったあの世界と地続きっぽい。
そうなれば当然気になる。マスターさんが心配だ。
拳を交えた相手……僕にあんなに良くしてくれた相手だから。
それで、とりあえずは落ち着いてマスターさんがどうしたのか聞いた。すると、驚くべき事実が彼の口から飛び出した。
マスターさんが、ある事故で劇薬の入った注射器に刺されて、死んでしまった、らしい。
「……し、死んだって、そんな急に、そんな!」
「だから一大事ですよ!あなたも協力してください!」
「協力してくれって……!!死んじゃったんだろ!?」
「ええ……死んでしまいました。しかし……」
彼はそこまで言って、少し口篭る。そして、僕から目を逸らしながら言った。
「……蘇生は可能なんです」
「……!!ほ、ホントなの!?」
「ええ……でも、その方法が……」
……願いの谷。
このカオス界の北の先の先には、願いの谷という場所があるらしい。
そこは願いの叶う場所。そこで、あることをすれば……どんな願いでも叶えられるという。
「その『あること』って?」
「……願いを叶えてくれる幻の存在、『ジラーチ』に願いを託すことです」
「……ジラーチ……」
……聞いたことない名前だ。でも、なんかどっかで聞いたような……?
とにかく、そのジラーチに願うこと。そのためには願いの谷に向かわないといけないということ。
僕は、彼らに手を貸したい。心からそう思った。
「……なるほど。僕たちが求めている記録《ログ》も、そこにありそうだな」
クールな様子で、シルエットが呟く。
「じゃあ、願いの谷に向かうってこと?」
「……そうなるな」
そう聞くと、彼は頷きながら答えた。
僕もそれに頷いて返し、そして言う。
「行こう!今すぐ!」
そんな僕の勢いに気圧されたのか、それとも何か他に思うことがあったのか、彼は一瞬驚いたような顔をして……それから少し笑って言った。
「ああ」
第六話『願いの谷』
「願いの谷に向かうメンバーを確認しましょう」
緑帽子の彼が言う。メンバーか。そりゃ、僕たち以外にも行く人はいるだろう。
「メンバーは僕、シルエット、それから……」
そう言って彼は二人を見る。
「お二人に加えて、僕が同行します。そして、他には……」
緑帽子の彼が紹介するように腕を添える。その先にいたのは、赤と青のツートンカラーの服を着た、銀髪を三つ編みのような形にした女性。
「寄宿舎で医者をしている、■■さんです。大変な名医なんですよ」
「■■■■です。共にマスターさんを救いましょう?」
またノイズだ。聞こえないけれど、日本人っぽい名前な気がする。とりあえずドクター赤青とでも呼ぼう。
「それと、もう一人。一緒に行きたいって人が。■■■さんです」