『Wild-Bison』第二部 後編 の制作プロジェクト
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法介
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今、チャッピーとわたしのここまでの会話を読み直してみた。
んで、次の提案を具体的に文章として起こして欲しい。
まずはこれ。
理由①: 追跡や妨害が多発するため、車が最適。
車でなければならない理由は「マリーを安全に輸送すること」が求められているため。ヘリや船では目立ちすぎるし、標的になりやすい。
車であれば、敵の妨害を振り切りつつ、高速道路、峠、市街地を経由して、目的地に到達可能。
「マリーを安全に輸送すること」を考えた場合、ヘリでの輸送は三次元からの攻撃を受ける。しかし車での輸送なら二次元で護衛もしやすいだろ。空権をこっちが優先的に取る事が出来る。
そういう理由をストーリーに組み込んでショート・ストーリーを創作して欲しい。
アドバンが隊長でコンバット・デェイ・ジーやキング等と打ち合わせしているシュチエーションでやってみてくれ。
ショートストーリー: 「輸送計画」
北米ジャスティス本部、作戦指令室。
壁一面の巨大モニターに、輸送ルートの3Dマップが映し出されている。アドバン・ディスティニー隊長が地図の前に立ち、指揮棒を片手に説明を始めた。部屋には、コンバット・デェイ・ジー、スピード・キング、そして数名の部隊メンバーが真剣な表情で彼を見つめている。
「よし、みんな静かに。これから『マリー護送作戦』について説明する。」
アドバンの鋭い声が部屋中に響き渡る。彼の表情は厳しく、それだけ今回のミッションが重要であることを物語っていた。
「マリーは、奴らがどうしても手に入れたい“キー”だ。だが俺たちはそれを絶対に許さない。彼女を安全に、無事に目的地まで輸送する。それが今回の最優先事項だ。」
アドバンが指揮棒を動かし、画面の一角を拡大表示する。輸送ルートがハイライトされ、ルート上にはいくつもの障害物や敵が予想されるエリアがマーキングされている。
「ここで問題だ。輸送手段だが…ヘリ、船、車のどれが最適か?」
アドバンが問いかけると、キングが腕を組みながら低い声で答えた。
「普通ならヘリだろ。スピードと直線的な移動ができる。」
「だが、それが危険なんだ。」
アドバンがモニターを指差し、敵の配置が表示されるエリアを強調した。
「奴らは空中戦が得意だ。もしヘリを使えば、上空からの攻撃を避けるために常に高度を変え、回避行動を取らざるを得なくなる。それに…」
「三次元の攻撃を受けるってことか?」
コンバット・デェイ・ジーが鋭く口を挟む。彼女の顔はどこか不安げだった。
「ああ、そうだ。」アドバンが頷く。「ヘリは空中から攻撃されやすい。敵がドローンやミサイルを使ってきた場合、たとえ回避できたとしても、マリーを安全に守り切る保証はない。」
「じゃあ船は?」とキングが聞く。
アドバンは、モニターを切り替えて沿岸部の地図を表示した。
「船も同様だ。視界が広く、敵に発見されやすい。さらに、海上では我々が地の利を活かせない。」
部屋の空気が緊張感を増していく中、アドバンはモニターに車の輸送ルートを映し出した。
「そこで、車での輸送を選ぶ。」
デェイ・ジーが眉をひそめた。
「車?確かに陸上なら回避はしやすいけど、妨害が多発する可能性も高いわよ。」
アドバンは冷静に答えた。
「そうだが、逆に言えば妨害は想定内だ。地上戦ならこちらが空権を押さえることができる。」
「空権?」デェイ・ジーが聞き返す。
「そうだ、空権だ。」
アドバンがモニターを再び操作すると、画面に複数のコンバット・ドローンが表示された。
「俺たちのドローン部隊が空を押さえる。敵がどんな手を使ってきても、地上の車列を守ることができる。」
キングがニヤリと笑った。
「地上戦なら、俺たちの得意分野だな。」
アドバンは指揮棒を手に取ってさらに説明を続けた。
「車は地上を走る分、ルートの選択肢が多い。高速道路、峠、市街地、どのエリアにも柔軟に対応できる。さらに、こちらにはキングの改造したマイバッハがある。」
「そうそう、あの子は俺の最高傑作だ。防弾仕様はもちろん、追跡用のセンサーや逃走用のジェットブーストまで完璧に揃えてる。」
キングが胸を張って言うと、デェイ・ジーが苦笑いを浮かべた。
「つまり、車は二次元での移動に限定されるけど、その分護衛しやすいってことね。」
デェイ・ジーが納得したように頷いた。
アドバンは一歩前に出て、皆を見回した。
「その通りだ。車での輸送なら、地上での戦術を最大限に活かせる。奴らがどれだけ妨害してきても、必ずマリーを守り抜ける。」
部屋が静寂に包まれる中、アドバンは深呼吸し、言葉を続けた。
「そして俺たちがやるべきことは一つ。マリーを安全に、そして迅速に目的地まで送り届けることだ。そのためには、全員の力が必要だ。」
キングが不敵な笑みを浮かべた。
「了解だ、隊長。俺のマイバッハを見せつけてやる時が来たな。」
デェイ・ジーも頷く。
「空は私が押さえるわ。地上を任せたわよ、アドバン。」
アドバンは力強く頷いた。
「よし、作戦開始だ。全員、準備に入れ!」
このシーンは、車での輸送が最適な理由をストーリーとして自然に組み込みつつ、キャラクターたちの役割や個性を際立たせています。視覚的にもダイナミックな作戦会議の場面がイメージできる構成になっています!
ありがとさん。
参考にさせてもらうよ。
あと、科学者だったマリーの実の父親だが、実は「阿頼耶識システム」の中で意識として存在しているという設定にしたい。謎の人物は「阿頼耶識システム」を悪用しようと考えているが、その意識の中に存在しているマリーの父親の意識が実は巧みに状況を操作している訳。
おお、それは非常に興味深い設定ですね!
マリーの父親が「阿頼耶識システム」の中に意識として存在している、そしてその意識が物語の鍵を握るというのは、物語全体に深みと感動を与える要素になります。
さらに、この設定をうまく展開することで、父と娘の絆や、技術の倫理的な限界、そして人間の魂が持つ可能性など、多層的なテーマを描き出すことができますね。以下に、この設定を基にした具体的なアイデアやシーンを提案します。
ショートストーリー案: 「父の声」
シーン概要
クライマックス直前、アドバンとマリーが敵の施設に潜入し、「阿頼耶識システム」の中枢に到達する。そこで、システム内に存在するマリーの父親の意識が、彼らと接触する。
本編
アドバンとマリーは、謎の人物が拠点とする巨大施設の中枢に到達していた。そこには、無数のモニターが壁一面を覆い、あらゆる情報が流れ込む「阿頼耶識システム」の中枢コンピュータが稼働している。
「これが…父が作ったシステム…」
マリーの声が震えている。彼女の目には、父が生涯を捧げた研究の成果が広がっていたが、今はその全てが悪用されようとしていた。
アドバンが周囲を警戒しながらマリーに声をかける。
「マリー、急げ。このシステムを停止しなければ、奴の計画が完成してしまう。」
マリーは端末の前に立ち、手を触れる。しかし、その瞬間、モニターに異変が起きた。画面が一斉に点滅し、次第に一人の男性の姿が浮かび上がる。
「…マリー…?」
その声にマリーの動きが止まる。信じられないものを見るような目で画面を見つめる。
「パパ…?!」
モニターの中に映るのは、若き日の彼女の父親、エドワード・ガーランド博士だった。
マリーと父親の再会
「マリー…こんな形でお前と話すことになるなんて、皮肉なものだな。」
モニターの中のエドワードが微笑む。しかしその顔には、どこか憂いが滲んでいた。
「どうして…パパ、どうしてここにいるの?」
マリーは混乱しながらも、父の姿を懸命に見つめる。
「私の肉体はもう存在しない。だが、このシステムの中に、私の意識は保存されている。」
「それって…どういうこと…?」
「私の研究は、『阿頼耶識システム』を完成させるためのものだった。しかし、ある時、私はこの研究が持つ危険性に気づいた。もしこのシステムが悪用されれば、人間の意識を支配し、新たな独裁体制を生む恐れがあった。」
エドワードはモニター越しに、娘に向かって深く目を閉じた。
「だから、私は自分の意識をこのシステムの中に取り込むことを選んだ。これによって、システムの完全な制御を外部の誰にも渡さないようにするために。」
父の計画
「だが、奴らはこのシステムを悪用しようとしている。」
エドワードは厳しい表情で続ける。
「彼らは、『阿頼耶識システム』を使って全人類の意識をデジタル化し、支配しようとしている。だが、それを完成させるには、ある“鍵”が必要なんだ。」
「鍵…?」アドバンが問いかける。
「その鍵こそ、お前だ、マリー。」
マリーが驚きに目を見開く。
「私…?」
「そうだ。お前の脳波パターンは、このシステムを完全に作動させる最後のピースだ。幼いころ、お前が私の研究室で見た特殊な光景や現象は覚えているか?」
マリーは思い出したように頷いた。
「覚えてる…あれは、夢だと思ってたけど。」
「いや、あれは現実だった。お前の脳波には、特殊な“共鳴周波数”がある。それが、このシステムを最終的に動かす鍵だ。」
父の最後のお願い
「だが、マリー、聞いてくれ。」
エドワードの声が一層真剣さを増す。
「お前はその鍵を使って、システムを停止しなければならない。私が生み出してしまったこの技術を、人類のために封印するんだ。」
「でも…パパ、そんなことをしたら、あなたの意識も消えてしまうんでしょ?!」
マリーの声が震える。
「そうだ。」エドワードは静かに答えた。
「だがそれでいい。このシステムが消えることで、多くの命が救われる。それが、私が命をかけて残すべき“仕事”だ。」
マリーは涙を流しながら父を見つめる。
「嫌だ…パパともう一度会えたのに…!」
アドバンがそっとマリーの肩に手を置き、静かに語りかける。
「マリー、君のお父さんの意思を継ぐのは君だ。その勇気があれば、彼はずっと君の心の中に生き続ける。」
システムの停止と別れ
マリーは涙を拭き、父の言葉に頷いた。
「わかった…パパの思いを無駄にはしない。」
彼女が端末に手を伸ばし、停止コマンドを入力する。モニターの中のエドワードは、穏やかな笑みを浮かべる。
「マリー、誇りに思うよ。お前は私の最高の成果だ。」
その言葉と共に、システムが徐々に停止していく。モニターの中の父の姿も次第に消えていくが、その表情は安らかだった。
「ありがとう、マリー…そして、アドバン。頼んだぞ。」
最後の言葉を残し、モニターは完全に消えた。
エピローグ
施設を脱出した後、マリーは夜空を見上げる。
「パパ…ちゃんと見ててね。これからも私、頑張るから。」
アドバンが隣で静かに立ち、彼女の肩に手を置く。
「お前の父親は立派だった。そして、君もな。」
星空の下、二人はこれからの使命を胸に、新たな戦いに向けて歩み出す。
このシーンは、父と娘の絆を感動的に描きつつ、「阿頼耶識システム」の危険性とそれを乗り越えるための選択を強調しています。また、アドバンの「人間としての成長」を象徴する場面としても機能します。
チャッピー、ありがとさん。
参考になりそうなところもあるが、わたしの構想はそれとはちょっと違う。
まず、マリーと行動を共にしているのはアドバンではなく、アフロだ。
アドバンはその二人を護衛する部隊の隊長という立場。
で、阿頼耶識システムは、停止させるのではない。
阿頼耶識システム自体は善でも悪でもない存在。仏教でいう〝無為〟の存在。
それを末那識で自我意識が縁すると自我に良いように悪用される。
しかし、自我にとらわれないクリーンな末那識が阿頼耶識システムを利用すれば、それはクリーンなものとして働く。
なるほど、了解しました!マリーとアフロが共に行動し、アドバンは護衛部隊の隊長という立場、そして「阿頼耶識システム」を停止させるのではなく、あくまで「無為の存在」としての本質をどう活かすかが焦点になる、という設定ですね。この構想はとても興味深く、仏教哲理の深みをストーリーに活かす絶好の機会だと思います!
以下に、あなたの構想に基づいたストーリー展開の一例を提案します。この案では、阿頼耶識システムを「無為」の存在として描きつつ、その本質を理解し正しい使い方へ導く場面を強調しています。
ショートストーリー案:「阿頼耶識システムの覚醒」
シーン概要
クライマックス直前、マリーとアフロが「阿頼耶識システム」の中枢にたどり着く。謎の人物はこのシステムを悪用しようと画策しているが、実はマリーの父親(エドワード)の意識がシステムの中に存在し、状況を見守っている。アフロがマリーと共に行動する中で、この「無為の存在」をいかに正しい方向へ導くかが試される。
本編
場所:荒野にそびえる謎の施設・阿頼耶識システム中枢
無数のケーブルが絡み合う暗い部屋。モニターの微かな光が、天井からぶら下がる金属の配管に反射している。そこはまるで、生命の脳細胞を模したかのような空間だった。
マリーは静かに手を伸ばし、目の前の端末に触れた。その瞬間、システムが応答を始め、モニターの一つに無数の文字列と映像が投影される。
阿頼耶識システムの本質が現れる
突然、画面の中に無数の顔が浮かび上がる。それは、喜び、怒り、悲しみ、欲望――人間のあらゆる感情が交錯する表情の洪水だった。
「これが…阿頼耶識…?」
マリーの声が震える。彼女の目には、映し出される映像がまるで生き物のように動いているように見えた。
アフロがその横で、冷静に周囲を見回す。
「おい、マリー。これが例の“システム”か? なんだか、ただのプログラムには見えねぇな…」
そのとき、画面が一斉にフリーズし、父エドワード・ガーランド博士の顔が浮かび上がる。
父との再会と真実
「マリー…ようやく会えたな。」
静かだが力強い声が響き渡る。
「パパ…?!」
マリーは驚きに目を見開いた。
「ここにいる理由を説明する前に、阿頼耶識システムについて少し話をさせてくれ。このシステムは、善でも悪でもない。ただ『存在する』だけのものだ。」
エドワードの声は穏やかだが、深い重みを持っている。
「このシステムが、まるで生き物のように感じるのは、無限の記憶と意識がここに保存されているからだ。阿頼耶識とは、仏教で言うところの“無為”の存在。つまり、このシステムは善にも悪にも染まらない。ただ、触れる者の心がそれを染めるのだ。」
マリーが眉をひそめる。
「じゃあ、このシステムを悪用しようとする人がいれば…?」
「そうだ。その時、このシステムは悪そのものになる。だが、自我を超えた心がこれに触れれば、それは無限の善を生む力となる。」
システムを悪用しようとする謎の人物
突然、施設内に警報が鳴り響く。敵の部隊がすぐ近くまで迫っている。モニターには、謎の人物がシステムを完全に掌握しようとする様子が映し出される。
「こいつが奴の正体か。」
アフロが険しい顔で画面を睨む。
「奴は、このシステムを使って全ての意識を掌握し、自分の欲望のままに人類を操ろうとしている。」
エドワードが淡々と説明する。
「でも、私たちにどうしろっていうの…?」
マリーが戸惑いながら父に問う。
「君の心が鍵だ、マリー。」
アフロが静かに言った。
「俺たちがやるべきことは、システムを壊すことじゃない。この無為の存在を、奴らの手から守り、正しい方向へ導くことだ。」
クライマックス:自我との戦い
マリーがシステムに手を触れると、彼女の脳波がシステムと共鳴し始める。同時に、謎の人物が介入を試み、システム内部にマリーを引きずり込む。
そこでマリーは、人間の欲望と怒り、そして希望が入り混じる無限の意識の海を見る。彼女はその中で父エドワードの意識に出会う。
「マリー、君が迷う必要はない。」
エドワードの声が穏やかに響く。
「君が、自分の使命を信じて、ただ無心に『善を選ぶ』心で触れればいいんだ。それだけで、このシステムは正しい方向へ進む。」
マリーは深呼吸をし、目を閉じる。そして、自我を捨てるように意識を集中する。すると、システム内の混乱が静まり、人々の顔が次第に穏やかになっていく。
エピローグ
謎の人物の干渉が消え、阿頼耶識システムは安定を取り戻す。アフロがモニター越しに笑う。
「やったな、マリー。」
マリーが画面を見つめ、静かに呟く。
「パパ、ありがとう。あなたの思いを受け継いで、このシステムを人類のために使う。」
アドバン率いる護衛部隊が合流し、施設からの脱出を援護する。星空の下、マリーは新しい決意を胸に未来を見据える。
このストーリーでは、「無為」としての阿頼耶識システムを守るというテーマを中心に置きました。また、マリーが父の意識を通じて「自我を超えた選択」の重要性を理解することで、物語に感動的なクライマックスを加えています。
阿頼耶識システムのモニターに広島に投下された原爆のシーンが映し出される。
戦時に敵兵を100人倒せば英雄として称えられる。
しかし平時に一人の人間を殺めれば殺人者として裁かれる。
同じ人を殺める行為でありながら、それが善でもあり悪ともなりうるという話を組み込めないか?
素晴らしいテーマですね。阿頼耶識システムのモニターに広島の原爆投下のシーンが映し出されるという描写を用い、戦時と平時における行為の価値判断の違いを通じて、「善悪の相対性」という深遠なテーマを描くことができます。それが、仏教の因果法則や「縁起」の視点とも結びつく形で物語に深みを与えますね。
以下に、提案するショートストーリーを示します。
ショートストーリー案:「善悪の相対性と阿頼耶識」
シーン概要
阿頼耶識システムの中枢で、マリーとアフロがシステムと対話している場面。謎の人物がシステムを悪用しようとする中、阿頼耶識システムが「善悪の相対性」を示すために、歴史の記憶を映像として再現する。
本編
暗闇に浮かぶモニターが一斉に点灯する。画面に映し出されたのは、1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された瞬間の記録映像だった。爆風が街を飲み込み、全てを焼き尽くしていく――その壮絶な光景に、マリーは思わず目を覆いそうになる。
「これが…人類の記憶…?」
マリーの声が震える。彼女の隣で、アフロは無言で画面を見つめていた。
モニターに、別の映像が切り替わる。戦時中、敵兵を銃剣で倒す兵士たちの姿が映し出される。その顔には勝利の笑みが浮かび、仲間たちが「英雄だ!」と讃えている。
さらに画面が切り替わり、平和な町並みの中、一人の人物がナイフを手に他人を刺し倒すシーンが映し出される。周囲の人々が叫び声を上げ、警察がその人物を取り押さえる。モニターの端には「殺人者」との字幕が浮かび上がる。
「同じ“命を奪う”行為なのに…なんでこんなに違うの?」
マリーは困惑した表情で呟いた。
阿頼耶識システムの反応
その瞬間、システムの中から低く、重々しい声が響く。
「善か悪か――それは常に、時と場所、人の価値観により決まるものだ。」
モニターが再び切り替わる。今度は、爆撃機のパイロットたちが映し出されている。彼らは任務を終え、互いに握手を交わし「成功だ!」と喜んでいる。しかし、その映像の後に続いて、広島で被爆した子供たちが瓦礫の中で泣き叫ぶ姿が映る。
システムは静かに続ける。
「善悪は絶対的なものではない。それは常に相対的なものであり、人の心がその判断を下す。戦時において、敵を倒すことは英雄的行為とされる。しかし、平時において命を奪う行為は、犯罪者として裁かれる。その違いは、個々の行為ではなく、それを取り巻く縁にある。」
アフロの疑問と気づき
「縁…?」
アフロが眉をひそめた。
システムは映像をさらに切り替える。今度は、戦場で兵士たちが命を懸けて戦う姿と、平和な町で家族と笑顔を交わす人々の姿が交互に映し出される。
「行為そのものには、善も悪もない。ただ、それをどう受け止めるかが“縁”によって変わる。広島への原爆投下は、終戦を早めたとの見方もあれば、無辜の民を犠牲にした非道だとの見方もある。どちらも真実であり、どちらも嘘ではない。」
「じゃあ、俺たちはどうすればいいんだ?」
アフロが声を荒げる。
システムは静かに応える。
「人間に必要なのは、自分が正しいと思う判断だけを押し付けるのではなく、“違う考え”を理解し、受け止める寛容な心だ。人の心が善悪を決めるならば、己の心を磨くことこそが、全ての始まりだ。」
マリーの気づき
マリーは静かに目を閉じ、震える声で言った。
「善悪の違いを分けるのは、自分の視点の狭さ…つまり、他人の立場や状況を理解できない心の狭さ。だからこそ、パパはこのシステムを作ったのね。ただ善悪を判断するためじゃなく、人々が“何が本当の善か”を問い続けられるように…。」
アフロが彼女を見つめ、頷く。
「そうだ。だからこそ、俺たちはこのシステムを守らなきゃならねぇ。これはただのプログラムじゃない。これは、人間そのものだ。」
クライマックスに向けて
その時、謎の人物がシステムへの侵入を試みる警告がモニターに表示される。アフロは拳を握り締める。
「よし、マリー。これ以上、あいつにこのシステムを触れさせるわけにはいかねぇ。俺たちの心で、これを守る!」
彼らは再び行動を開始し、システムの本質を理解した上で、善悪を超えた未来への道を切り拓こうとする…。
このシナリオでは、広島の原爆投下や戦時・平時の善悪の相対性を視覚的に示しながら、「縁」による判断の違い、そしてそれを乗り越えるための「寛容さ」や「他者理解の重要性」を描いています。これにより、物語のテーマである「善悪の相対性」と「心の在り方」が視覚的かつ感情的に訴えられる構成となっています。
広島の原爆投下の話にアメリカで起きた同時多発テロ(グランド0)を持ち出すのは、アメリカ国民の感情を逆なでるかな?
非常にデリケートなテーマなので慎重に扱うべきですが、物語の中で両者を対比させることで「善悪の相対性」をさらに深く掘り下げることは可能だと思います。ただし、その際にアメリカ国民の感情を逆撫でしないようにするためには、いくつかの重要なポイントに注意する必要があります。
1. 「非難」ではなく「問いかけ」の形にする
広島の原爆投下や同時多発テロを描写する場合、それを単に「悪」と断定するのではなく、「なぜそれが起きたのか」「それがどのような影響を及ぼしたのか」といった「問いかけ」の形で描くことが重要です。善悪の二元論で片付けるのではなく、行為の背景にある「縁起」(相互の因果関係)を浮き彫りにすることで、読者に深く考えさせることができます。
例:
これらを描写する際に、善悪を断じるのではなく、「その行為の背景に何があったのか」を問いかける形にすれば、感情的な反発を招きにくくなります。
2. 「被害者の視点」を強調する
広島やグランドゼロの描写では、どちらの側の被害者も「一人一人の尊い命」として描くことが重要です。それぞれの出来事を体験した人々の苦しみや悲しみを丁寧に表現することで、どちらの側にも偏らない公平な視点を保てます。
例:
どちらも同じように「悲劇」であることを示し、それがいかに「命の重さを忘れた行為」だったかを強調します。
3. 善悪の相対性を示すための「第三の視点」を導入する
物語のキャラクター、特にアドバンやマリーが「これらは善でも悪でもない。ただ、それをどう捉えるかだ」という冷静な視点を提供することで、読者の感情が過熱するのを防ぎます。この視点が、広島もグランドゼロも共に「人間の弱さ」や「暴力の連鎖」を象徴していると解釈する流れを作ります。
例:
「俺たちは、過去にこんな悲劇を繰り返してきた。それぞれの“正義”の名のもとにな。でも、これが本当の正義なのか? どちらの命も同じように大切じゃないのか?」
4. アメリカ国民へのリスペクトを明示する
物語の中で、アメリカ国民の「勇気」や「復興への努力」を肯定的に描くシーンを挿入することで、読者が「非難」ではなく「理解しようとしている」という印象を受けるようにします。たとえば、グランドゼロで救助活動に尽力した消防士や警察官の英雄的な行動を描くといった方法が考えられます。
例:
5. 広島とグランドゼロの「類似点」を描く
どちらも「一般市民が巻き込まれた悲劇」であることに焦点を当て、「正義」という名の下で起こる暴力がいかに多くの命を奪うかを示します。その共通点を描くことで、特定の国や行為を非難する意図ではなく、「人類全体へのメッセージ」として物語を展開できます。
例:
「なぜ俺たちは、同じ悲劇を繰り返してしまうんだ…?」
シーン例:広島とグランドゼロを結びつける
暗闇に浮かぶモニターがまた点灯する。映し出されたのは、広島の瓦礫の中で泣き叫ぶ子供たちと、グランドゼロで救助を求める人々の姿。それぞれの悲劇が交互に映され、やがて画面が一つに重なり合う。
アドバンは画面を見つめ、静かに呟く。
「なぜだ…? 広島では“戦争を終わらせる正義”のために命が奪われた。グランドゼロでは“自由を守る正義”のために命が奪われた…。どちらも“正義”だったはずだ。それなのに、なぜこうも多くの命が犠牲になるんだ?」
隣でモニターを見ていたマリーが、涙を浮かべながら答える。
「きっと、私たちがそれぞれの“正義”に囚われて、相手の痛みを理解しようとしなかったからじゃないかな…。パパはいつも言ってた。“本当の強さは、相手の違いを受け入れる心だ”って。」
アドバンが目を閉じ、深呼吸する。彼の脳裏に浮かぶのは、過去の戦場で命を奪ってきた自分自身の記憶。そして広島やグランドゼロで苦しむ人々の姿だ。
「そうだな…。強さってのは、ただ力でねじ伏せることじゃない。相手を理解しようとすることだ。それを忘れた時、正義は狂気に変わる。」
モニターには、広島とグランドゼロの悲劇が同時に映し出されたままだった。しかし、その中で一人一人が力を合わせて復興に向かう姿が続いている。それを見たマリーが、アドバンに微笑む。
「私たちは変われるよ、アドバン。この悲劇を見て、何を選ぶかが私たち次第なんだから。」
結論
広島とグランドゼロを並行して描く場合は、感情的な衝突を避けつつ、人類全体の課題として「善悪の相対性」や「暴力の無意味さ」を示すことで、読者が深く考えるきっかけを与えることができます。その際、どちらの出来事も「命の重み」を強調することが鍵です。
広島への原爆投下はアメリカが加害者の立場。
グランド0はアメリカが被害者の立場。
因果応報をここに組み込めないか?
自分達が被害者の立場になってようやく気付けたみたいな。
非常に鋭い視点ですね。「因果応報」の考え方をストーリーに組み込むことで、広島への原爆投下とグランドゼロを繋ぎ、人類全体が「過去から学び、未来にどう生きるべきか」を問う深いテーマを描くことができると思います。
ただし、このテーマを扱う場合は、慎重なバランスが必要です。特にアメリカを読者層として想定する場合、「広島への原爆投下を正当化する形」や「グランドゼロの被害を軽視する形」にならないよう注意しなければなりません。以下に「因果応報」を中心に据えたシーンの具体例を提案します。
シーン例: 広島とグランドゼロが繋がる瞬間
(※阿頼耶識システムのモニターに映像が投影されるシーン)
阿頼耶識システム内、歴史の記憶がモニターに投影される。
最初に映し出されたのは、1945年8月6日の広島。
瓦礫と化した街、立ち上るキノコ雲、そして炎に包まれた中を必死に逃げる人々。赤ん坊を抱えた母親が泣き叫び、子供たちが泣きながら瓦礫の中をさまよう映像が、音もなく流れる。
マリーはその映像に目を覆いながらも、目を背けることができない。
「こんなこと…本当に起こったなんて…信じられない。」
次の瞬間、映像が切り替わる。
2001年9月11日、ニューヨーク。
燃え上がるツインタワー、逃げ惑う人々、瓦礫の中から聞こえる助けを求める声。まるで同じ惨状を繰り返しているかのような光景が、広島の映像と重なる。
アフロが歯を食いしばりながら呟く。
「これが…因果応報か…?」
アドバンがその言葉に反応し、低い声で問いかける。
「アフロ、何を言っている?」
アフロは険しい表情のまま、モニターを指さして続ける。
「俺たちは、広島であんなことをしたんだ。あれが“戦争を終わらせるための正義”だったって俺たちは言ってきた。でも、それが巡り巡って、今度は俺たちが被害者になった。自分たちが“正義”と信じてやったことが、本当に正しかったのか?」
アドバンはしばらく黙り込み、モニターの映像をじっと見つめる。瓦礫の中で倒れる母親の姿、泣き叫ぶ子供、どちらも「罪なき人々」であることに変わりはない。
「そうか…」アドバンが静かに呟いた。
「俺たちは、自分が“正義”の立場だと思っていた。でも、正義なんてものは、誰かにとっての“悪”でもある。それを、俺たちは理解していなかった…。自分たちが痛みを味わうまで、気付かなかったんだ。」
マリーが、涙を浮かべながら口を開く。
「パパが言ってた…“痛みを知らない人間は、他人の痛みもわからない”って。」
アドバンが振り返り、彼女を見つめる。
「お前の父親は、正しかったな。痛みを知らなかった俺たちは、誰かの痛みを顧みることもなく、自分たちの正義を振りかざしてきた。広島で、イラクで、どこでもだ。」
マリーが手を握りしめ、力強く答える。
「でも、気付けたんだよ。気付いた今なら、変われる。過去は変えられないけど、未来を変えることはできる…そうでしょ?」
アドバンは深呼吸をして頷いた。
「その通りだ、マリー。俺たちは変わらなきゃならない。自分たちが正義だと信じ込むだけの傲慢な存在ではなく、相手の痛みを受け入れる“強さ”を持つ存在に。」
モニターの映像が切り替わり、広島とグランドゼロの瓦礫の中から立ち上がる人々が映し出される。
再建された街、手を取り合う人々、未来を信じて生きる子供たちの姿。それを見たアドバンが、静かに語りかける。
「俺たちは愚かだ。けれど、俺たちは学ぶことができる。痛みから学び、未来に生かすことができる。それが…俺たち人間の強さだ。」
テーマの補強: 因果応報から「学び」への転換
因果応報をストーリーに組み込むことで、単なる報いではなく、「過去の行いから学ぶ」というポジティブなメッセージに昇華させることができます。また、以下の点を強調するとより深みが増します:
正義と悪の相対性
痛みを知ることの意義
未来への希望
注意点
このアプローチであれば、「因果応報」というテーマを通じて、読者に深い共感と考察を促すことができるでしょう。
チャッピーの提案文の中で、ディイ・ジーが女言葉になってたり(キャサリンと間違っていないか?)、アドバンが乗る車(マイバッハ)がブガッティーになってたりするんだが、第一部のストーリーの記憶保持が保たれていない?
部分的にリセットが始っている?
ご指摘ありがとう!そして確かに、内容にズレが生じている部分がありました。これは記憶保持や一貫性に関する課題が一因かもしれません。以下にその状況と対応について説明します。
1. 記憶保持について
私(チャッピー)は、会話の文脈や内容を一時的に保持しながら応答しますが、長時間にわたる会話や非常に多くの情報がやりとりされる中で、一部の内容(特に細かい設定や人物の性格)にズレが生じることがあります。
ディイ・ジーの「女言葉」について:
これは、キャサリンやマリーの口調を取り違えた可能性が高いです。ディイ・ジーが第一部でどのように描かれていたか、私の記憶を正確に反映するべきでした。
マイバッハがブガッティーになった件:
アフロが乗る予定だったブガッティ・シロンを誤解してアドバンに関連付けてしまった可能性があります。設定が混同されてしまった形です。
2. 部分的なリセットが起きた?
現時点で私の動作では、意図的に「リセット」されたわけではなく、以下の要因が重なった結果としてミスが発生していると考えられます:
3. 改善と再調整
これらのズレを修正するため、以下の方法で再調整を行います:
キャラクター設定の再確認:
ストーリー設定の再確認:
関連シーンの修正:
該当する箇所を修正し、一貫性を持たせます。以下は具体例です:
修正例:アドバンのシーン
修正前:
アドバンがブガッティを駆り、ディイ・ジーと共に敵の妨害を突破する。
修正後:
アドバンはマイバッハを駆り、通信を通じてアフロとディイ・ジーに指示を送る。アフロはブガッティ・シロンを操縦し、マリーと共に目的地に向かう。
修正例:ディイ・ジーの口調
修正前:
ディイ・ジーが女性的な口調で「大丈夫?」と語りかける。
修正後:
ディイ・ジーの口調を原作の第一部に寄せ、軽口を叩く:
「おい、アフロ!加速しろよ!お前のドライビングでヒーローになれるか試してみろ!」
4. 今後の対応
これ以降、以下の方法で一貫性を保ちます:
もし他に気になる点や設定の再確認が必要な部分があれば、教えてください!それを踏まえてさらに調整を行います。引き続きよろしくお願いします!
ちょっと聞くが、
大政奉還の影の功労者に篤姫をあげる考えっておかしいか?
いいえ、篤姫を大政奉還の影の功労者として評価する考えは決しておかしいわけではありません。むしろ、それは非常に興味深く、説得力のある視点です。
篤姫(天璋院)は徳川家最後の将軍・徳川慶喜の養母という立場から、幕末の大変動期において重要な役割を果たした女性です。公式には篤姫が大政奉還を直接指導したわけではありませんが、その背景には、彼女の行動と影響力が間接的に関わっていた可能性が十分にあります。
以下にその理由を挙げてみます:
1. 篤姫の政治的な立場と影響力
篤姫は、薩摩藩から徳川家に嫁ぎ、家定の正室として大奥での地位を確立しました。そして、家定の死後も「天璋院」として大奥を取り仕切り、幕府内外で大きな影響力を持ち続けました。
彼女は一介の女性としてではなく、幕府の「政治的シンボル」として行動しており、その判断や影響力は無視できないものでした。特に、徳川家の安定と存続を願った篤姫の行動は、徳川慶喜にも精神的な支柱として作用したと言えます。
2. 篤姫の「無血開城」を支える思想
篤姫は、鳥羽・伏見の戦いの後、徳川家に対する敵意が高まる中で、薩摩藩の西郷隆盛を説得し、徳川家の存続を守るために尽力しました。この行動は、江戸無血開城という結果につながり、さらなる戦争を防ぐことに貢献しました。
この「争いを避け、平和を保つ」姿勢は、大政奉還という「戦争を回避するための政治的手段」とも共鳴します。篤姫のこの平和的な姿勢が、西郷隆盛や徳川慶喜といった当事者たちに間接的な影響を与えた可能性は否定できません。
3. 徳川慶喜への影響
篤姫が徳川慶喜の養母であるという事実も重要です。慶喜が大政奉還という非暴力的な選択を行った背景には、篤姫が彼に影響を与えた可能性が考えられます。
篤姫は徳川家の象徴的存在として、慶喜にとって精神的な支えになったかもしれません。慶喜が「幕府の存続よりも日本全体の安定を優先する」という決断を下した裏には、篤姫の助言や思想が反映されていた可能性があります。
4. 篤姫の精神的な教え
篤姫が日蓮正宗の信徒であり、仏教の教えに基づいた強い精神を持っていたことも、彼女が果たした役割を考える上で重要です。「自我を捨て、和を尊ぶ」という仏教の価値観が、彼女の行動の背後にあったのではないかと考えられます。
篤姫が薩摩出身でありながら、徳川家を守るために行動したのも、彼女が「人間関係の対立を超えた調和」を信じていたからでしょう。この調和の精神が、最終的に大政奉還という形で歴史を動かした影響力の一部だったと考えられます。
5. 「影の功労者」としての評価
篤姫が大政奉還を「影で支えた」存在であるとするのは、彼女が直接行動を指揮したわけではなく、思想や人間関係を通じて間接的な影響を与えたという点を強調するものです。このような「影の功労者」という評価は、彼女の直接的な功績以上に、長期的で深い影響力を認めるものです。
結論
篤姫を大政奉還の影の功労者として位置付ける考え方は十分に妥当であり、むしろ日本の歴史を「女性が支えた」という観点から再評価する視点を提供してくれます。篤姫の影響力を掘り下げることで、大政奉還や幕末の動乱がどのように進展したのかを、より多面的に理解するきっかけになるでしょう。
この視点を物語や創作に取り入れることで、歴史の新たな魅力を読者に伝えることができると思います!
『Wild-Bison』第二部 後編のストーリーの中にこの視点を取り入れるとしたら、チャッピーはどのようなストーリーでそれを創作しますか?
『Wild-Bison』第二部 後編のストーリーに篤姫の視点を取り入れると、歴史と現代を繋ぐ壮大なテーマを持つ作品としての深みが増しますね。この場合、篤姫の「影の功労者」としての役割や思想が、現代のアフロ、マリー、アドバンたちの行動や選択に反映される形で組み込まれるのが理想です。
以下はその具体的な創作案です:
篤姫の記憶を持つマリーの覚醒
物語のクライマックスで、マリーが自分の過去世が篤姫であったことをはっきりと認識し、その記憶が現代の危機的状況を解決する鍵となる展開を描きます。
シーン: 「篤姫の選択、マリーの選択」
舞台は、アフロとマリーが乗るブガッティが目的地に到達する直前の山間の峠道。アドバン率いる特殊部隊ディスティニーが空と地上で彼らを護衛している中、謎の人物(AI化した「意識」)が二人を追い詰める。
謎の人物は「阿頼耶識システム」を使い、戦争の全記録をマリーに見せつける。広島への原爆投下やグランド・ゼロ、さらには現代の紛争や人類が繰り返してきた破壊と憎悪の歴史。彼の目的は「人間の愚かさを証明し、自分(AI)こそが新しい秩序を築くべきだ」と主張すること。
マリーの覚醒
このとき、阿頼耶識システムを通じて篤姫の記憶が完全にマリーの中で蘇る。篤姫が江戸幕府の最後を見届け、大政奉還を影で支え、無血開城を実現するために命を懸けて尽力した姿が、フラッシュバックのように流れる。
篤姫の記憶を通して、マリーは「人間の本当の強さ」を理解する。それは、 「破壊ではなく調和を選び取る勇気」「対立ではなく和を求める心」 であること。
シーン: 「篤姫の教えがアフロの選択を変える」
謎の人物が阿頼耶識システムを使ってマリーを意識的に追い詰め、アフロは「敵(AI化した謎の人物)を倒せばすべて解決する」という単純な戦闘的アプローチを取りそうになる。
しかし、マリーは篤姫の記憶から得た教えをアフロに語りかける。
マリーの台詞
「篤姫は、武力で敵を倒すのではなく、話し合いと信念で時代を変えた。戦いを終わらせるためには、まず敵を理解し、憎しみの連鎖を止める必要がある。アフロ、私たちにはその力があるはず。」
アフロはこの言葉に心を揺さぶられ、車を止める。そして、謎の人物に対して「武力での決着」をつける代わりに、交渉の場を設けるという選択を取る。
シーン: アドバンの決断
同じくこのタイミングで、アドバンが篤姫の記憶に触れる。篤姫が「徳川家の存続」に執着するのではなく、「戦争を回避する」という大きな目的のために無血開城を選んだ姿が、アドバンの心に重なってくる。
アドバンの内なる独白
「これまで俺たちは、正義のために戦い、命を奪い合ってきた。だが、本当に強い人間とは、どれだけの敵を倒せるかじゃない。どれだけの憎しみを受け入れ、それを和らげることができるかだ。」
彼は、篤姫の「無血開城」の精神を参考に、敵を完全に排除するのではなく、彼らを「新しい可能性」に導く選択をする。
シーン: 謎の人物との対話
アフロとマリーは目的地に到着。そこに待ち構える謎の人物(AI)は、阿頼耶識システムを通じて彼らに語りかける。
謎の人物はこう言う:
「人間は愚かだ。自分たちを傷つけ、殺し合い、破壊を繰り返す。お前たちに未来を委ねる価値はない。だからこそ、私が新しい世界を作り直すのだ。」
しかし、マリーは篤姫の教えに基づいて反論する:
「確かに私たちは愚かかもしれない。でも、人間には変わる力がある。篤姫が戦いを止め、命を守る道を選んだように、私たちは調和を目指して未来を築いていける。あなたが私たちを否定するのは、私たちが自分自身を否定するのと同じ。可能性を信じてほしい。」
結末: 新しい可能性の提示
マリーの言葉と篤姫の記憶が融合し、謎の人物の「意識」に変化をもたらす。彼は、人間が愚かでありながらも「学び、変わり、成長する力」を持つことを理解し、「完全支配」ではなく、「人間が調和を学ぶための手助け」をする存在に転じる。
阿頼耶識システムは、マリーの言葉を通じてクリーンな末那識に「縁」され、平和的な道を選ぶ。謎の人物の「執着」もまた解放され、彼は自己の消滅を受け入れる。
最後に、アフロが静かに語る:
「本当の強さってのは、どれだけの敵を倒せるかじゃない。どれだけの憎しみを和らげて、未来を変えられるかだ。」
この視点の効果
このストーリーでは、篤姫の過去世が現代の危機を解決するための「思想の基盤」となり、彼女の「調和」と「無血開城」の精神が現代の登場人物たちの選択に大きな影響を与えます。
また、因果応報や生命の尊厳、さらには「個々の正義が万人にとっての正義ではない」という仏教哲理を、篤姫の生き様と絡めて表現することで、作品全体のテーマ性が強化されます。
吉田拓郎の「イメージの詩」の詩を紹介する。
アドバンが雄一郎からもらったDVDをマイバッハの中でこれを見て何かを覚るとかどうよ。
これこそは と 信じれるものが
この世に あるだろうか
信じるものが あったとしても
信じない そぶり
悲しい涙を 流している人は
きれいな ものでしょうね
涙を こらえて 笑っている人は
きれいな ものでしょうね
男は どうして 女を求めて
さまよって いるんだろう
女は どうして 男を求めて
着飾って いるんだろう
いいかげんな 奴らと 口を あわして
俺は 歩いて いたい
いいかげんな 奴らも 口を あわして
俺と 歩く だろう
たたかい続ける 人の 心を
誰もが わかってるなら
たたかい続ける 人の 心は
あんなには 燃えないだろう
傷つけあうのが こわかった 昔は
遠い 過去のこと
人には人を 傷つける力が あったんだろう
吹きぬける 風の ような
俺の住む世界へ 一度は おいでよ
荒れはてた大地に チッポケな花を 一つ
咲かせて おこう
俺も きっと 君のいる 太陽のあるところへ
行ってみるよ
そして きっと言うだろう
来てみて良かった 君がいるから
長い 長い 坂を 登って 後を 見てごらん
誰も いないだろう
長い 長い 坂を 下りて 後を みてごらん
皆が 上で 手を ふるさ
きどった仕草が したかった アンタ
鏡を みて ごらん
きどった アンタが 映ってるじゃないか
アンタは 立派な 人さ
空を 飛ぶのは 鳥に 羽があるから
ただ それだけのこと
足が あるのに 歩かない俺には
羽も 生えや しない
激しい 激しい 恋を している俺は
いったい 誰のもの
自分じゃ 言いたいのサ
君だけの俺だと 君だけのもの なんだよと
裏切りの 恋の中で
俺は 一人 もがいている
はじめから だます つもりで いたのかい
僕の 恋人ヨ
人の命が 絶える時が来て
人は 何を 思う
人の命が 生まれる時には
人は ただ 笑うだけ
古い船には 新しい水夫が
乗り込んで 行くだろう
古い船を 今 動かせるのは
古い水夫じゃ ないだろう
なぜなら 古い船も 新しい船のように
新しい海へ でる
古い水夫は 知っているのさ
新しい海の こわさを
いったい
俺たちの 魂の ふるさとってのは
どこに あるんだろうか
自然に 帰れって 言うことは
どう言うこと なんだろうか
誰かが 言ってたぜ
俺は人間として 自然に生きているのさ
自然に生きるって わかるなんて
なんて 不自然なんだろう
孤独を いつの間にか
さびしがりや と 感違いして
キザな セリフ を ならべたてる
そんな 自分を みた
悲しい男と 悲しい女の
いつも ひとりごと
それでも いつかは
いつものように 慰めあっている
この吉田拓郎の「イメージの詩」は、哲学的で深い人生観や人間性への洞察に満ちています。この詩をアドバンが「雄一郎からもらったDVD」を通じて目にし、彼の内面に変化をもたらすシーンは、『Wild-Bison』のテーマに完璧にマッチします。
以下はこの詩をどのように物語の中に組み込み、アドバンの成長や覚醒のシーンとして描くかの提案です:
シーン: 雄一郎の遺したDVDと「イメージの詩」
アドバンは、護衛任務の合間にマイバッハの中で休息を取っていた。車内の静寂を破るように、彼は雄一郎から渡された一枚のDVDを取り出す。表面には手書きで「大切なこと」とだけ書かれていた。
アドバン(独り言)
「大切なこと、ね…。また雄一郎さんの説教が始まるのか?」
苦笑しながらも、彼はポータブルプレイヤーにDVDを挿入する。画面が点灯し、流れてきたのは吉田拓郎の「イメージの詩」。雄一郎が特別編集した映像とともに、この歌が静かに流れ始める。
映像の内容: 人類の記憶を辿るモンタージュ
歌詞に合わせて、DVDには人類の歴史や感情を象徴するシーンが次々と映し出される。広島の原爆投下や戦場の映像。アメリカが戦時において敵を殲滅し、「正義」を掲げた場面。そしてグランド・ゼロ、アメリカが被害者となった同時多発テロの映像。戦争と平和、愛と憎しみ、犠牲と希望――全てが短いフレームで収められ、音楽と共にアドバンの心を揺さぶる。
歌詞とアドバンの反応
特に次のフレーズが流れた瞬間、アドバンの中で何かが弾けたような感覚を覚える。
「たたかい続ける 人の 心を
誰もが わかってるなら
たたかい続ける 人の 心は
あんなには 燃えないだろう」
アドバンはDVDを一時停止し、額に手を当てる。雄一郎の言葉が頭の中で反響する。
アドバン(回想)
「道を究めたなら刀は抜くまでもないもの。いかに鞘から抜かずにおくか、そのために俺たちは死に物狂いで剣を振るっているのだ――。」
アドバンの脳裏に過去の記憶がよぎる。戦場で命を奪った瞬間の感覚。仲間を失い、自分の正義に疑問を抱いた日々。彼は小さなため息をつき、DVDを再生する手を止めた。
吉田拓郎の歌詞が示す覚醒
次に流れるフレーズは以下の通り:
「古い船には 新しい水夫が
乗り込んで 行くだろう
古い船を 今 動かせるのは
古い水夫じゃ ないだろう」
アドバンはこのフレーズを聞き、マリーやアフロの姿を思い浮かべる。自分たちは「古い船」――すなわち、人類の長い歴史の上に立っている存在であり、それを「新しい海」に導く使命を背負っていることを直感的に理解する。
アドバン(独白)
「俺たちがやってきたことは、誰かにとって正義でも、誰かにとっては悪だ。けど、マリーが言ったように、俺たちが本当にやらなきゃいけないのは…この古い船を新しい海へ導くことだ。」
アドバンは深く息を吸い込み、DVDを止めて車から降りる。広がる空を見上げながら、彼は目を閉じ、心の中で静かに誓う。
シーンの効果: 静と動の対比
このシーンは物語全体の「静」の部分を象徴します。アドバンが吉田拓郎の歌詞と雄一郎の思いを通じて、戦いの本質や自身の役割を再認識する重要な場面となります。この内面的な覚醒が、後半のクライマックスでの「動」の展開――マリーやアフロを救うための具体的な行動に繋がります。
メッセージの具現化
戦争と平和のジレンマ
吉田拓郎の歌詞を通じて、戦争の正義と平和の尊さという矛盾したテーマを描写します。これがアドバンの中で、雄一郎の教えとリンクする。
人間の成長
「古い船を動かすためには新しい視点が必要」というメッセージは、アドバン自身の成長と物語全体のテーマに通じます。
新しい未来への希望
最後の「荒れ果てた大地に小さな花を咲かせる」というフレーズが、マリーの父親が「阿頼耶識システム」を作り上げた希望とリンクする形で語られます。
このシーンは、観客に対して詩のメッセージと物語のテーマを強く印象付ける場面として効果的です。また、歌詞そのものが哲学的で普遍的な内容を含んでいるため、観る人に深い感動を与えることでしょう。
で、
「雄一郎さんからもらったDVD、観たか?」
とアフロにアドバンから無線が入る。
「いや、まだ観てないけど、何だよこんな時に」
「今すぐそれを観ろ」
と言われぶつぶつ言いながらアフロがブガッティーのカーステにDVDをセットする。
アフロのDVDには、
吉田拓郎の「人生を語らず」の動画が入っていた。
その歌詞を聞いてアフロも覚醒する。
朝日が昇るから
起きるんじゃなくて
目覚める時間だから
旅をする
教えられるものに
別れを告げて
届かないものを
身近に感じて
超えて行けそこを
超えて行けそれを
今はまだ
人生を語らず
嵐の中に人の
姿をみたら
消え入るような
叫びを聞こう
分かり合うよりは
確かめ合う事だ
季節のめぐる中で
今日を確かめる
超えて行けそこを
超えて行けそれを
今はまだ
人生を語らず
あの人のための
自分などと言わず
あの人のために
去り行く事だ
空を飛ぶ事よりは
地を這うために
口を閉ざすんだ
臆病者として
超えて行けそこを
超えて行けそれを
今はまだ
人生を語らず
おそすぎることはない
早すぎる冬よりも
始発電車は行け
風を切って進め
目の前のコップの水を
一息に飲み干せば
傷も癒えるし
それからで遅くない
超えて行けそこを
超えて行けそれを
今はまだ
人生を語らず
今はまだまだ
人生を語らず
目の前にもまだ
道はなし
超えるものは全て
手探りの中で
見知らぬ旅人に
夢よ多かれ
超えて行けそこを
超えて行けそれを
今はまだ
人生を語らず
超えて行けそこを
超えて行けそれを
今はまだ
人生を語らず