張魏訂の執務室は、行政長官にとって自身の部屋より身近な環境であった。白茶色を基調とした柔らかい色味に、深みのある革張りの椅子が置かれている。この部屋なら取引ができると、楊は思った。目の前に座った、部屋の様子と同様に実務的な男に目をやると、その考えはさらに強固なものとなった。
「行政長官様、お会いできて光栄です」
「私も同じですよ、張さん。それでは、広東の将来についてお話しましょう」
「どうも漠然とした話題ですな。より具体性のあるお話にしたほうが良いのではないでしょうか。まず、私の事業内容についてはよくご存じのことと思いますが」
楊は、張がさらに話すのを許した。横井もそれには十二分に気づいていた。「それについて意見を交わすために、この場にいるのではありませんか」
「もちろん私は、張さんのおっしゃる"事業"をただ続けさせることはできません。もっとも忌まわしい慣習は最低限にとどめておかねばならないのですよ」
「それはよく理解しております」
発せられた言葉に、楊は控えめに戸惑って眉をひそめた。
「貴政権の管理体制には、同僚共々よく満足しております。ただ、もし広東での仕事に支障をきたすような状況になれば、職員の基準を引き下げなければならない、とだけ言わせていただきましょう」
「もちろん、張さんが約束を守ってくださるのなら、私もあなたの好みを尊重するよう努めます」
楊の期待していた通り、明快な会談だった。張の悪行を認識しながらも、その考えは揺るがなかった。この男は、楊が対処しなければならない人物の一人に過ぎないのだ。立場に害が及ばない限り、その行為には何の関心もない。
約束を守った方が身のためだ。
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