帝国某所、封鎖された森林地帯の奥、雑草に埋もれた滑走路の先に、沈黙した巨大な鉄棺のように口を開けている。
「旧連邦内戦時に作られてたミサイルサイロ、よくここを利用しようと思ったな…」
コンクリートの地面はひび割れ、風雨にさらされた鉄製のハッチは茶褐色に錆び、わずかに開いた隙間から、地下の闇が覗いている。サイロの外壁にはかつての警告標識がかすれた赤で残り、読めるのは「高放射線危険区域」の数文字だけだった。連邦内戦時に政府軍が運用し、帝国成立と共に破棄されたものであろうが、戦争遺構としての価値も見出されずこうしてただ放置されて自然の力に飲まれて朽ち果てている。数年前にここ一体をエレナ・ニーナが買い上げて以降も、情景に変化はない。
地下へと続く螺旋階段は腐食し、下るごとにギシギシと悲鳴を上げた。
重厚に作られた鉄扉に取り付けられているコンソールを手慣れた手つきで操作し、扉を開放した。
「ミス・ヒミノ、被験者を連れてきてもよかったのですか?」
『えぇ、問題ありません。彼には目隠しをさせたまま、下層まで移動させてください。政府には許可を取ってあります』
長い黒髪をたなびかせ、白衣の女と武装した兵士たちが奥へと、下へと突き進む。しばらくいった突き当りの発射管制室の奥、廃棄された冷却システムの裏側にあった古い隔壁。コードロックは腐食して作動不能だったが、手動の解錠レバーが裏側に残されていた。まるで「誰かが、ここに入ることを前提に残していった」かのように。
隔壁の向こうは完全な密閉空間だった。放棄された軍事施設には不釣り合いなほどの無塵環境。全員が即座にマスクを外せるほど空気は清浄で、温度は一定に保たれている。明らかに“生きている”制御系の存在を感じた。
<ーお待ちしておりました。アオイ・ヒミノ>
機械音声を発する"それ"は液体の中で無数のチューブにつながれて浮いていた。人間の脳。ただ脳の表面を埋め尽くすように青黒いものがじゅくじゅくとうごめいている。その青黒いものは、学者である彼女にとっては見覚えのあるものである。"それ"は何十、何百もこの空間にあり不気味な感触を彼女らに与えていた。
<国家統治中枢システム、"テミス・システム"へようこそ。実験の協力要請と聞き及んでおります>
「テミス、彼の脳の記憶領域を上書きしてください。前回から調整してありますので」
そういうと彼女は目隠しされた男をシステムの手前へと差し出す。男は沈黙したままシステムの前まで自ら歩みを進めると、直前で膝まづく。部屋の一部が発光し、男へむけて青白いレーザー光をかざす。
<…犯罪係数測定、320。執行対象です。適正対象と認識。実験を開始します>
<脳のスキャンを開始、…。脳内の情報を整理。脳内ストレージを全て削除、実行>
ひとつずつ、コードが実行されるたびに沈黙を保っていた男の口からは苦し紛れのうめき声が洩れ、泡ぶくぶくを吐き出す。ヒミノはその光景を黙って、好奇心を宿した目で見つめるのみ。
<テミス・コードのプリインストールを開始>
プリインストールが実行された瞬間、男は横倒しになり顔面を地面へと勢いをつけて打ち付けた。1回、2回、なんども頭を打ち付け、地面には赤い血だまりと欠けた白い歯が散らばっていた。数十回と続けたのを最後に彼の頭が血の池から上がることはなく、手足は無気力に地面へと落ちた。
<インストールエラー。対象の生命活動が停止。404>
「…おかしいですね。エーギルの細胞操作でいじっていたのですが…理論上はソフトの立ち上げまではいけるはず…」
<拒絶反応と推定。>
「そうですか…、また新しい被験者をつれてきましょう。こちらでごみは片づけておきます。ご協力ありがとうございました。またお願いします」