増加装甲のついたLAHMVのドアを開くと、雨季の終わりらしい重くぬるい風が川の方から吹いてきた。腐った果物や乾いた赤土の匂い、車両の潤滑油の匂いが鼻腔をくすぐるばかりで、ちっとも涼しさなんてものはない。照りつける太陽が背中の発汗を促し、コンシャツが張り付く不快な感覚が襲ってきた。
「降車、50口径は市民に向けるなよ」
「了解」
ガンナーと運転手以外が降車し、第5海兵連隊第3大隊B中隊、その第2小隊の仕事が始まる。幅5mほどの未舗装の道の傍に止まる2両のLAHMVに与えられた仕事は村の警備と人心掌握、情報収集だ。日干しレンガの建物が立ち並ぶ中、銃を抱えて8人が道脇を歩いていく。道の向かい側から3人の小さな人影が近づいてきた。
「TL」
「大丈夫だ」
先日訪れた際に遊んであげた子供達。名前は知らないが、スキットルズで仲良くなった。早々に車両のエンジン音を覚えたらしい。幼子の学習能力に多少の驚きを感じながら、銃を背中に回す。もちろん、返す手でプレキャリからスキットルズを取り出す。
「お兄さんたちをお菓子くれる人だと思い始めたかーこのガキどもー」
「ハロー、ハロー」
拙い英語の挨拶と共に手を差し出してくる3人に5粒づつ配る。ザッザッという音を発しながら、小さな6つの手のひらへカラフルな塊が飛び出した。笑顔で頬張る子供達の頭を撫でつつ周囲の観察をする。道路向かいで荷車を押す老人が目に飛び込んできた。既に部隊との最短地点を過ぎ去っていたので、IEDの心配はない。
「ちょっと行ってくるな、レッカー班は残れ」
「了解ですボス、おまかせを」
5人がその場に残り警戒、大人から必要な物資を聞いていく。フランス語ができるレッカー伍長は得意げに頷く。海兵隊に入ってきたのが大学出の青年というのだから驚きだ。
小走りで荷車へ近づいていく。装備類が干渉し合いカチャカチャと音を立てている。
「そこのご老人、お手伝いしますよ」
「_________」
護衛でついてきたフランス語ができるもう1人の班員が通訳をする。老人は何が何だかという様子で自分を見ていたが、部下の翻訳を聞いて納得したように手で感謝を示した。
「そこの建物に運んでいるみたいです」
部下が指さしたのは2つほど先の住宅。弾痕が目立つ、一階建ての小さな家だ。通りに目立った障害物はないことを確認し、荷車の持ち手に手をつけた。
少し離れた井戸から汲んできた水の入ったポリタンクが積んであり、それなりの重量を感じる。
「…なかなかにっ、重いな…っ!」
「手伝いましょうか?」
「いやいい」
部下の申し出を謎のプライドで弾きながら大腿四頭筋と上腕三頭筋に力を込める。一度回転し終わった車輪は軋みながら赤土に跡をつけ始める。
ーーーーーーー
「なるほど…ザイールのやつが村はずれの小屋に住んでる…ってことで大丈夫ですね?」
「えぇ、この前伝えなくてごめんなさいね。子供達があなたから水運びを手伝って貰ったって聞いて…」
「いえいえこちらこそ。小屋の周辺には近づかないようにしてください。具体的には50m…いや、100mほど距離を取ってくださると助かります」
赤マーカーで印のついた村の地図を子供の母親と確認する。しわくちゃの地図上、村の外れを示す小さな点に丸がついている。ザイールへ情報を渡している人間がいるとのことだった。
「それで…水と食料は足りてますか?ウォータートレーラーが一台こちらへ回せますよ」
「井戸で足りてるので大丈夫です。別の場所に送ってあげてください」
頷き了解の意思を表する。ヘルメットの中は自分が発した熱気と汗で満タンだ。キャンプでシャワーを浴びたいと思考が逸れる。
『ミスフィットリードよりチーム、老人の…痛てて…手伝いが終わった。そっちに戻る』
「ミスフィット1−2ラジャー、早く戻ってシャワーを浴びたいです」
知らせに安堵しながら欲望をダダ漏れにする。遠くからヘリのローター音が低く建物に反響していた。目に入りそうだった汗をプロトテックのグローブで拭き取る。完全に拭えるわけもなく、瞼から額にかけて伸ばしただけに終わる。
「ふふ、是非とも早くシャワーを浴びてください。アメリカから来た皆さんに取っては暑くてしょうがないでしょうしね」
「…英語話されるんですね」
「内戦前はキンシャサにいたんですが、親が心配で」