太陽が真上に昇り、空は抜けるように青く、影は短く濃く地面に落ちている。村の通りには人影もまばらで、石畳の熱がじわじわと空気をゆがませていた。人の歩く通りを避け、できるだけ一目につかない道を選び異国から来た二人は歩みを進めていた。
「スウヒャクネンブリクライカ、…ナニモカモカワッテイルナ」
「…」
先頭を歩く"彼女"は片言な独り言をぶつぶつとつぶやきながら周囲を執拗に見回しているが、一定の距離を開けて龍人が"彼女"の動向を、時々あくびをしながら監視している。
「なぁ、その恰好でその声は人間らしくないんじゃねぇか?」
「ニンゲンラシイ、ニンゲンデナイキミガイウノカ。トキニワタシハドンナコエヲシタライイ」
「少なくともその声は違う」
顎に指を当て、少し考え込む動作を挟んだ後、"彼女"の喉あたりから骨が折れるような音、肉が引きちぎれるような音が混ざってあたりに響く。"彼女"が再び口を開き、さっきの片言声とはまったく違う"人間の女性"が発声した。
「これで問題ないだろう」
「あぁ、用事が済んだならさっさと帰んぞ」
「なぜ?まだここに来て13時間29分44秒しか経過していない。長命の君が時間を気にするのか?」
ルェンを見る"彼女"の目が、時々瞳孔が2つや3つに分裂したり急に色が変わったりなど異質な変化を繰り返しているのを見てしまうとやはりこれは人間ではないのだと改めて認識させられる。"彼女"がする瞬きも、呼吸も、こうして見える全ての生命活動は、"彼女"にとっては不要になったもので意味をなさない。ただ、人間の真似をしているだけである。
「そうじゃなくてだな、…」
やや困惑しつつ、頭を軽く掻いた。
ある日突然シナノに呼び出されたかと思えば、「散歩の護衛」などと意味不明な命令を下された。シナノは大宰相の仕事でクレタ島へ、他の小隊の面々はシナノの護衛のため手を離せず、リューディアに至っては連絡にすら出なかった。これも仕事だ、とシナノはいうが…
「シナノから聞いてないのか?異性体があーだこーだって…」
「もちろん聞いている。この地の異性体は帝国との接触がないため情報が少なく、私のような異性体が居座ることがそれらを刺激してしまう…とか。だが何か問題があるのか?知見を広げる良い機会ではないか。同族の進化のために、私はこうして先導者となっている」
「あー、…ったく、気が済んだらさっさと帝国に帰るからな」
あきれたように、ルェンは再び歩みを進め"彼女"もそれと並んだ。
小麦畑は陽に照らされて金色にきらめき、畝の間を風が走るたびに、さざ波のように揺れている。
ー
ーッ
のどかなこの地には不自然な一発の銃声が通りを一直線に通り過ぎる。
銃弾は"彼女"の腕を正確に穿ち、腕は胴体から引き離され空を舞った。ルェンはこの異常事態、ー誰かから襲撃を受けたことを早急に理解し行動に移す。
「くっそ、言わんこっちゃない…、早く逃げんぞ!」
「時にルェン」
「なんだ?」
「人は銃とやらで撃たれたとき、どのようなアクションを実行する?」
「んなこと言ってる場合か!?」
焦るルェンとは違い、撃たれた"彼女"は痛がる様子も見せずその場に立ち尽くしている。ただ不思議そうに、血の一滴も流れ出ない腕の断面を一目見て、ふと通りの向こうの襲撃犯を視界に捉える。
金髪で長身の女性が一人、こちら側を凝視し、手にはアサルトライフルを携えていた。突然、銃は光を纏ったと同時に消失した。そこには何もなかったはずの空間から、黄金の輝きと共に光が集積し剣を形作る。かたどられた光は、彼女が一振りしたと同時に実体化し、白銀の光沢を放つロングソードとなった。
「よりによって人外か…あれ、面倒事になったまったなぁ…っておい!」
"彼女"の引きはがされた片腕が黒く液状化し、地を這って"彼女"の体へと戻る。肩の断面から黒い液体が噴き出たかと思えば液体には見えない挙動をし、数本の触手のようなものに分裂した。
「よかったなルェン、よい知見が得られたじゃないか」
お待たせしました()
通常がルェン、イタリックが"彼女"ことカッルのセリフになります。
基本的にカッルには人間の常識が通用しません()
アーサーネキの武器出現モーションは私のイメージですので、違ったらお申し付けくだされ
・スウヒャクネンブリクライカ
そのままの意味。正真正銘の生エーギルであるカッルは長命種です。