地中海に浮かぶクレタ島。
そこに、世界初の軌道エレベーター――通称「コルムナ・アストライア」が建設されていた。
重力圏を貫く一本の柱。長さは地上から36,000km、静止軌道へ。
素材はカーボンナノチューブと高張力分子ワイヤーの複合体。
企業達が練った構想がついに今、人類はそれを実現しようとしていた。
ー、彼女は子供のころに見た映像が忘れられなかった。英国が初めて月面に着陸し、国旗を掲げたあの映像を。空の彼方をこの目で見ることが彼女を動かす原動力となった。自国が崩壊し、帝国として再編されたときも、彼女はずっと空を見続け、今もそれは変わらない。
二度の戦乱によって焼かれたクレタ島に対する帝国主導の戦後復興政策、その一環としてエレナ・ニーナのENジェネシスで私は野心的な計画を打ち立てた。
< 軌道エレベーター >
これがあれば世界はロケットに頼らずに人を宇宙へと送り込める。宇宙進出は加速し、更なる深淵を開拓し、不可視を視野に捉え垣間見えることができるはずだ。ーそして、宇宙の無重力を、黒い深淵に包まれた中に光り生きる星々を、夢にまで見た光景をこの目に見ることができる。
ー、。
式典の後、空の彼方へと消えるほどに高い軌道エレベーターを見つめる彼女の隣に、龍人が並んで問いを投げかけた。
『あなたのご尽力でクレタ…いいえ、帝国は新たな時代を迎えました。感謝を申し上げます』
「あなたのあの機械知性か。“人間が描く未来の道筋を補完する”……でしたか?」
『補完ではありません。“選定”です。最適経路を見極め、剪定する。そのために私はいるのですから』
機械は柔らかい笑みを浮かべる。
『…いつものように太陽が昇り、星の輝きが永久に貴殿の心にあらんことを』
偉業を前に、龍人を模した機械人形はそう言葉を残した。
シェリー・バターフィールド
旧連邦移民。大学で「宇宙」に関する研究を行い、論文の発表会にてエレナ・ニーナの興味を引きENジェネシスの設立にかかわった。軌道エレベーターの設計主任。彼女が求めたのは帝国の科学の発展でもなく、エレナ・ニーナら企業の権益の拡大でもなく、自らが心に秘めた子供のころの夢「未知の領域を自らの目に焼き付ける」の実現だけである。
コルムナ・アストライア
クレタ島ハニア近海の人工島に建設された軌道エレベーター。
Tu veram stellarum caeli in conspectu tu potest.
貴殿は真の星空を目の当たりにした。いつものように太陽が昇り、星の輝きが永久に貴殿の心にあらんことを。おやすみ、テラ。