老人と若者が建物を出て車へ向かうと、すぐさま若者が荷物をしまい、キーで扉を開ける。リアドアが勢い良く閉じられ、老人は鎮座する。運転手が慌てた様子でエンジンをかけ続けている。痺れを切らし1人の老人、ネイサン・E・J・バルフォアは席を軽く叩いた。
「早くしろ、エンジンをつけるくらいで何を手こずっている。奴らが何処にいるか分からん」
『只今やっております。ご主人様』
異常に腹が立ったがこれ以上言っても仕方がないと腕を組み再び座り直す。くそ、あの女、これまで何度も保守党を裏から支援してきてやったのに貰うだけ貰って簡単に裏切りやがった。足が上下に揺れ、振動が車中に伝わる。
国家民主主義法などというふざけた法案のせいで私の政治キャリアは無茶苦茶だ。今や彼はただの力の無い老人となっていた。かつての理想系であるボヴェドノスツェフとは似ても似つかない、弱く脆くクソを搾り出すだけの男。せめてそれならかつてを安全に振り返れる場所が欲しい。彼にとってその場所はもうこの国ではなかった。
ようやくエンジンがかかり、彼は安心した。できれば人目につかないようなところから亡命をしたい。足がつくのは嫌だ。亡命するなら帝国なんかに匿ってもらうのがいい、出来るだけ遠く、安全な。
「カーディフへ向かえ、高速代は考えるな。一番早いルートで」
轟音が骨を打ち鳴らした。
運転手が鈍いアクセルを踏んだ瞬間、業火が放たれ、炎に触れた箇所から順に皮膚が爛れ、骨が露出するのを感じる。バルフォアは自身の命の終わりを前にして、ただ憎しみを抱くことしかできなかった。
過去は葬り去られる。
(ネイサン・E・J・バルフォアが暗殺された!
君主党が保守党 - 国家非常事態宣言に変更される。)
・ネイサン・E・J・バルフォア
君主党党首、貴族保守主義者。国家民主主義法によりMI5によって暗殺。