記録開始時刻:午前07時18分
「……じゃあ、次のスライド行きますよ。コーヒーおかわりするなら今のうちに。ドーナツは──ああ、もうないですね、早いな。まぁいいや。集中してください」
(プロジェクターの音。画面が切り替わる)
「配属されたばかりですまないが、逸脱性と呼ばれる存在に対処するには、分類の知識が不可欠です。今日の説明はその基本から。現場では……ま、知ってるか知らないかで、生きて帰れるかどうかが変わります。」
「さて。今、スクリーンに出てるこれ。タイプ・ブラック。高度戦闘技能保持人型実体。
見た目は人間です、普通に街歩いてたら気づきません。綺麗な顔してますよ、たいてい。スーツとか制服とか着て、名札まで付けてるかもしれない。
──でもこいつら、銃弾を見てから避けます。素手でナイフを止めます。生身で装甲車に突っ込んで、勝ちます。ついでに、心臓を撃ち抜いても死なない場合も多い」
(スライド切替。市街戦の記録映像。煙の中から現れる人影が確認できる)
「元は人間だった個体もいれば、最初から人間“風”に作られたやつもいます。共通点はただひとつ。「戦闘」に最適化されていること。火力で圧倒する戦術がよく使われます。アジアではタイプ・ブラック一人当たりに航空戦力が投入された例もあります」
「次。タイプ・グレー。生物型逸脱性実体。見た目からしてダメなやつらです。」
(スライド切替。森の中に潜む無数の眼球と脚が視認できる。低音の咆哮が録音に混じる)
「動物の延長線上にあるように見えるかもしれませんが、そう思って油断したら最後。
内臓が複数あったり、脳みそ消しても死なないとか、神経系がどこにあるか分からないとか、口が三つあって一つは音波攻撃用とか……理屈でできてない連中ばかりです。」
「タイプ・ブラックと違って、会話も意思疎通も、たいていは無理。問答無用で襲ってきます。巣を作り、繁殖し、拡大します。一部は祈念弾で“封じる”こともできますが、それは稀。たいていは爆薬かナパームです。」
「最後。タイプ・ホワイト。……これが厄介です。」
(スライド切替。空白の街並み、空間歪曲が視認可能)
「見た目は普通。でも何かが違う。入った者が帰ってこない。見た者が喋らなくなる。聞いた者が、正気を失う。タイプ・ホワイトは、逸脱性そのものなんです。意思も形もない、ただ世界から逸れたもの」
「我々はこう呼びます。“存在の毒”。逸脱性というより、認識してはいけない何か。だから、祈念も効果がない。物理的な封鎖か、構造的隔離、あるいは……時間ごと焼却、です」
(講師が少し息を吐く音)
「この3種が基本。でも、現場ではそう単純にはいきません。ブラックがグレーを従えていたり、ホワイトの中にブラックが住んでたり。分類なんて、現実ではぐしゃぐしゃです」
「けど、名前をつけて、理解して、意味を持たせる。それが我々人類の生き方です。意味の力が、概念の力になる。だから、名前は重要なんですよ」
(しばらく沈黙)
「──さて。ここまでで質問は?」
(3秒間の沈黙)
「……ない? なら、続けましょう。祈念弾頭について。次のスライドを」