夜明け前の軍集結地。
地面に響くのは兵士たちの息と、装甲車のアイドリング音のみ。
時期にしては冷たい霧の中、女帝サビーネ1世はゆっくりと演壇へと歩み出た。
普段の宮廷の柔らかな声とは異なる、鋼のような言葉が口をついて出た。
「──これより貴方達は戦場へと赴きます」
無言。
兵士たちは直立し、息すらも抑えるように聞いていた。
「私は、皆の命を賭ける決断を下しました。誰かが血を流すでしょう、命を落とすでしょう。ですが、──後悔はありません。」
声に、揺らぎはなかった。
「敵は、前国王と皇太子を殺しました。このような悲劇を繰り返してはならない。それが帝国の意志であり、それが──この私の意志でもあります」
女帝は、ゆっくりと一歩前に出た。
その顔は冷徹ではない。ただ、決して退かぬ者の顔だった。
「──私は戦争が好きではありません。できることなら、血を流すことをやめたい。ですが──帝国の民を、オーガスレリアの民を守るためであれば私は躊躇しません」
「ゆえに私は剣を持つ。ゆえに諸君に命じます。この帝国の名のもとに──剣を抜きなさい」
兵たちは目を見開いた。
その瞬間、あの静かなサビーネが、確かに“女帝”に変貌したのを、誰もが感じ取った。
「貴方達はこの帝国の壁です。何億もの民が貴方方が無事に帰ることを願っています。オーガスレリアと共に戦い、未来を守りましょう」
「皇帝サビーネ・パトリツィア・ルートヴィッヒ・フォン・アステシア=ハプスブルクの名の下に、──」
一拍の静寂。女帝は深く息を吸う。
「我らが敵よ、私は──、帝国は進軍します!!」
女帝の力強い言葉を挙げた次の瞬間、何千人もの兵士が、一斉に右腕を掲げた。
「──皇帝陛下に忠誠を!!」
「──帝国に栄光を!!」
声は夜を裂き、兵士は狂気し、戦場への道を開いた。
サビーネの瞳には、一筋の涙もなく、ただ絶対の意志だけが光っていた。これから流れる血は、必要な犠牲なのだ。
エスワティニへの地上侵攻を前に帝国軍に対するサビーネ1世の演説。