オーガスレリアが絶対君主制への移行を発表してから数日後。国はこの決定により祝賀ムードで沸く中、ただ1人、ため息を漏らす男がいた。それはこの国の君主、エーリッヒ張本人だった。1800年頃に建てられた風情ある宮殿の執務室の中、彼は初めて感じる重責にうなだれていた。
「国王に即位したかと思えば、今度は絶対君主制へ移行だなんて…全く先が思いやられるよ。」
『エーリッヒ様がご不安になられるのも無理はございません。しかし、この国の指導者として、毅然とした態度で臨まれないといけませんよ。』
「はは…頭の中ではわかってはいるんだけどね。」
弱音を吐くエーリッヒをなだめるのは、他の王族からも支持が厚く、若くして彼の世話役に抜擢された侍女のアンネリーゼだった。エーリッヒも彼女を信頼し、心の不安を心置きなく吐露できた。
「僕が心配なことは政治だけではないんだ。ザビーネさんとの結婚のことも少し。」
『それについては、これからしばらくの間、エーリッヒ様には結婚生活や食事に関してのマナーや礼儀作法を学んでいただきます。ですので結婚生活の心配はいりません。』
「アンネ、僕の心配事はそういう礼儀作法の問題ではないんだよ。彼女がどんな人なのか、どんなことが好きなのかも僕は知らないんだ。相手の事を知らないのに結構なんて、変だろ?」
『そういう事でしたら、相手方に会わずに結婚をするという事は、歴史上統計的に見ても珍しい事ではありません。ですので、今回の婚姻もおかしいことでは決してありませんよ。』
エーリッヒはアンネリーゼの理屈っぽい性格に苦笑するとともに、同じように理屈っぽくも、兄と自分には優しかった父を思い出し、
「僕には、父や死んだ兄のような決断力や行動力がない。あのテロで死ぬのは兄ではなく僕なら、兄が生きていたのならこの国はもっと良くなっていたかもしれない…」
と思わず口にしてしまった。はっとしてアンネリーゼの方を見ると彼女は困った顔をしていた。慌ててエーリッヒは「すまない。」と謝ったが、「いえ。」と素っ気のない返事が返ってきた。少しの沈黙のあと、アンネリーゼは言葉を選びつつも、自分の考えを少しうつむいていた彼に話していった。
『もし仮に、エーリッヒ様に行動力や決断力がなかったとしても、あなた様には国民を思いやる事ができる優しさがあると思います。ですので、父上様や兄上様とご自身を比べるのはお辞めになってください。あなた様…エーリッヒ様なりの統治をなさればよいと思います…少なくとも、私はそう思います…』
その言葉にエーリッヒは曇っていた自分の心に明るい光が差したような気がした。
「そうだね…ありがとう、アンネ、君の言葉で少し明るい気持ちになれた気がするよ。」
そう言うと彼はうなだれていた顔をあげ、今日執り行われる予定の宰相との会談のため、身支度を始めた。アンネリーゼは良かったです、と言うと、エーリッヒに今日の予定について説明を始めた
『今日はこの後宮殿内でシュルツ宰相との会談、その後各省庁の長官の選定作業がございます。』
「分かった。ところで今日のティータイムは?」
エーリッヒは返事もそこそこに1日の楽しみであるティータイムについてアンネリーゼに聞いた。彼女は少々呆れながらも答えた。
『紅茶はチェコクリパニア連邦、スリランカ産のディンブラ、お茶菓子としてスコーンをご用意する予定です。』
「うーん、こんな晴れた日にはバスクチーズケーキが食べたいな。用意してくれ!」
『突然言われましても、材料もあるかも分かりませんし…』
アンネリーゼの反論にもエーリッヒは「頼んだ!」とだけ答え宰相との会談会場へと足早に向かって行ってしまった。そんな主人の後ろ姿を見て彼女は『全く困ったお方です。』と呟いて顔を少しだけほころばせた。