夜中、孤児院の一室の窓にはカーテンが敷かれつつも明かりが漏れていた。
電気による明かりではなく、ランタンによる柔らかかつ温かみのある光が部屋の暗闇を照らしていた。多数の書物を重ね、紙の資料へと"目"を通す。孤児達の健康状態、活動記録、出費など。それは凹凸のある紙で、盲目の彼女は一文字ずつ手でなぞり感触から文章を読み解いていった。
彼女の仕事を見つめる男の表情と心境は、けしていいものではない。
「母さん、もう寝た方がいい。…」
『…ピッ…"仕事が残っている。アズナールも早く寝ろ。仕事早いんだろう"…ッー』
耳元の機械から発される女性の音声に、アズナールは難しい表情を浮かべる。彼女には見えないが、雰囲気で察したのか彼が言葉を発するよりも先に言葉を続けた。
『ピッ"これが終わったら寝る"…ッー』
「…あぁ、わかったよ…」
彼は何か言いたげであったものの、積み上げられた本を粗方片付け終えると孤児院の子供たちを起こさないように部屋から静かに出ていった。
そして部屋の中は再び静けさが支配する。最後に寝たのは5日前だったがこの身体になってからはもう慣れてしまった。
時にこう思う。
子供たちや孤児達はこうして難なく暮らしているが、もし彼らに両親がいればもっと豊かな暮らしを得られたはず。私が行動しなければもっといい未来があったのかもしれない。"人"としてもっと長生きできていたかもしれいない…と。
望まずに得たこの歪な命。死によって停止した心臓と弄り回され外へと漏れ出していたはずの脳は、今も自分の中で動き、思考を続けていた。
『…』
声にならない思考、苦しい心臓の鼓動。彼女の口は音を発することはない。破壊された脳は、彼女に嫌な記憶を思い出させる。自分の"死んだ"日。兵士たちが都市を焼き、這い出てきた民衆を撃ち殺し、生き残った人を引き摺り弄ぶ。狂気に駆られた兵士は散々弄んだあとに私の喉、両目、頭を順番に銃で撃ち、苦しみの絶叫と狂気の笑いの中でじっくりと殺された。
自分が"生き返った"日、脳がまるで目のように周囲を鮮明かつ白黒に映し出した。憎しみの赴くまま、殺すと願えば周囲の人は勝手に殺し合って勝手に亡くなった。そんな最中に武装した人に拘束された。
その日のあとから、何も思わなくなってしまった。両親が砲撃で死んだ時に覚えた復讐心も、故郷の地位向上を願う野心も、仲間がいたことの嬉しさも。…故郷がどうなったのか、戦いの行く末は出所した時に古い戦友から聞いた。
…それすらも全て無駄と思えてしまう。
だが、これはやり遂げなければならない。
命ある限り、一人でも多くを救ってみせよう。
これが私にできる罪滅ぼし、課せられた責任なのだから…と。
…こうして何度も同じような繰り返しをする。
ーそしてその度、海から私を招く声が聞こえる。
「おいで」と。
リューディア
おなじみ(?)帝国の人外の一人。色々経歴の設定が変更された。
アズナール
リューディアの長男。エレナ・ニーナ系列企業に入職している。