マーロンはこのロンドンの風景を眺める時間が好きだった。バスを使って移動するというこの退屈でつまらない時間をロンドンの日常と真実を眺めるために使うということは彼にとって最大限の有意義な時間の使い方だった。街灯に付けられた防犯カメラ、路地裏で警官に拘束される思想犯罪者、タバコを咥えてこちらを見つめるピーキー・ブラインダーズ。その中でも1人の少年に彼の関心が向いた。
バスから降り、少年へと近づく。太陽光を浴びないようアパートの陰に隠れ、ボロボロの衣類を被り薄汚れた少年は虚な目でこちらを見つめていた。正直言って動けるかどうかもわからない。しかしマーロンに他の大衆のように彼から目を背けるという選択は存在しなかった。くたびれた様子の少年の目を見て彼は一つのパンを差し出す。
マーロンは少年に声をかけた。パンを食すように、足りないものがあれば自分に申し付けるように。警察に声をかけても彼を保護するようなことはしてくれないだろう。彼が出来る最大限の援助だった。少年はゆっくりとゆっくりと手を伸ばしパンを受け取ろうとした。しかし少年の関心はパンにはなかった。
マーロンのポケットの膨らみに少年の手は素早く飛びかかり、彼の財布をひったくった。突然の出来事に対処できない様子に隙を見つけた少年はそのまま彼を押し倒し、暗い路地裏へ走り去っていく。その後ろ姿を見つめながら彼はため息を吐き、紳士への道の困難を実感した。しかし落ち込んではいられない。
彼らにも事情があったのだろう。貧困を無視してきた我ら貴族に責任はある。彼らがこのようなことをしようと仕方のないことだ。バスに乗る金もない。老紳士はそう自分に言い聞かせて、歩いてウェストミンスターへ向かった。早くしなければ貴族院が始まってしまう。
余裕を持つことこそ幸福への近道なのだ。