地球帰還伝説によみがえったタヌキ
地球帰還作戦の始まったころ、ようやく始まった会談の場のこと。月の里の人々が待っていると、地球代表の人達が威儀を正して続々と入ってきてテーブルについた。そのあとから、月の女王そっくりな娘が入ってきて書記の席についた。月の人々はわが目を疑った。地球の侯爵がおもむろに挨拶を始めたが、月の執政官と、親衛隊長には耳に入ってくる言葉も上の空に聴こえた。執政官の身の震えは言葉にはならないが、その呻きを聴けば言わんとするところは同じである。隊長もまた信じがたい思いでいる。
どんな高速の宇宙艇をもっても、今この場にいるのは女王その人ではありえない。隊長の思考はあらゆる可能性を駆け巡り、ありうべからざる可能性におののく。彼らの齢よりも長く生きながら、うら若く乙女の面持ちを失わぬ女王は、稀にとんでもない羽目外しをされることもあった。今度も、月の宮殿の盛大な鼓舞激励のうえ艦隊を送り出しておいて、自分は一人先回りする……。
思えば思い当たる節はある。月の民にとって永年を費したはずの作戦も、女王にとっては大きな一つの冗談であったのかもしれなかった。騒動の種を蒔いておきながら、自分は後の混乱を思いつつ玉座で澄ましていたのかもしれない。仕掛けは後に明らかになり、その間の全ては執政官と隊長の気苦労であったことでも、コロコロと笑っているかのようなあの顔、御声がよみがえれば、男達の右往左往するわだかまりなどは一蹴されよう。
女王は時としてそんな悪戯っぽいお茶目をする方ではあるが、場合が場合である。まさか御本人ではあるまいし、お連れした覚えはないが、と、隊長も執政官も思いはいっとき惑乱する。
タヌキではないのか、と執政官が低く呟いた。タヌキ? 隊長は、暫時我に返った心地で訊き返している。地球にはいるのだろう? タヌキ。と執政官はくり返した。タヌキか……。
月の里に伝わる地球の民話にも、ある軍曹が胆だめしにタヌキの出るときく山中に入り、白いモビルスーツに化かされるという伝説がある。が、それは子供のおとぎ話である。
隊長は、執政官は真顔で冗談を言っていると思ったが、執政官はそんな隊長にちらと目をやったのみで、その話はそれきりやめてしまったから、隊長には、執政官が本気でどうかしたのかはわからなかった。
そのむかし、その頃にこうした不思議は珍しいことではない。女王タヌキ説を信じる者はいないが、地球のタヌキは人を化かす言説は帰還民の間に広まった。
現実に、今も伝わるディアナのキエルや、ローラだロランだの中に本物のシェイプシフターが混じってもわかるものだろうか。月の民は未知の空気に幻想物質がまじっているような当時の地球を楽しんだものだ。(正暦)
「地球を楽しむ」か。
お前たちは地球を楽しめ!と叫んだキア隊長の言葉を受けてジット団は地球に到達したが、生き残り帰化できたクンやローゼンタールにとって、地球での暮らしは一生涯の間は驚きの連続、幻想現実のようだろう。それを当たり前に生き始めるのはジュニアの世代になる。
アニメでこのシーンにいるのってミランでなくフィルだったように思い出したが、まあ直すようなことでもない。
この経緯は、ジークアクス→劇場版∀「地球光・月光蝶」の間の思案から。