かとかの記憶

The Lathe of Heaven 天のろくろ / 4

14 コメント
views
4
katka_yg 2025/06/10 (火) 20:26:09 修正

1970年代ル・グウィンここまで、テレパシーで嘘をつけるかどうかについてや、竜の言葉で嘘をつくこと、言葉で「信じろ」と説くこと、だったりしたが、こんどは、「夢を見ろ」と命じることという……。

ゲド戦記でさえ、肝心のところは「魔法使いが物事の真の名前を学んだり呼ぶこと」ではあまりないように思えるのだが、現代のファンタジー論でもそう強調されるのを知ってる。

第四章、今ごく素朴な疑問で、夢というのはプライバシーの問題としてどれくらい扱えるものなんだろうか。2025年現代でもわたしはよく知らない。

通報 ...
  • 5
    katka_yg 2025/06/10 (火) 20:34:26 修正 >> 4

    『プライバシー! なんたるエリート主義、なんたるヴィクトリア朝風概念。昨今ではプライバシーなどというのは、つつましやかな上品さという言葉とほとんど変わらない古風で珍妙な印象しか与えないように思われる』なんて、前回は茶化したことを言っていた。

    アメリカではそうだが、日本では1970から80年代頃にプライバシーというのは、まず認知されたい、獲得したいというまだまだプライバシー後進国の態度でSF読者も、文学者も読んだだろうと想像するから、こうした小説もどんな風に受容されていたのか当時のことは怪しい。一方でPKディックなどはすぐさま連想するんだろう。

    6
    katka_yg 2025/06/10 (火) 20:36:49 修正 >> 5

    井辻朱美さんのファンタジー本を読まずにまだ積んでいるけど、このあとするのが漠然と不安だな……。悪いことはいわない。

    わたしにはわたしの経緯があってここまで読み戻っているのだが、やはり去年ダンセイニをまとめて読んでいたのが大きい。とくに、初期のではなくて1930年以降晩年までの後期作品について。しかも、それはまだまだ日本の読者として理解が足りない。

    かつ、ダンセイニを読んでいる人はじわじわと「反トールキン」的なスタンスになっていくような印象がわたしはあったけど、ダンセイニとトールキンの間を繋いでくれる糊になってくれるのがル・グウィンを今に読む興味にもなる。それは今まで思ったことがなかった。これは良い。