「歴史学は武器」信念
「異世界ものストーリー」(現代日本から異世界に行く話)について、人気でもあり定番でもある型が、現代の歴史学の成果によって更新されている歴史観を、中世や古代相当の思想しか持たない世界に投入することで圧倒的な武器になるという「歴史学は武器」信念は、今現在でもおそらく基本的に覆ってはないだろうと思う。
現代から、銃砲などの兵器や、農作技術や、経営マニュアル等などを抽出して武器にする個別話題は、今問題にしてない。「古代的な世界では、古代戦術の考え方が逆に有利なんだ」という逆転の提示も今はそれなりに説得的に広まっていると思う。もっとも、それ自体は近代思想である。
『バイストン・ウェル物語』は異世界に機関砲を持ち込むことが主要な問題だったことはない。「魂の物語」がメインテーマで、歴史解釈がどうかもその魂の話のついでにされることだ。
前回、『ガーゼィ』の間にも史観闘争のことに少しだけ触れたが、わたしは昨年まで、「歴史観の争奪戦」がテーマになっている日本のSF作家も数人見てて、アニメ監督では押井守を挙げていた。押井作品はそればかりをやっているわけではないけど……『獣たちの夜』『雷轟』のようなとくに小説作品を読んでみると、山田正紀みたいな作家との親和性はわかりやすい。今のは、富野的な立場ではむしろそれでないなと思うほう。
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