かとかの記憶

リーンの翼 / 203

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世界を捕えるための認識のありよう

「国を思う馬鹿真面目さがあっただけです。それが、自分の取柄でしたが……」

『特攻を志願した青年が、ついに自分のその生真面目さに、たとえ謙遜であろうとも、馬鹿という形容を使ったのである』としてこれを驚愕すべきことという。続いて、

  • 迫水の中で、世界を捕えるための認識のありように変化が生まれたのだろう。(旧)
  • 迫水の世界観に変化が生まれたのだろう。(新)

「世界観」の語が使われる。まえに氷川竜介氏の日本アニメ論を新書で読んだが、氷川さんが日本アニメ史の転機として語るときには「世界観主義」という用語を使ってそれを強調する。その主役の一人が、当の富野由悠季でもある。

この、アニメの話前提での「世界観」の語の使い方については氷川本などはとくに参考になる。アニメ話でなければ、その考え方は「コスモロジー」と呼んだり、「ヴェルトアンシャウウンク」のように呼んだりするとも、すでに触れた。

さらにいうと、では、「富野由悠季は世界観主義の作家か」というと、とてもそうは思えないことも言っている。エモーショナルなもの、のようなことをどういう前後文脈から言うのかなども、前回復習した。

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    katka_yg 2025/10/17 (金) 14:51:23 修正 >> 203

    「世界観」という言葉にはそもそもこういう使われ方がある。これは『Uボート』から。

     このごろ、店では二つのグループが出来ていた。おやじのクルーがみずから名のるところの〝古ザック〟と〝若い行軍兵〟とに。後者は世界観を叩きこまれた連中で、総統への信頼を目にたたえ、おやじの表現では、あご筋肉を張る連中。鏡の前でベラ・ドンナばりのすごい目つきを練習し、流行だというだけで必要もないのに女の尻をつねり、ぱんぱんのズボンではずむような踊り方をする。体重をやや前に傾けて。