使う人次第です
この上まだバランモン話が面白いが――
迫水の去ったシッキェの地は急速に軍事国家になりつつあり、その尖兵たる兵器オーラバトラーなるものの第一号の名が「サッコウ」、という話は当の迫水の気分を甚だ害するのだけど、ムツトウ師は聖戦士伝説が大衆に訴える影響力、社会心理についての知見を披瀝するだけで迫水本人への悪意はないらしい。そこで『皮肉なものですなあ』のように言わない。
「……!!」と迫水は思うが、堪えて技術的な関心に話を戻しつつ、
「強獣の組成を組み合わせたオーラバトラーなら、性格的に武闘を好むのですか?」
「いや、オーラバトラーといっても道具ですから、つかう人間次第です」
そんなバランモンでも性悪説を想定することはないのだから、癇の虫をおさめるしかない。
「道具は使う人次第」という台詞は、これは昔ながらのアニメファンの身に馴染んでもいる信条で、善人には正しく使われるが悪人に渡れば悪事に使われる、鉄人28号みたいなつもりでモビルスーツ(軍用兵器)も語るのはおよそ平成頃まで通じてガノタにも引き継いでいる。たとえばホワイトドールもそれで語ろうとするので……『∀』はロランの無条件の善良さありきのストーリーだ、と後から言う人もいたりする。
Gレコまで下るとそれにはもう躊躇う。この『リーンの翼』は2010年。
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バランモンはあくまで知識者としての楽観的態度。人間は集団になれば相争うもの(性悪説)であるから、オーラマシンのような強力なものは、使う者が善人であれ悪人であれ、誰が使おうといずれは戦争の道具になるのでは……とは思ってもみない(想定しない)。あえてシニカルな言い方をするつもりもなかった。
――ではある。
(本来的に闘争的なのだ とは言っていない)