死に損ない
「9 海賊」(旧)
「6 海賊」(新)
同じ場面で始まるが、新旧で内容はがらっと変わる。荒くれ船員のマブに絡まれるまでの船上。
旧版には迫水の心裡に徐々に浮上する空疎さが書き込まれる。「死に損ない」と初めて意識するが、今生きて、生き延びようとする自分を「浅ましい」と感じながら、それがなぜか自分の心を掴みきれない。
完全版には、出帆までの段取りと、船上生活ですること、この世界の火薬(ガダ)と火器事情がたっぷり補充。
帆船ゼラーナの材質について、
- 甲板材は板でも金属でもなく不明。帆材は「昆虫の薄羽」か(旧)
- 外装は木造でも甲鉄でもなく亀の甲羅に似た手触り。帆材は半透明で滑らかでなんとも言いようない(新)
書き分けの意図は不明。強獣という概念はまだ登場しない。
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新旧とも珍しく全文一致のマブ。
仲裁に入る船長のグロンが迫水の喧嘩のしように「狂暴なもの」を注意する。これの新旧は一見してほぼ同文に見えるが、上の、章冒頭の「死に損ない」のくだりがあるとないとでは読者の受け取るニュアンスが違うようだ。
旧版を読むかぎりでは迫水の狂暴さは、ギルト感情の反映だと読むだろう。完全版ではそれがない代わり、迫水の元の性癖と説明して、一生自制しろと言われる。その癇癖を性格にしてはいけない、とも。
この違いはごく微妙でわかりにくいが、「性癖」とか「性格にする」とかいう表現は富野作品の後期作に現れる、規範などの関心に近いもので、多分大事なところだと思うな。
というより、富野作品以前にわたしのもと興味分野だ。