かとかの記憶

Sabella / 4

4
katka_yg 2026/10/05 (月) 01:07:40 修正

Part Three, Chapter 2 より。

And I felt alone as I'd never felt alone, alone without even myself for company.

この感情と表現にはThe Birthgrave三部の最後に近く、with no companionという表現を思い出させる。リー作品の中では作品をまたいで連続しているテーマがいくつもあるが、これはなかなか注意して拾いづらい。

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  • 5
    katka_yg 2026/10/05 (月) 01:12:24 修正 >> 4

    Companions on the roadは、そのタイトルでそれがある。わたしの今、未読作品でまだ挙がるかなと。

    このたび、ここのトピックで逐一書き留めていないけど『Sabella』はすごく面白い、というかタニス・リーの作家の続きテーマとしても面白い、あれもこれも連想が繋がるようで、ファンとして当時熱心に追いかけていたらこれは面白かっただろうな。短いレビューではちょっと語りきれなさそうなものがある。

    6
    katka_yg 2026/10/05 (月) 01:21:00 修正 >> 5

    この間の出版年次は、Hunting the White Witch (1978)から二年以内で、The Birhgraveの「私」やヴァズカーの感情とSabellaの感情には共通部分があるのははっきりわかる。だけど作品は同年頃でもアズュラーンにはそれは言われないので、仮にタニス・リーの邦訳の全読者でもリー作品のイメージに、リー作品のコアにある感情のひとつがごっそり抜けて今に伝わっている、ぽいのだった。よほど敏感か、イズムや文化的に察しのある読者なら漠然と感じてはいるだろう。

    The Birhgraveの「私」については、Sabellaが殺しを狩りと捉えて自分は無慈悲だと自認しているのに、「私は冷酷だ」とくり返すごとに「もう殺したくない」という裏腹な思いを強めていく、心の傷のようなものが、くり返している。

  • 7

    katka_yg (@ygasea.bsky.social)
    リーの『Sabella』がまた強烈な作品なのだが、タニス・リーのこれを読んでないとまずいです、現在に既訳のぶんではリー作品の全容が伝わっていない、それと今のわたしの場所で1990年代頃からの和製ファンタジーの経過を読み合わせると、これらが日本で読まれなかったのはどうやら本当にやばいです……などと叫びたくなるが、それにはわたしが今から翻訳者になって後の半生を翻訳と普及に努めねばならない。したいのは本当だがそれは決死だ… まあ今頃ゲームしてる暇ではなかった。そちらはどこかの切りで抜けてきたい
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