はじめに
こんばんは。みなさま、本日は金カム考察シンポジウム主催の特別イベント、オープニングシンポジウムにお集まりいただきありがとうございます。司会進行役のヨウ@gktakkです。
このサイトは金カム考察をされているみなさまが議題をもとに議論、研究発表、情報収集や交換をし、またそれを聴講する方々が集まれることを目的として作られ、本日はそのオープニングイベントとして以下の6名の登壇者にお集まりいただきました。みなさまよろしくお願いいたします。
中型さん@golgolkamkam
KMRさん@GK04702961
ちょこさん@rjAgokufomFvWEL
イシュカさん@isyuca
青子さん@aoco3mm
Itsukiさん@Itsuki57343297
(登壇決定順)
今日のイベントは短い時間の中での開催となりますが、このサイト、またサイト内の各項目は常設設置となっています。今後ぜひみなさまにもサイトで登壇者としてご投稿いただいたり聴講されたりと積極的にご活用いただけますことを願っています。それぞれの項目や利用法に関してはこちらからご確認ください。
本日のイベントは終了後、議事録としてそのまま残されます。お忙しい方はまたぜひお時間のある時当サイトに足をお運び下さい。
また、今回のイベント中フィードバックを連動稼働させます。
聴講の方はイベントの感想や質問などなにかありましたら随時こちらにご投稿ください。
質問をされる際は区別をつけやすくするため、各議題のタグや引用などをご利用ください。
様子を見て次の議題に移る前あるいはイベント終盤に、投稿されたものを司会が拾い上げていく予定です。
本日の会は開始時間21:30、終了時間23:30ごろを予定しております。
また、このイベントは本誌210話を読んでいることを前提としています。
単行本派のみなさまには【単行本派考察】のページをご用意していますので、今後ご活用いただければと思います。
【今後の展開に関する予測や希望】
【展開予想】【オープニングシンポジウム】
最初に申し上げた通り、キロランケの話しかできませんので、ほんとうにすいません。
しかも、あまり整理できてないので、みずから反証交えて箇条書きとさせてもらうとします…
何らかの理由でアイヌの金塊の存在を知ったため、当初は3名で日本にわたるつもりと18巻にあり。これはウイルクの樺太アイヌ同郷人で北海道に渡った人からの情報、というのがあり得そうだけれど、現在登場している中には適当な人物がいません。インカラマッが着ているような樺太の衣装を明示的に着ている人がいたりすれば面白いのですが…
日露出征の経験があるということでキロランケが日本国籍者(帰化者)というのは最初から明らかだけれど、ここから、最初からそれぞれの結婚は日本国籍を得るためと考えていました(無国籍者として登録のセン)。
現地女性を利用していると言って情がない結婚ということはないという人生観ですが、206話、稲葉氏の言葉で色々見直しを迫られるところあり。中型さんが参考文献をあげてくださっていたツイートで拝見しましたが、そこからは法に照らすと、夫の国籍に妻が入るとあるそうなので、国籍取得が先になったのかもしれません。
また、ソフィアが日本までくれば、後の二人が帰化北海道アイヌとして潜伏が難しくなるので、結婚は確かに偶発的に出会いがあったから…というロマンな路線はありなのかもな、と。
ただ、ウイルクがウイルクとして逮捕されずにのっぺら坊となったことからは、ウイルクは国籍未取得だった可能性もあるのかなとも思っています。(この件、GKの謎の項にも追加しました)
虐殺事件とおそらく同年にキロランケは召集されています(明治の兵役法により、第七師団が北海道に帰還した時を満期除隊と考えた場合の兵役年から逆算)。
このタイミングが、事件現場から指紋も押さえられているキロランケの逃走にもなっているかも、と思い、明示されていない部分の作り込みが本当にすごいと言わざるを得ません…
で、現在の、ウイルクとキロランケ間で軋轢があった(「ウイルクが変わってしまったから仕方がなかった」=仲間割れ)>ウイルクの娘のアシリパを裏切るのはキロランケではないか(インカラマッの証言、81話の「最後の晩餐」の配置図のユダの位置がキロランケ)、という流れは、ミスリードと信じてます…はい。
これは、ツイッターで相互さんが唱えていた説ですが、狼の合理性を美しいと評するウイルクは、群れの中で役目を負えなくなった個体が仲間に殺されることによって群れの存続させることを賞賛しました。ここに照らして、自律的に動けなくなった時が、目的遂行のためには死ぬ時という約束が古い仲間であるキロランケとの間にあったのではないか、ということです。
18巻で狼のエピソードが重く加筆されていたこともあり、血を吐く思いでこの説を受け入れたという経緯がございました。
私事で恐縮ですが、理想と人民のために転戦したチェ・ゲバラと、盟友でありながら国の運転に煙たくなった彼に死に場所を与えるように海外に送り出し、その死も利用したフィデル・カストロの図を最初に当てはめていたため(そしてそういう構図が大好きなため)、自己決定権もないまま約束に追い詰められて尾形を狙撃手として雇った背景などがあるのかなどと思うと今も血を吐きそうです。
この他、なぜ顔を失うことになったか、実際現場で何が起きたのか、など細かいところは本編の推移を見守っていこうと思っています。
あと、この辺りの「ままならなさ」ゆえに展開していく因果応報と恩讐劇についても推移を見守る、なんですが、この流れだとインカラマッの誤解で谷垣がキロランケを襲撃したことになるので、ここら辺でインカラマッの暗躍体質(良し悪しでなく、そうせざるを得ないものとして)と谷垣が二瓶の教えであるところの「女は怖い」問題と対決して幸せになってくれたらいいなと思います…私がさっぱりしたいだけです…
>> 90「妾の子~」の件について、
これは昭和の話ですし、知人からの伝聞で記録もないのですが、「父親に私生児がいるという誤解を受けて、公的な試験に通らなかった」という話を聞いたことがありまして、
私は逆に「尾形が花沢の息子、という話はどこから漏れたのか」気になっています。あまり軽々しく口にされることではなさそうだな……と思っています。
>> 107
鶴見の生い立ち来て欲しいですね。および日清戦争あたりからの話も聞きたい…
展開予想というよりこうなってほしいという希望(妄想)ですが、アイヌと和人とが最終的に尊重し合う結末が訪れてほしいと思っています。他の方々も書かれていますが、金塊の暗号は和人の協力がなくては解けないものだろう、と。
なんとなく今、ウイルクの目的は「北海道内にアイヌの自治州を日本政府に認めさせること」だったんじゃないかなーと妄想しています。土方の「北海道独立」とは完全に重ならないけど、北海道独立を目指した末の落としどころとして「自治州」や「経済特区」を認めさせるならアリなんじゃないか。
政府のトップと渡り合うためには、いったん同じ土俵に経つ必要がある。そのためにウイルクは日本国籍を取ろうとし、アシリパさんに教育の必要性を説いた。アシリパさんが成長するまでは自分が交渉人となるつもりだったけど鶴見に捕まってしまったため、資金(金塊)と武力(土方)を背景に交渉することをアシリパさんに託した…とか。
鶴見の横やり(苫小牧でのアイヌ惨殺は鶴見の仕業だと思っています)がなくてもっと長生きしていれば、ウイルクは最初の「アイヌを導く存在」を自分でやろうとしていたのではないか。ただ、一人の人生ではやりきれないかもしれないから同時にアシリパさんへのバトンタッチも用意していたけど、本当はもっと遅くにつなぐ筈だった…とか。「山で潜伏して戦えるように育てた」というのは、ウイルク自身自分が交渉で前面に出る時やっぱり後方のコタンを守るのに戦闘力は必要だからだけど、武力で勝ち取ろうとしたというのは違う気がしています。妄想ですが…。
自分もそうですが道産子って今でもすぐ「北海道独立」って言いますよね(笑)。食料自給率1000%とかだし。
「道内に自治州」というのが歴史上わずかでも可能性があったという痕跡があるのか調べたいところですが、どなたか参考資料をご存じであればご教授ください!妄想ですが…。
野田先生が「カッコいいアイヌ」を今後どう描いていくのか、すごく興味があります。
金カムはきっとアイヌ史に記録が残るくらい大きな挑戦をしていると思います。
うかつなことは言えないのですが、注目が集まっている中「言葉や踊りができるのがアイヌ」と思っている人たちが増えて、文化を継承していないアイヌの若い世代などには「見えない存在」になっていくことへの不安があると聞きました。なのに一方で、ヘイトで公に発言できなくなった研究者などもいるそうです。
商業利用の問題もある。アイヌ文様を利用して勝手に儲けることは、かつてアイヌの土地を奪って経済力を失わせたことと同じ側面があると思います。
そういう状況を野田先生が感じない筈はないと思いたいので、今後アシリパさんと杉元との関係はいったん苦しくなるだろうな、と。でもその先に、道は分かれど人として尊重し合う未来が待っていてほしいです。
ちょっと脱線しますが、アイデティティとは何かはとても難しいと思います。同化政策で言葉や文化が奪われ、差別を受けないためにアイヌを隠した歴史がある人々にとって、現在言葉や踊りを受け継がず、あるいは血も100%受け継いではいない、それでも自分はアイヌであると思うことは重いなーと思います(勿論言葉や文化を学んでいる方々もいますが)。
でも和人も普段着物を着ないのに日本人の魂とか言うし。そもそも日本人は何民族なのか?中型さんが以前面白い論文を紹介してくださいましたが(「日本人内部の民族意識と概念の混乱」)、ほんと自分が何民族なんて考えたこともなかった…。
ニュージーランドの先住民族マオイはアイヌと似た歴史と文化がありますが、マオリ語が第二公用語として学校でも教えられているそうですね。
司会、精進いたします
【展開予想】
自分、月島の話いいですか?
211話以降月島がどうなっていくのかというのがやはり今一番ナウでホットなトピックだと思うんですが、月島研究の端くれとしてちょっと今後の予想を立てておきたいなと。答えあわせ早くきて欲しいけど怖い!
すっごい長いよ!
210話によって構造的にはっきりしてきたなと思ったのは、鶴見の兵として徹底しきれぬ「月島基」という人間を見つめ直し肯定していく旅であった樺太の経験と、鶴見の計画に邪魔になるなら排除する汚れ仕事を引き受ける捨て鉢人生に残された鶴見劇場かぶりつきという身の振りようは全く反りが合わないんだなと。
なので今後、ここが衝突してくるというのは結構確信してきました。
これは作劇上の必然性の問題で、そうならないのなら樺太での月島の揺らぎを丁寧に書いた意味がわからない。
実際樺太の旅が月島を主体として見ていくとどういうものだったかというと、これは「鶴見の兵として最適解ではない月島基の選択」が随所でこぼれ出てくる旅であったわけです。
この象徴的な例が岩息とスヴェトラーナですね。鶴見には写しではなく皮ではくてはならないものであるはずの人皮を取らずに岩息を脅して逃し、明らかに任務を優先させるべき時にスヴェトラーナの方に行ってしまった。
この二人は月島自身、月島の過去を映写した存在であり、だからこそ強い共感が生まれやすくその対応に鶴見の兵としての相応しさを越えるような言動が溢れ出やすかったのだと思います。
そしてスヴェトラーナ周辺で月島が対応していくことは、月島がその腹の底に溜め込んでいた過去を、こう言いたかった、こうしたいとやりなおしていく代償行為であった。
そして手紙を届けてスヴェトラーナの母にぎゅっとされ、月島軍曹ではなく月島基としての選択というものが受容され肯定された。あの表情もう最高ですね。こんなときどんな顔をすればいいのかわからない月島基です。
そんな樺太を経た月島が今後自ら選択していくのなら、それがどんな答えであるにせよもう唇を噛み締めながら粛々と受け入れるほかない…と水曜日までは思ってましたが210話で意見を変えました。月島、思ってた以上に深すぎるところにいた。
樺太は月島の自己肯定の旅で、そこで肯定を得たこそ樺太以降は…という見込みは甘かった。ちょっと生半可じゃない自己肯定感の低さと甘い嘘を見続けることもできぬ残酷な立ち位置。
自分は無価値であり(これは父を殴り殺し自分はああはならないと思っていた男と同じものになった時に、内面化されてた自己責任論が牙を剥いた形の自己認識だと思ってます)、ゆえに自分がされたことに対して憤ることなど許されてないという認識。
自分には人権などなくなにをされてもしょうがない。ついて行く者たちは救われれるんだから文句などないはずだ。せめてとんでもないものを見せてくれるのだろう鶴見劇場をかぶりつきで見てやろうという、腹の底の怨念が反転したような乾ききった主体性。
自己肯定をボコボコにされてる上に立脚している鶴見劇場に自己遺棄的に身を殉ずる姿には、ぐちゃぐちゃになった人生に残されたものでどうにかロジックを組み立て立っているような痛ましさがあり、その痛ましい姿は姿でよく立ってるよ、頑張ってるよと肩を叩きたいんですが、樺太の旅というのはぐちゃぐちゃにされ切ったと思ってた「月島基」を自己肯定し、その上でなにかを選択していくことができる可能性を描いていたわけなので、ここは今後ぶつかり合っていかなければいけないはずだし、後者に勝っていってもらわないと月島ウォッチャーとしてつらいです。
また、価値がない自分に怒る権利などない、と自分を抑圧してますが月島、怒りを全然強く持っているんですよね。「あなたたちは救われたじゃないですか」という言葉は自分が強く理不尽を受けていることへの僻みであって、無意識的なのかもしれないですが自分の状況に納得なんて全くしてないわけです。
いごちゃんの髪を捨てても全然ぐちゃぐちゃとした気持ちを捨てられてなかったりしてますし、元々彼はきっとどれだけ強く押し込めてもせり上がってくる強靭な心を持っている。この月島基の心の強さ、それを表に出し肯定されていった樺太の旅の経験を、今後信じていきたいです。
最終的に月島が鶴見の下から離れるか離れないかというのは常にどっちだ〜と頭を抱えてきてるんですが、210話で離れるの方の賭け金が増えました。
今後すぐに岩息の皮の問題、すなわち月島の独断で岩息を逃して写しだけを残したけれど、鶴見としては皮であることが本物であることを担保するという考えを持っているということが待ち構えているわけです。
鶴見はその時普通に月島を疑うんじゃないかなと思ってるんですが、今までは月島がその時どう反応するのかが見えてこなかった。
けれど、210話で月島がかなりギリギリの成り立ち方をしているとわかった今、あこれめちゃくちゃ危ないなと。
つまり、鶴見が月島を疑うことで、月島を今の形として成り立たせている糸がぷつんと切れてしまう可能性があるんじゃないかと。
「あなたたちは救われた」という言葉は鯉登や尾形に対しての憎しみであり、それは自分だけはそうじゃないという卑屈でありました。鶴見に付いていってる者は救われるんだから文句なんてないだろうと人ごとのように語り、甘い嘘を信じていることも許されなかった。
そんな中で鶴見劇場のかぶりつきであるということだけが、月島に唯一残されている特典なわけです。月島が疑われるということはつまり、その座すら許されなくなる可能性があるということ。
これはねえ、結構やばいと思います。
それだけでもう全て瓦解してしまうぐらい、月島はギリギリのところに立っている可能性がある。それぐらいの印象がありました210話は。さてどうなりますかね。
もう一つ、「大団円」問題というのがありますね。ここも少し。
出典は作者のインタビュー回答だったかと思うんですが、現在その言葉が結構一人歩きしているようなムードがあり「大団円」=みんな死なない、という意味では少なくともないということをキロランケが証明してしまった時に、結構衝撃が広がってた気がします。
ただ自分はその件で逆に、あ、作者もしかして、登場する人々全員が自分の選択に納得していくこと(生死は問わず)をもってして「大団円」であると考えているのかもなあ、なら「大団円」というのもあるのかもなあと思うようになりました。
アシㇼパが思い出したことでキロランケは、この旅に意味はあったのだと思えるようになって亡くなる。これはとても好きな描写でした。月島がスヴェトラーナからの手紙を彼女の両親に渡したことなんかもそうですが、ともすれば非常に小さな「役目」、こういう、人にとっては小さいけれど個人にとって非常に重要なこととして描かれるのはなんともいいです。
これから他にも誰かが死ぬかもしれない。けれども全員がどこかしら自分の人生を納得をしていくことはできるのではないかなと。そして苛烈な囚人たちや江渡貝くんのようなはみ出した人たちの多くに、当人にとってはどこか優しい最後を与えてきた作者なので、そこはちゃんと描き切ってくれるのだろうと思ってます。
誰かは死ぬかもしれないけど、それは当人にとっては納得のいくところで迎える死なんだろうと。それが「大団円」であると言っていく気なのかもなあと。
誰が生きるか、これはわからないですね。アシㇼパと鯉登は個人的に生きるラインで確定出してます。彼らは「未来」の位置付けなのでまあ死にはしないだろうと。谷垣もアシㇼパを連れて帰るという役目を負ってる(物語の終わりはここになるんじゃないかな)生きると思います。あとは正直わからない。杉元、尾形は若干生きる寄り、鶴見、土方は若干死ぬ寄りで、でもどちらの可能性もある。
【展開予想】
水を差してすみません。先に謝っておきます🙇♂️
基本的に予想は避けてるんですよね。理由は、単に私が浅はかで愚かな人間だからなんですけど。予測がなまじ当たってしまったら、絶対調子乗るし。傲慢さに拍車がかかって、自分は正しく読めていると思い込んでしまいそうなので。
あと、GK自体が正誤を含めた二項対立を超越する話だと思っているので。割り切れないテーマも多く、画一的な描写をあえてかわしている気もします。なので、どんなテーマでも唯一解は出ないんじゃないかと思っています。答えより問いかけの方に重きが置かれていると言うか。こういう前提で読んでいるのに、自分が予想して答え合わせをするっていうのもなんか変だなと思うし(個人の見解です)。予測以外の楽しみ方をしようと思っている次第です。自戒なんですよ〜
とは言え、他の方の予想は楽しく拝見しますし、結局自分でも予想(≒妄想)っぽいこともしてるんですけどね。
他方で、終盤に向けて結末が気にはなっています。個別具体ではなく、全体的な方向性については、なんとなくイメージしているところがあります。
金カムは群像劇ということなので、本当にそれぞれの生き様を描くマンガなんだなと感じています。同じような出来事に遭遇しても、それへの反応(感情、思考、行動)やもたらされる結果は異なっています。
金塊を結節点にキャラたちが北海道に集まりましたけど、それ以前から背負っているテーマがあって、その辺が掘り下げられている。元々の人生は交差していなかったんですよね。なので、金塊争奪戦の決着後は、またそれぞれになるのかなという気がします。ただ、そこも幅は見せてくれるのでは?と期待しています。離れていく人たちもいれば、一緒に過ごしていく人たちもいる、結論を出す人もいれば、悩み続ける人もいて、生き残る人もいれば、そうでない人もと言った具合に…
どんなことになっても、人間の生き様を否定するような描き方はないんじゃないかと思いたいですね。
>> 110
そうなのですか!もし士官学校を受けて親に関する理由で落ちたのだとするとそれも辛いですね。
…噂の出所はやはりあの方かしら…
本誌210話を読んでから、そのことしか考えられないので、直近の予測になります。すみません。
〔(1)217〜230話でメンバーシャッフルが起こる : ---
これまでにも、尾形の脱走と加入、土方勢力とアシㇼパ勢力の共闘、網走監獄での裏切りと先遣隊結成など、印象的なメンバーシャッフルがありましたね。敵味方が目まぐるしく入れ替わり、思いがけない化学変化を見せるのが、『ゴールデンカムイ』の見どころのひとつではないでしょうか。
『ゴールデンカムイ』は、9巻以降、1の桁が「1」の話数から、10話ずつが収録されています。そのため、単行本収録の終わりの方になる、1の桁「7、8、9、0」あたりの話は、見せ場や区切りがくるように調整されている気がします。例えば、「177〜179話」では長谷川写真館編が、「188〜190話」は尾形・キロランケとの流氷の上の決着が、「197〜200話」では鯉登少尉の過去が描かれました。
「207〜208話」では登別編が決着し、「209話」は谷垣とチカパシの感動の別れがありました。めっちゃいい話! でも、鶴見と電報でお話している月島軍曹が都合よく見つけてきた「通りすがりの馬橇」めちゃくちゃ怪しいし、ここで罪のない子ども・老人・動物を切り離し、後顧の憂いを絶って、さあ地獄へ突入するぞってことでは!? 1度ハートフルな話を挟んで緩急をつけて、一気につき落とそうという野田先生の演出でしょう?と戦線恐々としていたらあの210話でした。
これを踏まえて、私は、樺太を出る前にもうひと騒動があり、次の見せ場である「217〜230話」でメンバーシャッフルが起こる、具体的には鯉登少尉が鶴見少尉のもとを去る、と予測しています。なぜなら、鯉登少尉の「鶴見中尉スゴ〜〜〜イ!!」という反応は、演技だと思っているからです。
鯉登少尉は、尾形に「バルチョーナク」と言われてから、狂言誘拐を疑っていました。それを黙っていることもできたのに、月島を信じたくて、あえて「覆面の中にはお前もいたのか」と問いただしたのです。
それなのに、月島は質問には答えないし、「あの男…」と急に鯉登少尉に分かるわけがない奉天の話をし始ます。怖い。鯉登少尉も完全に引いて恐怖に引きつった顔をしているように見えます。月島の「胸にしまっておいた方が賢明です」という言葉は、「今なら私の胸にだけ秘めておきます。考え直してください」という警告でしょう。「いざとなれば鶴見中尉はあなただって平気で消す。そしてその汚れ仕事をするのは私です」とまで言う。
あの場で身の安全を確保するためには、鶴見中尉に心酔し続けているふりをするしかなかった。しかし、興奮しているはずなのに、「鶴見中尉」と「殿」をつけない呼び方をして、訛りのない標準語で騒いでいます。
鶴見中尉の樺太到着が近づいています。鶴見中尉は鯉登少尉の忠誠心を試すつもりではないでしょうか? アシㇼパと杉元の関係も揺らぎが見られ、ロシア革命勢力、尾形、ヴァシリ、土方勢力もどう動くかわかりません。登別で噂になっていた「きれいな女」とは、家永か、インカㇻマッか、それとも別の人物なのか。浩平もそこにいるのか。もしもインカㇻマッの身に危険が及んだら、谷垣も鶴見中尉からの離反を決意するのではないでしょうか。谷垣が銃をチカパシに託したことも、どう転ぶのか心配です。とても前向きな物品の継承だったので、そう悪いことにはならないと思うのですが。
もし、メンバーシャッフルが起きるとして、鯉登が鶴見を裏切ったと判断されたなら、鶴見は鯉登を許さないでしょうね。でも、鯉登少尉なら生き延びるだろうという楽観があります。まだ果たすべき役目もあるし、満足もしていないでしょうから。不安と期待が半分ずつで、これからの展開を楽しみにしています。
---〕
〔(2)月島が怒りを取り戻す : ---
月島の自己評価が低いことや、義務感からだけではなく主体的に鶴見についていってるということは、行動の端々から感じていました。ですから、210話を読んでも、「ああ、やっぱりそうだったか」という納得が強かったのですが、「利用されて憤るような価値など自分にはない」とまで言い切ったのは衝撃でした。
心を踏みじられて当然の人間なんていない。ひどいことをされたんだから、月島は怒っていい。月島に必要なのは、自制を学ぶことじゃない。怒りを取り戻すことだ。そう思うので、希望を込めてこれを挙げておきます。
月島自身に自覚はないのかもしれませんが、樺太でスヴェトラーナに怒ったのは、小樽の海に髪を捨てても、あの子のためにと怒ったのと同じ気持ちを残しているからだと思います。もうあの子の名前を呼ぶことはできなくても、髪を捨ててしまっても、あの子が相手じゃなくっても、今度こそうまくやれることが、きっとあるはずだと思っています。
---〕
恐縮ですがトンデモ予想しますね!
やはり推しの鶴見中尉について語りたいですね。そして大胆過ぎるでしょうか、ラストの予想をしてみます。
金塊の謎を解くのは、刺青ニンピも一番多く所有し、情報網も人脈も圧倒的に上回っている鶴見中尉だと思います。単純に人手が多いというのは強みですよね。
以下はシーンの予想です。
金塊の隠された洞窟(?)に到着した鶴見中尉。
手に取ろうとした瞬間、土方歳三陣営が姿を現す。
戦闘になるも、白石がその軟体をいかして洞窟内になにかを仕掛け一網打尽にする。しかし両営そこは一筋縄ではいかず戦局は二転三転する。
この間に尾形が意図不明な行動をとるが、あえなく失敗…というカットが挟まれると予想します。(尾形は結局どこへつくのでしょう?童話の最後、コウモリはどんなエンディングを迎えたか?)
ノダカムイ(この言い方でいいかな)が「大団円」と発言を受けて、個人的には私は金塊は少しずつどの陣営にも配分されるのではないかと思います。
折しも本日(2019年8月30日)放送されるラピュタにて、本意は違ったけれども目指す場所は同じだったパズーと空賊の共闘からのエンディングで、強かにお宝を手に入れたような感じです。
あっでもムスカ大佐は完全に倒されてますね。
強すぎるキャラクターはいつも退場を余儀なくされますね。
金カムにおいては鶴見中尉、そして土方歳三も当てはまると思います。
最後には大きな飛行石(カムイ)が持っていってしまうエンディングも個人的には予想しています。
>> 112
民族自決のあるべき姿としてのウイルクの構想(というかアシリパとの関係)、理想ですね。
現在、先頭に立って戦うのか、争奪戦から降りるのか、の問題が杉元とアシリパの間にありますが、アシリパ自身はどれとも違う第三の道を掴んで欲しいと思っています。(実際にこれからアイヌ民族が被る苦難とは関係なく)
その指し示す道を、アチャが本当は握っていたというならば、親子の思いや意思の継承としても、その愛としてもあって欲しい展開だと思います。
(伏せられた方への感想へ続きます)
>> 114
月島の人物深堀りと今後の展開、すごくうなづきます。
「あなたたちは救われたじゃないですか」は、うまく言葉にできないんですが、ものすごくわかりみが強いと思ってしまいました。
鯉登はもちろん尾形も出自は悪くない。鶴見も。たいして下層の出てあることも月島の諦念(すみません、自分の言葉でいうと道具化を完全に受け入れた)の由来かなーと。
大団円についても、私も「死ぬかどうか」は関係ないと思います。主体的に選んだ道で納得できれば、傍から見て悪だろうが善だろうが関係ないだろうな、と。金カムはそういう人物を描いていると思います。
>> 114
大団円問題…たしかにそうですね
何をもって大団円とみなすか、ですよね
全く追いつけずすみません!
議題【今後の展開に関する予測や希望】
タグ【展開予想】
この議題をお願いしたのは私なのですが、予想ではなく希望という形で提出します……かつ、すごくざっくりした話になってしまうのですが、
尾形に「幸福感」を感じてもらいたいな、とは思ってます。ただ同時に、彼が抱えている「根源的な課題」みたいなものが、「尾形から歩み寄る」タイプの形では解決されない方が面白いな……とも思ってます。よく使われる単語で云うと「あまり成長/変化しないでほしい」と換言してもいいでしょうか。その二つの条件が両立するラストを見たいなと思っています。
理由としては、「そのルートがまったく想像できないから」に尽きます。
前提として、尾形は「団欒というもののあたたかみ」「連帯の幸福」みたいなものを感じない人なのかな、と仮定しています。
でもその「団欒のあたたかみ」とか「連帯の幸福」は、人間が日常を生きていくために、一番支えになる感覚だろうと私個人は思っていて。
ちょっといろいろすっ飛ばしてしまうのですが、社会集団の中で感じられるよろこびは「勝利のよろこび」か「団欒のよろこび」か、どっちかなんじゃないかと思っているんですが、尾形はこのうち「勝利」のほうはわかる。「団欒」のほうはわからない。
でも、「勝利のよろこび」は一瞬だと思うんです。制限時間も短くて、すぐに消えてゆくもので、脳の方でも耐性がつきやすいんじゃなかったかなと。
人生は結局日常生活の連続だから、「団欒のよろこび」がないまま幸福に生きつづけてゆくのはものすごい困難だと思うんです。
展開予測力のない人間なので、複雑な予想はできないのですが、
「幸福にはなれない」バッドエンド的ルートも、「成長/変化/改心して幸福を得られる」エンドも、
まあまあ想像できるような気がするなあ、とふんわり思っていて……
なので、どういう形なら両立するか、という点はまったく想像できないですが、想像できないからこそ見たい。
金カムは常に予想を超えてくるので、ここでもやってくれるんちゃうか…!想像超えてほしい…!と思っています。
全く別の超えられ方をしそうな気もしていますが、、
>> 117
同じくメンバーシャッフルがあり、鯉登は離れると思っています。
月島はどこに付くのかの予想は立てられてますか?
>> 112
「アイヌと和人が協力しなければ暗号は解けない」
すごい!理想的な解決ですね!
そうなってほしいです。
>> 116
“1880年制定の刑法において妾に関する条項は削除され、これを受けて妾は戸籍から姿を消した。”
遠藤正敬『戸籍と国籍の近現代史』p.122
1942年まで、私生児の記載は残ってたみたいです。
>> 112
あの論文、面白かったですよね
>> 122
団欒の喜び、私も尾形に感じてほしいです!
青子さんの予想をみて思い付きましたが、尾形は戦いを終わらせないようにしている?
連帯の喜びなら感じられるから…と考えました
>> 126
はい、目からうろこでした。民族民族って言ってる側が一番わからんという…。
個人的には、金カムが土方にどう決着をつけるのかにすごく注目しています。人魚の肉を食べたとか、八百比丘尼に例えられていたこともあって、杉元の“不死身性”の決着とセットな気もします。
>> 112
マイノリティの権利、マジョリティからの文化盗用、アイデンティティの問題、ネット時代になってようやく日本人も気がつくようになってきた問題で…
今年の1月、東京で開かれたアイヌ文化フェスティバルで、オリジナルの刺繍作品を実演していたアーティストの方が、これらの文様は私だけのものだから、とおっしゃっていた意味を考えていたのですが、意外に早くその答えがありました。他のアイヌの方がデジタルで再現した文様をそのまま盗用して素材として売られていたことがあり、彼はただのパクリではなく文化盗用になるという視点を持ち出されていました。
自分も二次創作で文様を描くなどしており、古写真からもらってきた柄などを使ったりしていたので、考えさせられる点でした。
同化政策とアイデンティティ喪失の問題も枚挙にいとまがないです。長くなってしまいそうですが。
このように色々周辺にあるテーマを敬遠しなかった出版社、編集部もすごいし、ここまでかっこいいものとして、守らねばならないものとして、エンターテイメントとして(ここがもっとも重要…)描ききっておられることは、何度読んでも感嘆です。今週ついにアシリパが「アイヌはどうなる?」と杉元に尋ねたことで、思いましたが、杉元はやはり大多数の読者を含めたマジョリティ「和人」の代表なのかもしれないなあと思った次第です。
並行して、フィードバックからの質問等を上げていきます。
https://zawazawa.jp/knkmf/topic/20/3
>> 81ちょこさんへのご質問です。
ちょこさんの「鶴見中尉の名前」、私も疑問で、もっと言えばあれが鶴見中尉だとは明言されていないとまで思っているのですが、あの人が鶴見中尉だと断定できる描写ってありましたっけ。
>> 129
あ、土方と聞いて飛びつきます。そうか、不死身性の決着の、一つの象徴ですかね…。
個人的に「老いぼれを見たら生き残りと思え」は座右の銘にしたいくらい好きな言葉で、
とても生々しいんですよね、現代でも通じるというか。
それが、神っぽいというかある種のファンタジーである“不死身”の決着(不死身を手放すということでしょうか。あ、死ぬという意味ではなく)とセットというのは面白いですね。