謝れてる時点で本当に偉いと思います(偉そうで申し訳ない)
一般論として、批判されるときって「自論そのものの(論理的な)正否」と「コミュニケーションの不和」とで要因が分かれる印象ですね
そこをまずは切り分けたうえで、その両方にそれぞれ対処していくというのが重要かと思ってます
そもそも議論というのは、ある論の正しさを主張して認めてもらったり、誤りを指摘して修正させたり、極めて理性的・論理的な行為ではある
ただ、人間対人間で行うものである以上、「議論」と「コミュニケーション」は切っても切り離せないんよね
たとえ自分が納得がいく回答がなかったとしても、少なからず時間と労力をかけて自分の疑問に応えようとしてくれた人たちがいる
まずはそのことに対して「ありがとう」というリスペクトがあるといいんじゃないかな
たまに「議論の場なんだから少しでも感情を持ち込む奴はバカ」みたいな言説に触れるけど、その論理的な議論を生み出す大元が人間である以上、議論をより良いものにするために気持ちよくそこに参加できる土壌をつくる努力は絶対に必要だと思う
特にこういう不特定多数の人が趣味で閲覧・書き込みするような場においては、せっかく有用な意見を出しうる人に「面白そうな話してるけどなんか空気悪いし参加するのやめとこ」と思わせてしまったら、機会損失という意味でも大変もったいないかなと思う
これは「少数派ってことは間違ってるんだから多数派の意見に迎合しろ」とか「空気読んで納得したフリしろ」とかそういうことでは決してなくてね
主張するべきところはもちろん主張するし無理に折れる必要もないんだけど、「みんなが自分の意見を聞いて、それに対して答えてくれている」という気持ちを持ちながらやり取りすることで、おのずと(議論の本題から逸れる)不必要な軋轢みたいなものも減っていくんじゃないな
自分なら「いろいろ意見いただいてありがとうございます!すみません、正直まだ納得しきれてない部分はあるんですが、いただいた意見を参考にしながらもう一回自分でもよく考えてみます!」って感じかな
① まずは自分の意見に回答くれてありがとう!
② 納得しきれてないことは正直に伝えつつも、一度自分の中で意見を咀嚼する時間を取ると伝えることによって、「今は納得できないけど、よくよく考えたらその正しさを理解できるかもしれない」という余地を示すことができる(実際それで納得できることもあるしね)
たくさんの意見が集まっている中でそれらすべてを即時否定し続けると、やっぱり印象としても「最初から全部否定する気マンマンじゃねーか」ってなりがちだから、反対意見が続出したときは何にせよ一旦立ち止まって考えると良いのかなと思う
「なんか納得できる答えが出なさそうだからもういいや」っていうのはまあ率直な本心なんだろうけど、「お前らと議論してても時間の無駄だって分かったからもういいわ」という風に捉えられがちで、「(自分の意思で参加したとはいえ)せっかく真剣に回答してるのに何だよ!」と反発されるのは必至かなと
某巨大匿名掲示板でもよく見かける言い回しだけど、大体いらない軋轢が湧き上がってるんだよね
本心が率直に出たにしろ、反論ばかりで辟易してつい言っちゃったにしろ、もう少し違う言い方なら良かったかな
ちょっとした言い回し一つで全然違う関係が築けるのなら、むしろやらない手はないと思う(と他人には言いつつ、それが難しいんよな…)
なぜ味方に弾が吸われるかという論点自体はみんなも食いついてるし、自分も「おっ!」と思って真剣に考えさせられたし、非常に興味深いです
ありがとう