比丘たちよ、「止」を修習するとどんな利益を受けるのか。心が修習される。心を修習するとどんな利益を受けるのか。およそ貧が断じられる。比丘たちよ、「観」を修習するとどんな利益を受けるのか。慧が修習される。慧を修習するとどんな利益を受けるのか。およそ無明が断じられる。比丘たちよ、貧に染汚された心は解脱せず、無明に染汚された慧は修習されない。比丘たちよ、実に、貧を離れることから心解脱があり、無明を離れることから慧解脱がある。(AN. I, P.61.)
MN.『聖求経』において、釈尊が無所有処・非想非非想処を捨て去ったその後、マガタ国を遊行し、ウルヴェーラーのセーナーニーガマに入って密林に坐り(46)、無碍安穏の涅槃に至ったとされる(47)。そこでは、無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定において、生(jāti)・老(jarā)・病([P]byādhi,[S]vyādhi)・死(maran・a)・愁([P]soka,[S]㶄oka)・煩悩([P]san・kilesa,[S]sam・ kle㶄a)の過患(ādīnava)を知って、無碍安穏の涅槃に至ったとされる。そして「私の解脱は不動である(akuppā me vimutti)」という智([P]Jān・a,[S]jñāna)と見([P]dassana,[S]dar㶄ana)が生じたと説かれる。無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定によって無碍安穏の涅槃を得たということである。そして、解脱智見に至って「不動(akopya)」であると認識したのである。
末法においては、最高峰の教えである『法華経』が声聞・縁覚・菩薩といった三乗の智慧によって解き明かされます。その時代にあって瞑想を修行として実践しても輪廻からの解脱を目的とする「無余涅槃」は得られても、覚りを得る「有余涅槃」を得る事はありません。
有余涅槃は「無漏の種子」を備えた本已有善の修行者が仏との過去の因縁を観じ取っていく中で覚りの境地を現実の世界の中で開き顕していく涅槃だからです。そこのところはこちらで詳しくお話させて頂いておりますのでご覧になられてない方は是非目を通されてみて下さい。
法介のほ~『法華経』その③
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/17
質問する。その証拠はどのようなものか。
答える。『摩訶止観』第六巻には、法華経より前の教えで、それを行ずる者の修行の段階が高い理由は、真実に導く手だてとしての教説だからである。完全な教えで行ずる者の修行の段階が低いのは、真実の教説だからである」とある。
『止観輔行伝弘決』では、これを注釈して「『前の教えで』以下は、一時的な教えと真実な教えを判別するものである。教えが真実に近づけば近づくほど、それを行ずる者の修行段階は低くなり、教えが一時的なものになればなるほど、修行段階は高くなるからである」としている。
また、『法華文句記』第九巻には「修行段階を判定するという箇所では、観察する対象が深くなればなるほど、真実の教えにおける修行段階ではそれだけ低くなることを明らかにしている」とある。
この事を日蓮大聖人が『四信五品抄』の中で詳しく述べられておりますので現代語訳でご紹介致します。
質問する。末法時代に入って、初めて覚りを求める心を起こした修行者は、例外なく円教の戒・定・慧の三学を全て実践する必要があるのか。
答える、このことは、重要なことであるので、経文と考え合わせ、必要な個所を取り出して、あなたに送る。すなわち、五品のうち初品・第二品・第三品では、仏は紛れもなく戒と成という二つのものを制止して、修行の内容をひたすら慧も実践できなければ、信を慧の代わりとし、信という一字を究極としている。不信は一闡堤や謗法の原因であるのに対し、信は慧の原因であり、名字即の位である。
天台大師は次のように述べている。「相似即の利益を得た場合、一度死んで次に生まれても忘れることはない。名字即や観行即の利益では、次に生まれた時に、忘れてしまうが、忘れない場合もある。忘れた者も、正しく導いてくれる者に遭遇すれば、過去世の善い行いが再び効力を発揮する。もし悪へと導く者に遭遇すれば、もともとあった善の心を失ってしまう」と。
はばかりながら、少し前の天台宗の慈覚大師円仁・智証大師円珍のお二人も、天台大師・伝教大師という正しく導いてくれる人に背いて、善無畏や不空などといった悪へと導く者に心が移ったのであろう。釈尊の時代から遠く離れた現代の学者は、慧心僧都源信の『往生要集』の序分にたぶらかされて、もともとあった法華経を信じる心を失い、阿弥陀仏を信じる一時的な教えへと入っていく。「大乗から退き、小乗を取る」と言われる者たちであった。
過去世のことから推しはかると、未来には無量劫にわたって、三悪道に生まれることになるだろう。「もし悪へと導く者に遭遇すれば、もともとあった善の心をうしなってしまう」とは、このことである。
教えと言いますのは、高度な教え程、修行はより簡素化されていきます。
なぜかと言いますと教えそのものが優れているからです。例えば今紹介しました「十八空」も蔵教の『俱舎論』では瞑想で空じていきますが、円教の『法華経』では教えで空じておりますので修行者はその教えである「経」を唱えるだけで、仮観→空観→中観といった意識の変化が起こります。
智顗の『摩訶止観』の注釈書に妙楽大師の『摩訶止観輔行伝弘決』というのがありまして、その中に「教弥実位弥下」という文句があります。解釈しますと次のようになります。
「正しく権実を判ず、教弥実なれば位弥下る。教弥権なれば位弥高し」
要訳しますと、教えが真実に近づくほど、それを行じる修行の段階はより低くなっていくといった事です。
しかしこの瞑想(止観法)で解脱出来た阿羅漢は>> 3の阿難の話から考えましてもそんなには居なかっただろうと考えられます。世親の兄である無著ですら解脱出来ずに自殺しようとしたと言い伝えられている程ですから。
初期仏教ではお釈迦さまが説かれた教えの初歩的内容(初転法輪)しか理解に至っておらず「空」においても『俱舎論』で理解する「析空」でしかありません。その為、修行法としての瞑想で十八種類の諸法を空じていかなければなりません。これを「十八空」と言います。
ブログ『福聚講』で、大智度論の「十八空」を紹介されてます。
引用させて頂きますと次のような内容になります。
(1)内空(ないくう):眼耳鼻舌身意の六根は空である。
(2)外空(げくう):色声香味触法の六境は空である。
(3)内外空(ないげくう):内の六入(眼耳鼻舌身意)、外の六入(色声香味触法)は空である。
(4)空空(くうくう):空ということも空である。
(5)大空(だいくう):十方世界は空である。
(6)第一義空(だいいちぎくう):涅槃も空である。
(7)有為空(ういくう):三界は空である。
(8)無為空(むいくう):生住滅を離れた世界も空である。
(9)畢竟空(ひっきょうくう):諸法の至竟不可得の世界も空。
(10)無始空(むしくう):無始から存在するものも空である。
(11)散空(さんくう):法として存在するものも空である。
(12)性空(しょうくう):自性は空である。
(13)自相空(じそうくう):諸法の相も空である。
(14)諸法空(しょほうくう):諸法は空である。
(15)不可得空(ふかとくくう):諸法の自性は求めても得られないということも空である。
(16)無法空(むほうくう):法が無であるということも空である。
(17)有法空(うほうくう):法があるということも空である。
(18)無法有法空(むほううほうくう):法が有るということも無いということも空である。
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『俱舎論』によれば、
「法の種族の義、是れ界の義なり。一の山中に、多くの銅・鉄・金・銀等の族あるを説きて、多界と名くるが如く、是くの如く一身、或は一相続に十八類の諸法の種族有るを十八界と名づく」(正蔵二九・五上)
とありまして、あたかも一つの山が多種の鉱石から成り立っているように、我々の身心は十八種の法から成り立っていると説かれております。その十八の法は心身の構成要素なので「十八界」と呼ばれます。そして『阿含経典』において「無常」や「無我」を説き示すにあたり頻繁に用いられます。さらに『大般若経』においては五蘊や十二処と共に十八界を空と見ることが繰り返し説かれております。
こちらで四諦の「三転法輪」のお話をしておりますが、
三転法輪
https://zawazawa.jp/bison/topic/14
初転法輪にあたる蔵教では、実体に即した四諦が説かれます。ここでの瞑想は寂滅を目的とした九次第定(サマタ瞑想)です。上座部ではヴィパッサナー瞑想も実践しますがサマタとは別々に行われます。初期仏教では『倶舎論』に見られるように対象を細分化することで仮和合なる縁起によって実体が立ち上がって見えるといった「此縁性縁起」による空の理解(析空)です。
通教の第二法輪で更に詳しく空が『般若経典』で説き明かされていきます。ここでは主観を空じた縁起が龍樹によって「相依性縁起」として解き明かされます(体空)。
この段階で瞑想の有り方も進化します。
それまではただひたすら寂滅を目指すのみだった九次第定の瞑想から、〝逆観〟という相依性の縁起を起こす事で阿頼耶識に眠っている過去の因果を深層意識で観じ取っていきます。それがサマタとヴィパッサナーの二種の瞑想を同時に行う「止観」による瞑想です。サマタ瞑想で五蘊を停止させ第六意識を止滅させて第七末那識へ意識を向かわせます。いわゆる「従仮入空観」で仏の空観(天上界)に入りそこでヴィパッサナー瞑想で〝仏との因縁〟(三周の説法参照)を観じ取っていきます。
そうやって空観(天上界)で仏の意識を観じ取っていったのが>> 4と>> 5の「崔 箕杓 論文」で紹介されている内容です。
お釈迦さまは仏教の重要概念である〝空〟を「無我」という角度から説かれました。ですから初期仏教では、「自我」を滅した寂滅の境地を目指します。煩悩を断ち、身も心も無に帰す「灰身滅智」が理想の境地とされました。
仏とは果たしてそのような寂滅の境地を言うのでしょうか。
全てが無であるならばそこには自他の区別は起こりません。いわゆる「無分別」の覚りの境地ですが、自他の分別がない境地にあって他を救いたいという自身の存在があり得るのでしょうか。
実は仏と言えども自我は存在しております。
人間の意識は『唯識』で言えば第六意識となります。五蘊の働きの中の「色・受・想・行・識」の最後の「識」がこの第六表層意識となります。五蘊を全て空じている仏にあってはこの凡夫の表層意識は止滅しています。「人間の意識」は前五識(五つの感覚器官)を対象として起こる意識ですが、その表層の第六意識を空じることで深層の第七意識が意識として顕れてきます。この第七深層意識の事を「末那識」と呼びます。
ここに〝自我意識〟が潜んでおります。
この自我の存在を詳しく解き明かしているのが『唯識』です。
お釈迦様が「無我」を説き、 ---(仮諦)
龍樹が「空」を解き明かし、 ---(空諦)
世親が「唯識」を解明します。---(中諦)
そして崔氏は、この『華厳経』の特徴として次のような内容をあげております。
「入法界品」を除いて、華厳時の説法には他の経典とは異なる顕著な特徴がある。第一に、「仏昇須弥頂品」第九以後は天界を上昇しながら場所が変わっていくが、「その時、世尊は威神力によって、この座から起き上がることなく、須弥山の頂上へ昇り、帝釈の宮中へと向かった」、「その時、世尊は威神力によって、菩提樹と帝釈宮とを離れることなく、夜摩天の宝荘厳殿へ向かった」というセンテンス(文)に見られるとおり、実際には釈尊は正覚を得た菩提樹から少しも動いていないと説明されている点である。第二に、法会の参席者だけでなく説法の主体が大部分、菩薩達であるという点である。ただし菩薩達は「仏陀の神通力を承けて(承佛神力)」三昧に入り、三昧から出た後に法を説く。つまり自身の智慧によって自ら説くのではなく、仏陀の智慧にインスパイア(刺激)され、仏陀の代わりに説法をするのである。このような内容は、華厳時の説法が人間界の日常的な言語伝達方式、つまり肉声を通したものではないということを示唆している。(P.30)
釈迦が正覚して行った説法は人間界の日常的な言語伝達方式、つまり肉声を通したものではなかった事がこの『華厳経』の内容から読み取れます。お釈迦さまは五蘊を空じて正覚しておりますので当然「しゃべる」という行為から離れております。(五蘊皆空)
しかし、未だ自己性は備えておりますので説法をします。
これは仏といえども未だ自我を備えもっているという事になります。自我(自己性)が有るから衆生を救いたいという慈悲の心も起こります。
仏には未だ自我は意識として備わっております。
ここのところが分からない人達は、仏は全ての煩悩を滅しているので自我は無いと思い込みます。そしてそれが「無我」という境地だと勘違いします。そのようにお偉い学者さん達が勘違いし、そういった解説本や仏教用語解説辞書などを世に出し、それをもとに今日ではウィキペディアなどにもその勘違いによる解釈があたかも正しいかのように世の中に弘まってしまってます。
間違いだらけの仏教の常識
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/16
第一回仏典結集はお釈迦さまが入滅されて直ぐに開催されてますが、それぞれの経典が説かれた時期を確定するためには経典が説かれた場所、参席した大衆、周辺の状況、説法の内容等を漏れなく調べなければなりません。こちらの「崔 箕杓 論文」では、そういった事をふまえて次のように論を進めておられます。
https://www.min.ac.jp/img/pdf/labo-sh17_27L.pdf
おびただしい数の経典を読解して比較するという作業自体が恐ろしく膨大なものであり、歴史を記録しないインドの風土においてはそもそも歴史的な証拠というものは十分には残っていないので、非常に困難な作業となるであろう。それよりも説法の内容のなかに年齢や年月など具体的な時期を明らかにするセンテンス(文)が存在することが知られているから、それらを根拠とするほうが、量的には多くはないとはいえ客観性が高いと言うことができよう。(P.28)
そういった趣旨で崔氏は、天台教判である、「華厳・鹿苑・方等・法華・涅槃」の経典が説かれた時期によって分類分けされた五時説をまず検証されています。
天台の教判のうち五時説は、経典(群)が説かれたおおよその時期を手がかりとして説法の目的を明らかにしようとするものであり、これに対する理解が確立されれば、膨大な経典を読解し意味を把握するにあたって大きな助けを得ることができる。ただしそのためには、この時期ごとの分類がどのような根拠から成立したものであるのか、妥当性があるのかどうかが問題となるであろう。また分類が妥当であるとしても、その次には各時期ごとの特徴が何であるのかを正確に把握する必要がある。(P.28)
五時の第一はお釈迦さまが正覚された直後に説かれた『華厳経』です。
この経典の説時は冒頭において明らかに記されています。
このように私は聞いた。ある時、仏陀は摩竭提国の寂滅道場におられ、初めて正覚を成し遂げられた。
釈尊が摩竭提国菩提樹下の寂滅道場において初めて正覚を成し遂げた直後に、この経典が説かれたことは明らかである。『華厳経』は場所を移しながら説法がなされている。旧訳である『六十華厳』によれば、最初の「世間浄眼品」から「盧舎那仏品」第二までは正覚を成就したその場で説法がなされ、「如来名号品」第三から「賢首菩薩品」第八までは普光法堂において、文殊菩薩が他の菩薩達と主に「信」について問答するという形式で説法がなされている。「仏昇須弥頂品」第九以後は、仏陀が菩提樹から離れないまま須弥山の頂上の忉利天に昇って「明法品」第十四までの説法がなされるが、この時には法慧菩薩が他の菩薩や帝釈天と問答形式によって十住菩薩の法を説く。「仏昇夜摩天宮自在品」第十五から「菩薩十無尽蔵品」第十八までは、さらに夜摩天に昇って功徳林菩薩が十行菩薩の法を説き、「如来昇兜率天宮一切宝殿品」第十九から「金剛幢菩薩十廻向品」第二十一までは、兜率天において金剛幢菩薩が十廻向地に位する菩薩の修行内容を説く。さらに仏陀が欲界の頂上である他化自在天に昇った後、金剛蔵菩薩が十地菩薩の法を説き、普賢菩薩等が菩薩の十種の神通等を説く部分が、「十地品」第二十二から「宝王如来性起品」第三十二までである。「離世間品」第三十三の説法の場所は、再び普光法堂である。善財童子が五十三の善知識と順番に出会い、法界に入っていく過程が旅行記のように描かれている最後の「入法界品」第三十四は、それ以前の諸品とは異なって仏陀が舎衛国の給孤独園に住しており、声聞衆もその場にいる。『六十華厳』ではこのように七つの場所において八つの法会が開かれるので、『華厳経』の七処八会の説法と呼ぶのである。(P.29-P.30)
こちらで三界図が紹介されておりますのでご参照ください。
https://kknews.cc/zh-hk/fo/b4x59e6.html
「解脱」という言葉が出てきましたが、初期仏教では修行者の最高位を「阿羅漢」と言いますが、阿羅漢となる為にはこの解脱を習得しなければなりません。お釈迦さまの十大弟子の中に侍者として常にお釈迦さまの説法を聴いていた多聞第一と言われた阿難がおりますが、第1回の仏典結集のさい、結集への参加資格であった阿羅漢果を未だ得ていなかったので、釈迦の後継者であった摩訶迦葉は、阿難の参加を認めませんでした。しかし、仏典結集当日の朝に阿難は阿羅漢果に達して無事結集へ参加します。如是我聞で始まる経典の「我は仏陀からこのように聞いた」の多くはこの阿難が聞いた話であるとされています。
仏の諸法の説法は、このような阿羅漢達が解脱によって仏の空観(色界)に入って行きそこで聞いて来たお話が経典にまとめられていきます。もちろん阿難のように直接説法をお釈迦さまから聞いた話も経典化されておりますが、それは仮設の世界における説法であって「法」としての諸法の説法は、全て空観でなされているはずです。なぜなら法(真理)というものは〝言葉〟という概念から離れたところにあるものですから。
解りやすい例が、『唯識』の元となった『解深密経』は、弥勒が説いたと記録に残っております。弥勒は天上界の兜率天にいると説かれている菩薩です。
ヴィパッサナー瞑想は本来、五蘊を空じて仏の空観へ入って仏の智慧を観じ取っていく瞑想なので、その前提として五蘊を空じる(止滅させる)サマタ瞑想が行われるべきものなのですが、上座部でこの二つの瞑想を別々に行ったりします。なぜかと言いますと、サマタ瞑想は感覚器官を全て停止させる瞑想であるのに対してヴィパッサナー瞑想は、対象をつぶさに観察することで気づきを得る瞑想と上座部では考えられております。この場合、二つの瞑想は相反する瞑想となります。観察するには感覚器官の働き(五蘊の働き)が必要不可欠となりますので。
これは初期仏教では未だ深層意識まで詳しく解き明かされていなかったがゆえの誤った瞑想の捉え方です。
初期仏典である「パーリ仏典」には「止」と「観」について次のように書かれております。
比丘たちよ、「止」を修習するとどんな利益を受けるのか。心が修習される。心を修習するとどんな利益を受けるのか。およそ貧が断じられる。比丘たちよ、「観」を修習するとどんな利益を受けるのか。慧が修習される。慧を修習するとどんな利益を受けるのか。およそ無明が断じられる。比丘たちよ、貧に染汚された心は解脱せず、無明に染汚された慧は修習されない。比丘たちよ、実に、貧を離れることから心解脱があり、無明を離れることから慧解脱がある。(AN. I, P.61.)
ここで注目して欲しいのは「慧」即ち智慧を修習すれば無明が断じらると申しております。凡夫の心というのは迷いの心でありそれを「元品の無明」といいます。迷いの凡夫の心から「仏の智慧」を観じとる事はまずもってあり得ません。そして「無明を離れることから慧解脱がある」とあります通り、凡夫の心(第六意識)を離れなくては仏の智慧を観じ得ません。
しかし、残念ながら小乗仏教では仏の空観へ入る術が未だ解明されていませんでした。
比丘たちよ、何を証知して諸法は断じられるべきか。(中略) 無明と有愛である。(中略)何を証知して諸法は現証されるべきか。明と解脱である。何を証知して諸法は修習されるべきか。止と観である。(SN. V, P.52.)
諸法を修習するには止と観、即ち「止観」による瞑想法に依るしかないんです。
初期仏教では『唯識』は未だ解き明かされておらず、第六意識までの表層意識しか詳しく明かされておらず、初期仏典にもとづいて行われる瞑想は、もっぱら心を無の境地へと向かわせる「九次第定」が主流でした。
『唯識』は、初期大乗経典の『般若経』の「一切皆空」と『華厳経』十地品の「三界作唯心」の流れを汲んで、中期大乗仏教経典である『解深密経』『大乗阿毘達磨経』として確立した大乗仏教の根幹をなす体系で、無著・世親の兄弟によって大成されました。その唯識では第八識まで解き明かされ、大乗仏教では深層意識へ入ってく「止観法」が瞑想の主流となっていきます。
止観の「止」は心を無にする瞑想でこれをサマタ瞑想といい、「観」は観察する瞑想でヴィパッサナー瞑想と言います。
『摩訶止観』を顕した天台の智顗は『天台小止観』で、
「まさに知るべし、この二法は車の双輪、鳥の両翼のごとし。もし偏えに修習すれば、すなわち邪側に堕す」
と申しておりまして、この二つの瞑想を「車の双輪、鳥の両翼」に例えて同時に行う事の重要性を説いております。サマタ瞑想で五蘊の働きを停止させ、仏の空観に入る事で仏の意識をヴィパッサナー瞑想で観じ取っていく訳です。
四諦について
『大般涅槃経』聖行品の四諦解釈について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/70/1/70_12/_pdf
智顗の「四悉檀」解釈
https://soka.repo.nii.ac.jp/record/40370/files/daigakuinkiyou0_41_13.pdf
天台智顗の「四種四諦」について
https://otani.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=11393&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1
三転十二行相
四諦の真理は「3度繰り返される」ことで完成に至ると説かれてある。
「示転、勧転、証転」
・示;これが四諦であると知識で知って実践
・勧;これが四諦であると理解して実践
・証;これが四諦であると見極めて実践し、修める。
三転法輪各説
https://www.mmba.jp/archives/38423
説一切有部の等至の体系における静慮の重視 村上 明宏
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/MD40138678/kbk048-16-murakami.pdf
Majjihma-Nikāya(以下MN.)『聖求経(Ariya-pariyesana-suttanta)』にお
ける「アーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタの伝承」では釈尊が無碍安穏の涅槃を求め、無所有処を実践成就しているアーラーラ・カーラーマのもとを訪れ、その無所有処を体験して捨て去ったと伝承される(44)。そして、無所有処を捨て去ったその後に、非想非非想処を実践成就しているウッダカ・ラーマプッタのもとを訪れ、その非想非非想処を体験して捨て去ったと伝承される(45)。無碍安穏の涅槃のためには、無所有処も非想非非想処も十分では無い、ということである。
ここで四無色定の中でも無所有処・非想非非想処についてのみ言及されているが、この二つに関しては四無色定の中でも上地とされているから、この無所有処と非想非非想処を否定的に見る見解は説一切有部が無色定より静慮を重視する根拠の一つであると推測される。
2-3.理由その⑶――第四静慮が「不動」とされることに由る――
MN.『聖求経』において、釈尊が無所有処・非想非非想処を捨て去ったその後、マガタ国を遊行し、ウルヴェーラーのセーナーニーガマに入って密林に坐り(46)、無碍安穏の涅槃に至ったとされる(47)。そこでは、無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定において、生(jāti)・老(jarā)・病([P]byādhi,[S]vyādhi)・死(maran・a)・愁([P]soka,[S]㶄oka)・煩悩([P]san・kilesa,[S]sam・ kle㶄a)の過患(ādīnava)を知って、無碍安穏の涅槃に至ったとされる。そして「私の解脱は不動である(akuppā me vimutti)」という智([P]Jān・a,[S]jñāna)と見([P]dassana,[S]dar㶄ana)が生じたと説かれる。無所有処・非想非非想処を厭って入った禅定によって無碍安穏の涅槃を得たということである。そして、解脱智見に至って「不動(akopya)」であると認識したのである。
この「不動」に関しては、第四静慮も「不動(āneñjya)」であるとされる。しかし、その「不動」については「無碍安穏の涅槃を得た」という場合、ʻakopyaʼであり、「第四静慮の不動」は ʻāneñjyaʼ である。 第四静慮における ʻāneñjyaʼ の「不動」についてはAKBh.「世間品」において、次のように説かれる。
第四静慮は内災(ādhyātmika-apaks・āla)を離れたものである(rahitatva)から不動(āneñja)であると世尊によって説かれた(48)。(AKBh. p.190.23)
AKBh.「定品」においても、同様のことが次のように説かれる。
また、三つの静慮は動揺を伴う(sa-iñjita)と世尊によって説かれた。災患を伴う(sa-apaks・āla)からである。
しかし、八つの災患(apaks・āla)を手放したもの(muktatva)であるから、第四のもの(第四静慮)は不動(āniñja)である(49)。(11ab)(AKBh.p.441.10-12)
初静慮から第三静慮までは「動揺を伴う」けれど、第四静慮には八災患が無いから「不動(āniñja)」であると説かれる。この ʻāneñjyaʼ で示される第四静慮の「不動」は身・心ともに不動であることを意味すると考えられる。それは第四静慮において「不動」の語として用いられる ʻāneñjaʼ ʻ āniñjaʼ ʻāneñjyaʼ の語形について、AKV.では、次のように説明されるからである。不動(ānejya)とは、㲋ej-、震える(kampana)というこの語根(dhātu)より、ānejyaというこの[語]形である。しかし、āniñjya と誦すとき、㲋in・g- ‒という別の語源(prakr・ti)のこの[語]形であると見るべきである(50)。(AKV.p.344.3-5)
以下、池田論文より
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/印度学仏教学研究/印度學佛教學研究第40巻第2号/Vol.40 , No.2(1992)089池田 練太郎「色界第四禅について」.pdf
先にみたように、第三禅までは、人間が普通の心身のままで、精神を集中して思惟行動を行っている状態であったのに対し、この第四禅及びそれ以上は呼吸が働かないとされることからみても、むしろ死に近い状態を呈していると見なしうる。-964-
釈尊は幼少期に初禅の状態を体験したということが示されている6)。 このエピソードが事実であるなら、出家前の釈尊が初禅を体験したということからも、後世色界の四禅とされるに至った禅定の少なくとも最初の階梯の本質は、やほり精神を集中して思惟に没頭することに起因する一つの状態であった可能性が高いと推察されるのである。
また、釈尊は出家後まもなくアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタを訪ね、それぞれの無所有処定と非想非非想処定を体験した後に捨て去ったと伝えられるが7)、このことはやはりこれらの禅定を退けた釈尊の立場を明確に示すものと見てよいであろう。さらに、釈尊は2カ月間、人を近づけずに一人で禅定を修したことが伝えられているが8)、そのときの禅定は、持息念(anapanasati)が中心であったとされている。 この他にも3カ月に亘る禅定が報告されているが9)、いずれもその間に比丘たちとの交渉があったとされていることからみて、滅尽定のような死に近い禅定を実践していたとは見なし難い。-963-
6) Mahasaccaka-sutta, MN., I, pp. 246. cf.水 野弘元 「原始仏教 と目本 曹洞宗」(『道
元禅 の思想的研究』1973年, 春秋社刊)pp. 53-58, 69-73. 以下, 註(7)(8)(9)に つい て
も同様。
7) Ariyapariyesana-sutta, MN., I, pp. 163-166.
8)『 雑 阿含』巻29; 大正2, 207a.
9) SN, V, p. 13; SN, V, pp 325-326; Vinaya, I, p. 169; Vinaya III, p. 230. etc,
比丘たちよ、これら五蓋の捨断のため、四念処を修習するべきである。いかなる四か。
比丘たちよ、とある比丘が、身(kāye)について身を観ずる者となり、念、正知をそなえて世間(loka)における貪(abhijjhā)と憂(domanassaṃ)を除く。
受(Vedanā)について受を観ずる者となり、念、正知をそなえて...(以下同文)。
心(citta)について身体を観ずる者となり、念、正知をそなえて...(以下同文)。
法(dhamma)について法を観ずる者となり、念、正知をそなえて...(以下同文)。
比丘たちよ、五蓋を捨断するため、このように四念処を修習するべきである。
—パーリ仏典, 増支部九集, 念処経 Sāvatthinidānaṃ, Sri Lanka Tripitaka Project
https://ja.wikipedia.org/wiki/四念処
씘大智度論씙は씔四念処の実体は智慧である씕というように,有部と同じく씔念処=慧씕という解釈を挙げてい쑲썺る。
↓アビダルマにおける四念処
https://nbra.jp/publications/70/pdf/70_30.pdf
↓有部の四念住について(大智度論の説明あり)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/31/2/31_2_499/_pdf/-char/ja
色界第四禅について 池田 練太郎
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/印度学仏教学研究/印度學佛教學研究第40巻第2号/Vol.40 , No.2(1992)089池田 練太郎「色界第四禅について」.pdf
四念処(四念住)[基本修行科目(2)]
http://way-to-buddha.blogspot.com/2011/05/blog-post_3479.html
現在、日本でも広く知られるようになった、上座部仏教(南伝仏教)のヴィパッサナー瞑想(気づきの瞑想)は、四念処観の修行からきているものである。
四念処の瞑想を正しく教えている日本の仏教教団は存在しないように思われる。四念処については、上座部仏教の修行の一環であるヴィパッサナー瞑想から入るほうが体得しやすいかも知れない。
天台止観などの「止観」の「観」(観察する瞑想)も、もともとはこれからきている観法(瞑想法)である。禅宗の座禅、天台宗の止観、真言宗の観相や諸種の儀式次第なども、四念処との関係性は深いので修行の上での参考とできる。
四念処を正しく行うためには、色界の禅定である初禅(第一禅)には、到達している必要がある。
しかし四念処を行う中で、初禅(第一禅)には、自動的に到達するのである。
そいうことから四念処により、色界の禅定に達成することができ、色界の禅定との関係が深いといえる。
ニヤーカにおける修行道の相互関係 (重要!)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/37059/files/ib005001.pdf
(プリント下部No.7)
如来は更にその彼を調御したまう。「来れ比丘よ、汝は身において身を繰り返し観察して住し、身に俱える尋を尋求すること勿れ。心において受を繰り返し観察して住し、心に俱える尋を尋求すること勿れ。法において法を繰り返し観察して住し、法に俱える尋を尋求すること勿れ。」彼は尋と伺との止息のために、内心静安となり、心一趣性あり、無尋無伺にして、定より生ずる喜と楽とある第二禅を・・・・・第三禅を・・・・・第四禅を具足して住する。
この経典によれば、四念処の修習と関係があり、四念処の修習によって三明などが得られることが分かる。
中国初期禅観思想における首樗厳三昧について
塩入 法道
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/38/2/38_2_677/_pdf/-char/ja
首楊厳三昧は勇伏三昧、健相三昧などとも訳され、古来多くの三昧の中でも特に重視されていた三昧である。この三昧はその名を冠した『首榜厳三昧経』に詳説されているが、『大智度論』等にも重要な三昧として度々言及されている。また『首樗厳三昧経』の思想は『般若経』『十地経』『維摩経』と密接な関係にあり、『法華経』『浬薬経』にも影響を与(1)えている。首樗厳三昧の特徴は般若空観を思想的背景にもちながら、理念としての空観にとどまらずこれを積極的に実践に適応させているところにある。
曇無讖訳『大般涅槃経』の仏性と種性について
李 子捷
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/MD40139257/rbb050-15-li.pdf
大乗浬桀経における首樗厳三昧について
金子 芳夫
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/39/1/39_1_451/_pdf/-char/ja
本経における首樗厳三昧 の記述 は, 曇無識訳 「如来性品第四の一」, 南品 「四相品第七 の一」, 法顕訳 「四法品第八」 にみ られ, その前段で先ず四相, 若 しくは四法 と言わ れ る法 門 が説 か れ る。
-451-
http://gmate.org/V03/lib/comp_gosyo_210.cgi?a=c7a1cde8c0adc9ca
大乗の涅槃経の品々。北本涅槃では第四品であるが、南本涅槃はこれを四相品第七から菩薩品第十六までの一〇品に分け、第十二を如来性品としている。北本涅槃の如来性品には、如来の三密(身口意)を説いて仏身の常住を明かし、四依を説いて仏の正説と邪説を分別し、次に四諦を説いている。そして我即仏性の理を明かし、次にこれを譬喩をもって説明している。南本涅槃の如来性品は、北本涅槃の如来性品の中の、我即仏性の理を明かしている部分である。
定中悲願 (倶舎論)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jeb1947/1951/16/1951_16_12/_pdf
『倶舎論』第八の初に有情世間を明して、「地獄等の四及び六欲天と並に器世間と是を欲界と名つく』と云ふ。地獄・餓鬼・畜生・入趣の上に四天王衆天二十三天・夜摩天・撫晒臭・多天樂繰欠化天・他化自在天の六天が膚一つて、四天王衆と三十三の繭一天は地居天で須彌山の層級に住し、夜摩天以上は室に依る宮殿に住して室居天と稻される。この上に色界天が有る。同巻に云く、
此の欲界の上に庭に十七有り。謂はく三静慮庭に各三有り。第四静慮腱に猫り八有り。蕃と及び有情を総じて色界と名つく。
と十七天の名を出しである。次第にこれを圖せば左の如ぐになる。
8色究寛天
7善見天
6善現天
5無熱天
4無煩天
3廣果天
2輻生天
1無雲天
3遍
2無浮天
量澤天
澤天
3極
2無
1少光量漂光天夫
3大梵天
2梵輔
1梵衆天
初静慮の梵とは廣善の所生なるが故に梵と云ひ、この梵の勝れたるを大梵と云ぴ、大梵所有所化所領なれば梵衆と名づけ、大梵の前に於て行列し侍衛するが故に梵輔と名づける。
第二隷慮の光と云ふに就て、最初の天盈光明少ぎが故に少光と云ひ、次第に増して無量光極光浮と云ふ。第三静慮の浮とは意地の受樂を指して云ふのであるが、劣れるより勝れたるに就で名とするのである。下三薄慮は雲を所居の地とするが馬第西齢慮は雲を地としないので最初の天を嶺更に無雲と名ケけるのである。勝幅有る異生の生、すべぎ所なるが故に輻生天と云ふ。果報廣くして勝れたる故に廣果天と名づけ、第四灘慮に於て凡夫の生じ得べき最も勝れたる庭である。欲界の苦はもとより色界の樂をも離れて、身心を煩はすもの無き天なるが故に無煩と名づけ、雑修静慮の上中晶の障を伏除して、依も虚も共に無く熱憐を離る等に依つて無熱と名づけ、上品の雑修齢慮を得ばこの天の果徳現はれ易きが故に善現と云ぴ、難修静慮の蝕障微小で見ること極めて清徹なるが故に善見と云ふ。雑修静慮とは無漏の力を以て有漏の定を助けて、有漏無漏の静慮を雑へ修するを云ふ。無煩天以上は雑修静慮に依らざれば感じ得ないのである。色究寛天とは色界天最後邊に在る最も勝れたる腱である。第四静慮の中無煩天以上は不還果の聖者の生する天で、浮身の所居、滞者の所居なるが故に澤居天と云ぴ、五天有るが故に五澤居天とも呼ぶのむのである。色界天の籔に就ては十六天説十八天説二十一天説等諸説有るが、『倶舎論』は十七天説を用ふるのである。
『法藻足論』第八に、
云何が空無邊庭定の加行、何の加行を修して空無邊虚定に入る。謂はく此の定に於て初めて修業する者は、先づ慮に思惟して第四静慮を鹿苦障と爲すべし。次に鷹に思惟して空無邊庭を静妙離と爲すべし。彼れ爾の時に於て、若し心散鼠し飴境に馳流して一趣なる能はず念を守つて一縁に佳せし空無邊庭定を修する能はす、此れを齊つて未だ空無邊庭定の加行と名づけす、亦未だ空無邊庭定に入ると名づけす。彼れ若し爾時自心を撮録し、散蹴して蝕境に馳流せぎらしめ、一能く一趣にして念を一縁に佳せしめ、室無邊庭定の相を思惟し修脅す。是の如く思惟して護勤精進し、勇健勢猛熾盛にして制し難く働意息まざる、是を空無邊庭定の加行と名づけ、亦室無邊虜定に入ると名つく。彼れ此の道に於て已修習多修習を生ずるが故に、便ち心をして住.し等住し近住し安せしめ一趣の等持にして二無く退無し。此れに齊りて名づけて已入空無邊庭定と爲す。叉此の定中の諸の心意識を空無邊虞定の倶有の心と名づけ、諸の思、等思、乃至心意業を造るを、空無邊虞定倶有の意業と名づけ、諸の心勝解已勝解・當勝解を空無邊庭定倶有の勝解と名づけ、又此の定申の若しは受若しは想乃至若しは慧等を空無漫庭定倶有の諸法と名つく。叉は空無擾虞定と名つくゆ一切種の空無邊礎を超ゆとは、謂はく彼れ爾の時、空無邊慮の想に於て超越し、等七く超越するが故に、超一切種空無邊庭と名つく。無邊の識に入り識無邊腱に具足しで佐すとは云何が識無邊腱定の加行なる、何の加行を修して識無邊庭定に入ゐ。謂はく此の定に於て初めて修業する者は、先づ慮に室無邊庭を思惟して麓苦障と爲すべし。次に鷹に識無邊塵を思惟して齢妙離と爲すべし。蝕は廣く説くこと室無邊庭の如し。
一切の識無邊庭を超ゆとは、謂はく彼れ爾の時、識無邊麗の想に於て超越し、等しく超越するが故に超一切種識無邊虞と名つぐ。無所有に入り、無所有塵に具足して住すとは、云何が無所有腱定の加行なる、何の加行を修して無所有麗定に入る。謂はく此の定に於て初めて修行する者は、先づ鷹に識無邊髭を思惟して鹿苦障と爲すべし。次に鷹に無所有庭を思惟して静妙離と爲すべし。蝕は廣く説くこと室無邊麗の如し。
一切種の無所有庭を超ゆとは、謂はく彼れ爾の時、無所有虞の想に於て超越し、等しく超越するが故に超一切種無所有虞と名つく。非想非非想麗に入つて具足して住すとは、云何が非想非非想廣定の加行なる、何の加行を修して非想非非想虞定に入る。謂はく既の定に於て初めて修業する者は、先づ鷹に無所有麗を思推して鹿苦障と爲すべし。次に懸に非想非非想腱を思惟して灘妙離と爲すべし。蝕は廣く説くこと室無邊腱の如し。
四無色の立名に就て『倶舎論』第二十八に「空無邊等は空等を縁すゐに従つて別名を得るやしと問うて、「爾らす」と答へ、云何ぞ」と重ねて問ろて、
下の三無色は其の次第の如く、加行を修する時、無邊の室と、及び無邊の識と、無所有とを思ふが故に、三の名を建立す。第四の名を立つるは想の昧劣なるに由る謂はく賜勝の想無ければ非想の名を得。昧劣の想有るが故に非非想と名つく。加行の時にも亦是の念を作さく、諸の想は病の如く箭の如く纏の如しと、若し想全く無なれば便ち痴闇に同じ、唯非想非非想の中に、上と網違ぜる寂静の美妙なる有りと錐も、而窓此の加行に就て名を立てざることは、若し詰つて何に縁つてか加行に是の如きの念を作すと言はゞ、必す答へて彼の庭に於ては想昧劣なるを以ての主故にと言ふべきを以てなり。此れに由つて、昧劣の故にとは、是れ立名の正因なめ。
縁起思想における人間(私) 田中典彦
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/63/3/63_63.3_202/_pdf
1.諸行無常(sabbe san・kha-ra- anicca- , anitya-sarvasam・ska-rah・)
諸行とは「造作されてあるもの,造られたものとしてあるもの」という意味である.造作されてあるもとは,縁起の在り方をするもののことであり,この世界のすべての現象存在を意味している.したがって諸行無常とは「およそ存在するものは皆,生滅変化するものである」「およそ存在するものは皆移り変わりながらある」ということである.これは自明のことであるから,証明は不要であるとされている.無常は,滅のほうだけが強く意識されるが,一方でものが現れてくるということも意味していることに注意しておくことが大事である.
すべては移り変わりながらあるから,当然その中に移り変わらない本質といったようなものは認められない.したがって,諸法無我(sabbedhamma- anatta-, ana-tmanah・ sarvadharma-h・「お)よそ存在するものは皆,我(a-tman)といわれるような生滅変化を離れた永遠不滅の存在とされる実体や本体をもっているものではない」となる.釈尊当時のインド思想の中で,移り変わらないものとしてとらえられていた代表格にアートマンがある.いわゆる「我(が)」と訳されるものである.仏教は,「我」という言葉を
使って,移り変わらないものはないということを再度,「無我」という言葉でそれを示していると理解できるであろう.
ゴータマ・シッダールタは法を悟って仏となった.法とは縁起であるとされている.「如来が世に出ても,あるいは如来が世に出なくても,この理法は定まり,法として定まり,法として確定している.それは相依性ということである.…(SN ⅱ25.17‒23)」と説かれ,縁起の理法は「永遠の真理」であると理解されている.
そして「縁起を見る者は法を見る,法を見る者は縁起を見る」「縁起を見る者は法を見る,法を見る者はわれ(仏)を見る」と説かれている.法とはもともとブッダの悟りそのものであって言説を超えたもの,つまりわれわれの分別を超えたものであるが,「私が悟ったのは縁起なのだ」と言葉化して説かれたのである.この真理に基づく教えであるとの認識から教えが法であるとされているのである.
量子論と仏教 後藤 蔚
https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/7982.pdf
さて、説一切有部は、法は一刹那の存在ではあるが、それは「有る」のである、と主張する。この派が「説一切有、部」と呼ばれるのはそのためである。同じ小乗でも、経量部は、法は「仮」であると見た。さらに、大乗の中観派では、法は「空」であると説く。それが1で見たナーガールジュナの主張である。-144-
・現行とは、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、末那識(まなしき)の七識が現に生起して活動したところを云う。
・末那識とは、阿頼耶識を対象に、それが「自分」であるとして執着し続ける心である。
・阿頼耶識とは、蔵識とも呼ばれるように、種子を内蔵する場である。
さて、現行は、第八の識である阿頼耶識に種子を熏習する。そうして熏習された種子は現行を生み、あるいは自らと同じ種子を阿頼耶識に生む。このように、現行と種子とは、「現行熏種子」、「種子生現行」、「種子生種子」という動的関係にあり、そうした関係を通じて、若い太郎は、太郎として、成長し、老いて行く。-145-
こうした見方を唯識説のそれと較べてみよう。「唯識」とは単に「ただ主観的な認識作用のみがある」という意味ではなく、「客観と主観との両者を含めたあらゆる存在はすべて、ただ表されたもの、知られたものに過ぎない」という意味である。唯識説は、あらゆる存在は認識された姿として立ち現れているだけであって、認識された姿の背後に実体的に何かが存在すると予想してはならない、と主張する。「現実に認められる外的現象と内的精神とはすべて、何か或る根源的なものによって表されたものに過ぎない」というのが唯識説の根本教義であり、この根源的なものが「阿頼耶識」に他ならない。-149-
(モノをモノとして見るのではなく、そのモノのストーリーとして見ていく by 法介)
天台智顗の「四種四諦」について
https://otani.repo.nii.ac.jp/record/11393/files/7JI WENJIE.pdf
第二の転法輪 渡辺章悟
https://researchmap.jp/read0186929/published_papers/31471888/attachment_file.pdf
日蓮聖人の機類観 日種
http://hokkeshu-kenkyusho.jp/pdf/14/日種崇人「日蓮聖人の機類観―機類の表現からの考察―」.pdf
大通結縁の第三類について (※重要)
https://rissho.repo.nii.ac.jp/record/4471/files/KJ00004400361.pdf
蔵教の第一時法輪で「モノのあり様」としての空を覚った声聞が、
通教の第二時法輪で「認識のあり方」としての空を覚って縁覚に昇格し、
別教の第三時法輪で「概念を空じる」ことを覚って菩薩の境地に至ります。
それが『解深密経』の無自性相品で説かれている四諦の三転法輪です。
そして最後に、
円教の第四時法輪でこれら三乗の教えを集約(開三顕一)して『法華経』が説かれます。
法介のほ~『法華経』--- その①
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/6?page=2
法介のほ~『法華経』--- その②
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/12
法介のほ~『法華経』--- その③
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/13
第三時の説法では、更に深い真理を覚っていきます。
例えばリンゴを食べようとしたところ、リンゴが手から離れて床に落ちてしまいました。それを見て人は引力を認識します。また弓を引いて矢を放つと矢は宙を飛び的に突き刺さります。それを見て人は「飛ぶ」という運動の法則を認識します。
そかしリンゴが落下したり矢が飛んだりといった現象は実は私たちが「落下した」「飛んでいる」と勝手に思っているだけで、本当のところは「落下もしていない」し「飛んでもいない」んです。
「えええ! ウソでしょう!」
「そんなの信じられない!」
と思うでしょう。しかし龍樹が『中論』の第二章「運動の考察」でそのことを証明しております。
すでに去ったものは、去ることがない。
まだ去らないものも、去ることがない。
さらに、すでに去ったこととまだ去らないことを離れて、
現に去りつつあるものも、また去ることがない
一見するとあたりまえの事を言っているようですが、実は大変深いところを鋭くついた偈(詩)です。去るということは「今ここには既に居ない」という事実が無いと立証されません。しかし既に去っている訳でしてその「ここに居た姿」はもう存在していないので「すでに去ったものは、去ることがない」と龍樹は言っております。
また、その人がまだ去らずにその場に居たとしたら「まだ去らないものも、去ることがない」となって観測者がどの時点の「去る人」を見ても去るという行為がどこにも存在しないことをパラドックス、即ち逆説の真理として主張しております。
この偈が意味するところは、我々があたりまえのように信じ込んでいる〝法則(運動の法則)〟が、実は自身の概念が造り出す現象に過ぎないということです。
要するに龍樹は、お釈迦様が空じる対象を〝我(われ)〟として声聞の弟子達に「無我」を説いたのに対し、その空じた〝我〟を縁として起こり得る現象の法理(運動の法則)を逆観で説くことで〝無自性〟即ち、現象(事象)にも本質は無い(不変の独自性はもたない)という真理が『般若経典』の中で説かれている事を読み取ったのです。
考えてみて下さい。目の前の自身の息子に向かって「あなたは誰ですか?」と尋ねる認知症のおばあちゃんが引力で落ちたリンゴを見ても、そこにあるのは「落ちたリンゴ」ではなく「地面においてあるリンゴ」でしかなく、去る行為が存在し得ないと龍樹が言っているように「引力の法則」も実は存在しません。
モノが落下するといった現象は、人間の脳が持つ〝記憶〟という能力から起こる人間の〝概念〟の中で起こる出来事(縁起)であって、そのような高度な脳を持たない生物においては引力は生じないということです。
興味深いところで、古代ギリシアの自然哲学者のゼノンの「運動のパラドックス(逆説)」の中に「飛ぶ矢のパラドックス」というものがあります。弓で放たれた矢をハイスピードカメラで撮らえたら、矢の一瞬の姿は静止して写ります。矢は一瞬一瞬は静止していますがそれを映写機のように連続して再生して映し出す事で我々人間の目には「飛んでいる矢」として認識されます。
〝飛ぶ〟という運動は、人間の脳(過去の映像の記憶)と目(一瞬の姿を撮らえる眼力)があたかも映写機のような役割を成して認識される人間独自の認識作用であって、自然界に備わっている働き(真理)ではないということです。
龍樹が言っている「去る」という行為(運動)もこれと同じことを言っております。
「すでに去ったものは、去ることがない」
というフレーズは、例えば花壇の前に立っている男の姿がテレビ画面に映っているとします。しばらくしてその男は花壇の前から去って行きます。カメラは固定されて花壇を映しています。その画面から見た視聴者には去って行った男は認識されません。(「去る」という運動は認識されない)
「まだ去らないものも、去ることがな」
同じように、男が花壇の前を去る前の映像を見ていて男が去る前にテレビのスイッチを切ってしまえば、男は「花壇の前に立っていた人」として認識され「去る」という運動は認識されません。
「すでに去ったこととまだ去らないことを離れて、現に去りつつあるものも、また去ることがない」
男が花壇の前から〝動き出した場面だけ〟を見た視聴者は「去りつつある」姿(動いてる姿)だけを認識している訳で、完全には去っていないので「去る」という行為は認識されません。
ということを龍樹は言っています。要はゼノンの「飛ぶ矢のパラドックス」と同じ事を主張している訳です。(運動の否定)
飛ぶ矢は、映写機で言えば連続する静止画のフィルムがスクリーンにあるレンズと光源を通過する時だけ映し出される映像です。そうやって映し出された映像では矢は飛んで見えます。この仕組みが人間の五蘊による認識作用です。そこには時間の経緯も組み込まれています。時間も人間の五蘊の働きによって起こる現象(概念)です。我々人間は〝今〟という今一瞬の時を〝現在〟として認識し、去った出来事を〝過去〟として脳に記憶し〝時間〟という時の流れを感じます。
その記憶の貯蔵庫が『唯識』で説かれる〝阿頼耶識〟です。
第二時説法では空を深く理解していく訳ですが第一時説法の声聞の境涯は、『般若心経』が何を説いているのか理解に至りません。
こんな感じです。(禅宗の勉強会)
般若経、禅宗はまじめに取り扱っていない(1:11:37)
全部、無だ、空だ、と書いてあって(1:12:10)
空で無だと(1:12:14)
何にもない、何にもない(1:12:17)
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空を「モノのあり様」を説いたものだと思い込んでしまっているのが声聞です。
『般若心経』には「認識のあり方」が説かれていると縁覚は気づきます。
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モノのあり様=「色即是空」
認識のあり方=「空即是色」
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モノのあり様を表現する言葉が「から・からっぽ・無・無い」といった形容詞です。認識のあり方は「空と見る・空にする・無にする」といった動詞になります。
「認識のあり方」は、例えば坂道があったとします。坂道自体は「モノのあり様」なので此縁性縁起で形成された坂道です。しかし坂の上に住んでる人達にとっては「下り坂」です。逆に坂の下に住んでいる人達にとってはその坂道は「登り坂」です。それを見る人の認識の違いによって同じ坂道であっても「下り坂」と「登り坂」といった真逆の存在として認識されます。これを相依性縁起と言います。
詳しくはこちらで紹介しております。
法介の『ゆゆしき世界』 「空」の理論
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/5?page=2
三転法輪の第二時で『般若心経』を理解出来た縁覚はどうかと言いますと、
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.
「色即是空だから無我だけど、空即是色も大事じゃね?」
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.
と考えるわけです。考えることを漢語では「静慮」と言います。静慮とは「心を静かにして考えること」でして〝禅定〟のことを漢訳では静慮とも言います。
考えるという行為は、六根・六境・六識で言うとどれにあてはまるかと言いますと、六識にあたります。
目という眼根でリンゴという色境を捉え、それを「あ! リンゴだ!」と認識します。この認識が眼識になります。ただ認識するまでにいくつかの工程が存在します。
例えばリンゴという存在をまだ知らない2歳児の子供が眼根でリンゴを捉えたとしましょう。それが何か未だ知り得ない子供はそれを手に取って確かめます。
色(姿形あるモノ)であるリンゴがあって、それを眼根が捉える(受)ことで、「何だろう?」と思って(想)手に取ってみる(行)。
その時(想)の段階で「食べられるモノなのかな?」と思えばかぶりつきます(行)。かじってみて「おいしい!」と思えばそれが記憶として経験値に加わって「これはおいしいモノ」として脳に記憶されます。(識)
この一連の「色・受・想・行・識」といった人が物事を認識する工程を仏教では「五蘊」といいます。
こちらのサイトで図解で大変解りやすく解説なされておられますのでご覧ください。
・・・なんだそうだ、般若心経
https://www.mitsuzoin.com/nanda_hannya03.html
このモノのあり様として説かれた此縁性縁起は、実体における真理です。
わたし達は様々なモノを実体として認識しておりますが、その実体は実際のところ私たちが思っている通りのあり様で存在している訳ではありませんよと、お釈迦さまはモノのあり様の真理を縁起の法門として説かれたのです。
それはもちろん我々人間についても同じことが言えまして、自分という存在は実は「自分が思っている通りの自分」ではないんですよということです。
.
.
自分は「縁起」によって存在しているんです。
.
.
自分のことを「自分」と思う気持ちを〝自我(自我意識)〟と言います。その「自我」をもって自分を自分だと思うことをお釈迦さまは否定されました。それを「無我」といいます。第一時説法でこのお話を聞いた未だ実体思想から抜けきらないでいる声聞衆は、
.
.
「無我って我が無いことなんだ!」
.
.
と理解しました。物事を「有る無し」で考えるのが実体思想の特徴なんです。
『唯識』は表層識である前五識と第六意識、そして深層識の第七末那識と第八阿頼耶識からなる八つの識層を説いた法門ですが、このうち第六意識までは初期仏典である『阿含経典』の中で六根や六境、六識、そして五蘊として詳しく解き明かされております。
まずはその表層の意識層のお話からはじめてまいります。
人がモノをモノとして認識する働きは、対象となるモノとそれを認識する主体とがあって成り立ちます。
〝見る側〟と〝見られる側〟の関係です。
見る側を、眼根・耳根・鼻根・舌根・身根・意根の六根と言い、見られる側を色境・声境・香境・味境・触境・法境の六境と言います。
<六根と六境>
眼根 → 色境(姿・形)
耳根 → 声境(音)
鼻根 → 香境(匂い)
舌根 → 味境(味)
身根 → 触境(感触)
意根 → 法境(思考)
こちらのサイトで六識の説明もふまえて大変解りやすく解説せれてますのでご覧ください。
『禅の視点 - life -』
https://www.zen-essay.com/entry/rokkon-rokkyou-rokusiki
この見る側と見られる側の関係は、「対象のあり様」と「認識のあり方」として仏教では因果と縁起で解き明かされております。
例えば目の前に一つのリンゴがあったとしましょう。
リンゴはまず種が大地に植えられ、目が出て幹が伸び枝が伸びて実が成ってリンゴとなりました。そこに至るまでには様々な要因が縁として和合し最終的に美味しそうなリンゴが収穫されて今、目の前に存在しています。この時間の流れの中でリンゴがリンゴとして形成されていった経緯を「此縁性縁起」と言います。
因縁和合によってそのモノがそのモノとなり得た過程を因果と縁起で捉えた因縁生起という仏教的なモノの見方です。全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立していて、独立してそれ自体が存在しているのではなく、条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを説いた法理・法門です。
これは見られる側の因果と縁起で、「対象の有り様」を此縁性縁起として解き明かした縁起の法門です。
こちらで私が「阿部論文」を紹介しておりますが、
https://zawazawa.jp/bison/topic/13/1
『法蘊足論』の四無量定と勝解:『声聞地』との関連性から 阿部 貴子
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『声聞地』と言いますのは、声聞という境涯の境地のことを言いますが、この論文では『法蘊足論』の内容から欲界~第三禅までが声聞の境地と考えられると論じておられます。
その声聞から五蘊皆空で一段上がった縁覚の境地に入らないと四禅、即ち仏の空観(色界)には至りません。
第二ステップはその縁覚という境涯を対象として説かれた仏の空観に入る為に説かれた「空」の理論についてのお話です。こちらで詳しく紹介しておりますのでご覧ください。
法介の『ゆゆしき世界』 「空」の理論
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/5?page=2
ー完ー
こういった内容を鑑みて『仏教ウェブ入門講座』の禅定の項では、
『仏教ウェブ入門講座』 禅定とは?
https://true-buddhism.com/practice/reflection/
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ブッダの体得された涅槃(仏のさとり)は、四禅八定の延長線上にあるのではなく、まったく別の境地です。
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と紹介されておられます。
何故ならば、これらは仏門に入って最初に得られる声聞という境涯に対して示された第一ステップの教え(蔵教)の内容だからです。
声聞=仏門に入っても未だ実体思想から抜けきらないでいる境涯。
そして池田氏は、(No.964)で、
先にみたように、第三禅までは、人間が普通の心身のままで、精神を集中して思惟行動を行っている状態であったのに対し、この第四禅及びそれ以上は呼吸が働かないとされることからみても、むしろ死に近い状態を呈していると見なしうる。
と言って第三禅までの禅定と第四禅及びそれ以上の禅定の違いを説明するにあたり、次のようなエピソードを紹介しておられます。
釈尊は幼少期に初禅の状態を体験したということが示されている6)。 このエピソードが事実であるなら、出家前の釈尊が初禅を体験したということからも、後世色界の四禅とされるに至った禅定の少なくとも最初の段階の本質は、やほり精神を集中して思惟に没頭することに起因する一つの状態であった可能性が高いと推察されるのである。
また、釈尊は出家後まもなくアーラーラ・カーラーマとウッダカ・ラーマプッタを訪ね、それぞれの無所有処定と非想非非想処定を体験した後に捨て去ったと伝えられるが7)、このことはやはりこれらの禅定を退けた釈尊の立場を明確に示すものと見てよいであろう。さらに、釈尊は2カ月間、人を近づけずに一人で禅定を修したことが伝えられているが8)、そのときの禅定は、持息念(呼吸が伴う念)が中心であったとされている。 この他にも3カ月に亘る禅定が報告されているが9)、いずれもその間に比丘たちとの交渉があったとされていることからみて、滅尽定のような死に近い禅定を実践していたとは見なし難い。(No.963)
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6) Mahasaccaka-sutta, MN., I, pp. 246. cf.水 野弘元 「原始仏教 と目本 曹洞宗」(『道元禅 の思想的研究』1973年, 春秋社刊)pp. 53-58, 69-73. 以下, 註(7)(8)(9)についても同様。
7) Ariyapariyesana-sutta, MN., I, pp. 163-166.
8)『 雑 阿含』巻29; 大正2, 207a.
9) SN, V, p. 13; SN, V, pp 325-326; Vinaya, I, p. 169; Vinaya III, p. 230. etc,
「六因説」について 兵藤 一夫
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/印度学仏教学研究/印度學佛教學研究第33巻第2号/Vol.33 , No.2(1985)078兵藤 一夫「「六因説」について -特に「相応因」と「倶有因」に関して-」.pdf
有部の因縁論の中、「四縁説」は識(心)の生起に関する縁の分析に由来し、そこには普遍的な性格があったため、大乗も含めた他の学派にも広く採用されるところとなった。これに対し、「六因説」は有部の独特な法の理論を北具尽としており、有部的な色彩の濃いもので、当然ながら有部独自の学説という域に止ってしまった。中でも特に、「相応因」と「倶有因」の二つはその有部的色彩が最も顕著なものである。したがって、有部の「六因説」の性格を考察する場合、この二因は格好の素材となる。また、この二因に関しては、有部内部においてその理解の仕方にいくらかの違いがあるようである。それは因の成立条件に関する問題であって、「同一果」によるのか「互為果」によるのかという古来からの問題に帰着する。そこで、この小論では「相応因」と「倶有因」の内容・性格を、有部の法の理論と関連させながら検討し、最後に「同一果」と「互為果」についていささか言及してみたい。
六因の中、「相応因」と「倶有因」は倶生法に対して適用される因である。すなわち、この二因は、ある生起した法(果なる法)と倶生した諸法の中で、果なる法と密接不離な関係にある法に対して設定されたもので、いわゆる同時的因果関係を表わしたものである。このように、有部が同時的因果関係を主張することは有部の因果論の最大の特徴の一つであるが、「因は果よりも先に存在する」という世間一般の常識に逆らうことで諮り、この点が『倶舎論』や『順正理論』において他の学派から批判されるところである。しかし、有部の法の理論からすれば、この同時的因果関係の是認は必然的な帰結である。
有部の法の理論のもう一つの特徴は、実有法の分析の徹底化である。有部の考え方では、実有法は自性を有したものである。一つの実有法に複数の自性は認められないことにより、その法に少しでも別な性質が混っていたら、それを分離して別立するという厳格な態度が見られる。しかし、この態度は反面では世間的な諸存在の有機的統合性を破壊する。例えば、有情の心的活動を心王と諸々の心所なる別法に分解することは、心が全体として有している有機的な機能を損う。また、有為法をその法としての自性と有為として
の自性(有為の四相たる生・住・異・滅)に分解することは、刹那滅性という有為法個有のダイナミックな本性を奪い去ることになる。このように、法の分析を徹底的に押し進めて、法をより基本的な要素的存在へと分解していくと、それら分解された法の有機的な性質はますます薄められてくる。
五位七十五法説の持つこのような傾向を修正し、一切の有為的存在の有機的統合性を回復させる一助として利用されるのが、「諸法の倶生」或いは「相応」、「倶有(倶生)」という概念である。この中、「相応」とは心と心所聞の有機的統合を表示し、「倶有(倶生)」とはそれ以外の諸法間の有機的統合、例えば、有為法と有為の四相、色法の八事倶生(四大と(2)色・香・味・触)など、を表示する。
『法蘊足論』の四無量定と勝解:『声聞地』との関連性から 阿部 貴子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/chisangakuho/71/0/71_0013/_pdf/-char/ja
(プリント下部 No.21-22)
次に『法蘊足論』は iii)「慈心定と四静慮」において、慈心定と静慮の関係を述べている。上のような世間的な勝解の段階では、まだ欲界~第二静慮に過ぎないが、第三静慮を得れば、慈心定と認められるとして以下のように述べる。
『法蘊足論』486a9–10:若し此の生有り、近・曾・現に第三静慮に入り、彼の楽相を取りて、是の如くの心を起こす。28
しかし Vibhaṅga では四無量定を初静慮~第四静慮と捉え、阿毘達磨論書においては四種をそれぞれ別の静慮に配当する。すなわち『婆沙論』は、慈・悲・捨無量定を欲界・未至定・中間静慮・四静慮の七地とし、喜無量定を欲界・初二静慮と見なす 29。『倶舎論』では慈・悲・捨無量定を未至定・中間静慮・四静慮とし、喜無量定を喜受のあることから初二静慮と定める 30。これは第三静慮において楽はあるが喜は無いという阿毘達磨の教理によるものである。
一方『声聞地』「第二瑜伽処」では、上述の経典を解説しつつ以下のように示している。
ŚrBh II, 70–71: yat punar āha (3)“vipulena mahadgatenāpramāṇene”ty anena
mṛdumadhyādhimātrasya sukhasyopasaṃhāra ākhyātaḥ kāmāvacarasya,
prathamadvitīyadhyānabhūmikasya vā, tṛtīyadhyānabhūmikasya vā /
さらにまた、(3)「広く、大きく、無量なることによって」と説かれるこれによって、僅かなもの、中程度のもの、最上のものである、欲界、あるいは第一・第二静慮地、あるいは第三静慮地の与楽が説明されている。
このように、『声聞地』は四無量を特に区別せず、欲界~第三静慮までと見ていることが分かる。
この第一ステップ(蔵教)で示された「九次第定」の瞑想法は仏教以前から存在していた個々の禅定をお釈迦さまが仏教バージョンとしてアレンジして取り入れたものです。そのことについて「池田論文」では、次のような文章で詳しく紹介されております。
色界第四禅について 池田 練太郎
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/印度学仏教学研究/印度學佛教學研究第40巻第2号/Vol.40 , No.2(1992)089池田 練太郎「色界第四禅について」.pdf
(プリント下部 No.966-965 ←なぜか逆番)
釈尊は、禅定をどのような意義で捉えていたのか。いわゆる八等至、九次第定と呼ばれる禅定体系の中の、特に色界の第四禅に焦点を当てて考察してみたい。
はじめに、「八等至」について、『長部』経典に見られる記述によって概括しておこう。
まず、初禅では、五蓋の煩悩を捨て去った自分を見て歓喜の心が生じ、それによって身体的に安らぎが 得られ三昧に入り、また、有尋・有伺であるとされる。第二禅は、尋伺が静まって内部に落ち着き、心が一一つ に向かって集中する。第三禅は、念(と正知が具っている状態で、身体的楽が感じられる。そして、第四禅は、不苦不楽で、捨によって念の清らかさがある、とされる。
これら一連の禅定は、jhana(Skt., dhyana)という語によって示されるが、これは、周知のごとく、jhayati(dhyai-)という動詞から造られた語であり、もともと、「考える」という意味合いを持った語であ った。その意味で、「静慮」という漢訳はその本来のニュアンス(心を静かにして考えること)をよく伝えているが、それは、この禅定の本質をもよく表しているといえる。(禅定は静慮とも言われる。)
また、尋と伺は、原始仏教では外界に対して向けられる心の働きを粗い働きと精細な働きに分けて捉えたものであり、これのある無しによって心の状態が区別されていることになる。したがって、無尋・無伺となる第二禅の状態は、外界によって精神が散乱することなく、意識を集中させて思惟(心で深く考えること)している段階に該当することになる。後に、初禅と二禅の間に「中間静慮」の段階が設定され、そこに「無尋唯伺(有伺)」が当てはめられたのは、そうした精神的な流れから見た場合、その事情をよく示しているといえよう。
以上のように見てくると、第三禅の、念と正知が具っている段階が精神を集中して思惟するという点からすると最も適していることが知られる。なぜなら思惟する以上、思考するために用いられる言語・概念には「念」即ち記憶と、「正知」即ち明瞭な認識の存在が不可欠だからである。その意味からすると、第四禅の段階に正知(認識)という知的要素が欠落することは、jhana(考える)の本来の意味が示す働きからは後退したという感を否めない。
第一ステップで四禅として説かれている「九次第定」の初禅・二禅・三禅・四禅といった四段階からなる色界禅定ですが、これは空をどの次元で理解し修行していくかで来世に転生する天界の場所が四禅天として説かれてるのではないでしょうか。
(修行の因)(果徳)
初禅の実践=初禅天へ転生
二禅の実践=二禅天へ転生
三禅の実践=三禅天へ転生
四禅の実践=四禅天へ転生(解脱を習得した阿羅漢)
この第一ステップの四禅は法空を習得しなければ入れない境地です。蔵教の声聞衆でこの四禅を体得した限られた阿羅漢達が欲界から解脱して色界へ入って天上界の仏菩薩から報身の説法を聞いて経典として後世に残して行ったものと考えられます。
「ターナヴットー論文」では、
ニヤーカにおける修行道の相互関係 ターナヴットー・ビック
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/37059/files/ib005001.pdf
プリント下部 No.5 で、『中部経典』の「調御地経」の次の文章を紹介し、
如来は更にその彼を調御したまう。「来れ比丘よ、汝は身において身を繰り返し観察して住し、身に俱える尋を尋求すること勿れ。心において受を繰り返し観察して住し、心に俱える尋を尋求すること勿れ。法において法を繰り返し観察して住し、法に俱える尋を尋求すること勿れ。」彼は尋と伺との止息のために、内心静安となり、心一趣性あり、無尋無伺にして、定より生ずる喜と楽とある第二禅を・・・・・第三禅を・・・・・第四禅を具足して住する。
この経典によれば、四念処の修習は四禅の修習と関係があり、四念処の修習によって三明などが得られることが分かる。
とターナヴットー氏は自身の見解を述べております。
では、この経典の文章の意味を考えてみましょう。
「如来は更にその彼を調御したまう」は、如来は修行者に対して次のように指導しますと訳します。「身において身を繰り返し観察して」の意味は、身、即ち五蘊によって対象を認識する訳で、それにあたって「身に俱える尋を尋求すること勿れ」ですので、尋=客観認識によってそれを認識してはいけませんよとなるかと思います。
次に「心において受を繰り返し観察して住し」その対象を心、即ち主観で思いめぐらすことで、「心に俱える尋を尋求すること勿れ」主観で描く客観としての対象を思い描いてはいけませんよとなるかと。で、最後の「法において」は概念でしょう。概念で対象を捉えてはいけませんよといった事を言われていると思います。
ようは対象を客観や主観で認識する事をやめることで、概念が空じられ善や悪、綺麗や汚いといった感情が無くなって心に楽だけが残って四禅に至るといった事を言っているのではないでしょうか。これは龍樹の空に対する四悉檀(四念処の意味する処)の①~③と内容が一致します。
①世界悉檀:世間一般における教説。(客観を空じる)
②各各為人悉檀:機根などが異なる人それぞれに応じた教説。(主観を空じる)
③対治悉檀:自我を退治した教説。(概念を空じる)
四禅と深い関係にある「四念処」の内容は、龍樹が『大智度論』の中で説き明かした説法の四段階の教説である四悉檀とも関係してくる内容です。
四悉檀とは、仏は説法を聞く者の境涯に応じて四通りの説き方を示すといったもので、次のような内容になります。
①世界悉檀:世間一般における教説。
②各各為人悉檀:機根などが異なる人それぞれに応じた教説。
③対治悉檀:自我を退治した教説。
④第一義悉檀:仏が覚った真理の教説。
四諦の「三転法輪」としてこちらで詳しくお話しております。
間違いだらけの仏教の常識
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/16
↑こちらに目を通して頂けると解るかと思いますが、仏教の重要概念である「空」と深く関係してくるお話です。
ステップ1である蔵教の「九次第定」は、三乗の境涯の中でも一番低い声聞衆に対して示された教法です。
声聞は仏門に入っても未だ実体思想から抜けきらないでいる境涯です。その蔵教の声聞衆にも理解出来るようにお釈迦さまは実体に即した四諦を説かれます。それが「三転法輪」の第一時の説法(第一ステップ)です。
<蔵教での四諦の説法>
苦諦 - 迷いのこの世は一切が苦であるという真実。
集諦 - 苦の原因は煩悩・妄執、求めて飽かない愛執であるという真実。
滅諦 - 苦の原因の滅という真実。
道諦 - 悟りに導く実践という真実。
四諦の中の最後の「道諦」の実践として八正道が説かれます。
1)正見(正しい見解)
2)正思(正しい思惟しゆい)
3)正語(正しい言葉)
4)正業(正しい行い)
5)正命(正しい生活)
6)正精進(正しい努力)
7)正念(正しい思念)
8)正定(正しい精神統一)
その中の8)正定が「禅定」にあたります。
八正道にあっては1)の正見を得る為に7)の正念と8)の正定が重要な要素となります。
正見とは、仏道修行によって得られる仏の智慧であって、四諦の真理などを正しく知ることで得られます。その四諦の真理を覚っていくことを四念処といいますが、7)の正念がそれにあたります。
8)の正定とともに正見である仏の智慧を覚っていく為には「正念=四念処」と「正定=禅定」は八正道において大変重要な内容です。
<四念処の内容>
身念処(身念住) - 身体の不浄を観ずる(不浄観)
受念処(受念住) - 一切の受は苦であると観ずる(一切皆苦)
心念処(心念住) - 心(citta)の無常を観ずる(諸行無常)
法念処(法念住) - 諸法の無我を観ずる(諸法無我)
仏教では、「法四依」というのが説かれておりまして、これはお釈迦さまの教えを正しく理解する為の術としてお釈迦さまが遺言的に示された四項目からなるとても大事な指針です。その中に、
依了義経不依不了義経
というのがありまして、「了義経に依りて不了義経に依らざれ」と読みますが、意味は「完結していない経典を拠りどころとせず、完結している経典を拠りどころとしなさい」といったものです。そういった意味でお釈迦さまの一代聖教を見てみると、『法華経』は、間違いなく完結している経典です。なぜそう言いきれるのかと言いますと内容を見れば分かります。
『法華経』では「開三顕一」がまず説かれております。
これは、仏が覚り得た最高の境地が言葉では言い現わせない、人間の概念から完全に抜け出た世界観であって、それを人間に理解させる為には三段階のステップを踏んだ教法を用いないと伝える事が出来ないとお釈迦さまは考えらた訳です。
そのステップ教法が『法華経』で示された三乗の教えです。
声聞の境涯に即した教え(第一ステップ=蔵教)
縁覚の境涯に即した教え(第二ステップ=通教)
菩薩の境涯に即した教え(第三ステップ=別教)
これは人間の思考に沿ったステップです。人間はまず外の情報を客観認識でキャッチします。そしてその感受した情報を吟味(模索)します。そして「これはこういうものだ!」と意識として判断します。そして最終的にそれを概念として脳にインプットしていきます。
蔵教ではまずこの客観認識のシステムに沿ってお釈迦さまは法を説いて行かれます。その客観認識がどのようなシステムになっているかを六根・六境として詳しく解き明かされます。(阿含経典)
六根=認識器官
六境=認識対象
これは「主体と対象」の関係です。〝見る側〟と〝見られる側〟のそれぞれのあり様が詳しく説かれております。
そしてこの六根・六境に六識が加わって眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識といった六つの認識が生じます。これらの一連の働きをまとめて仏教では「五蘊」と言います。(色・受・想・行・識)
この五蘊の働きを全て停止させる為に行う瞑想が第一ステップで「九次第定」としてお釈迦さまが示された蔵教における修行法です。「九次第定」ではまず色界禅定と呼ばれる四段階からなる禅定(四禅)で五蘊を全て停止させます。
これは六根・六境によって起こる第六意識までを初禅・二禅・三禅・四禅といった四段階の禅定で次第に止滅さていく禅定です。
こちらの、
法介の『ゆゆしき世界』 間違いだらけの仏教の常識
https://zawazawa.jp/yuyusiki/topic/16?page=2
の中で四諦の「三転法輪」を紹介しておりますが、この三者によるところの空の構図がその「三転法輪」を意味しております。
どの次元で空を理解するかで境涯が次のように分かれます。
析空=声聞
体空=縁覚
法空=菩薩