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────雨音が響く深夜。ただでさえ少ない人足も途絶え、いつものように閉店の準備を始める。
学生の僕が現状の店主であるこのカフェは、学校が終わってから開店し0時を回る頃には店を閉める。
慌ただしい生活にも見えるが、夜になってわざわざ路地裏のカフェに足を運ぶ人間も少ない。夜に出歩く人々は酒を提供する店に行くものだ。
なので実際には殆どお客は来ない。来るのは一握りの知り合いであったり、それかよほどの変わり者くらい。結局は開店中も大概自由時間というわけだ。
現に今日は一人も客が来なかったので試験勉強ばかりしていた……勉強する暇もないよりは良いが、少々張り合いがないのも事実だった。
ふと、
カランカランカラン───────と。ドアベルの鳴る音が響いた。閉店の看板はもう出していたはずだが……
────カツッ、 コツ、コツ…… カツッ、 コツ、コツ……
来客に顔を向ける前に、ゆっくりと歩み寄る不思議な足音が気になった。あぁいや、外は雨だ。傘でもついて歩いているのか。そう思いながらドアのほうに顔を向け─────
「あの…………夜分に申し訳ございません。ここは……カフェで間違いないでしょうか?少々雨宿りに寄らせて頂きたいのですが……」
「…………? ────あ、不躾をご容赦ください……間違っておりましたか?急に雨に降られてしまって……アプリでこちらがお店だと確認したつもりだったのですが」
───────瞬間。息苦しさを感じ、息を吐く。息を吸う、吐く────そこで気が付いた。自分が息を止めてしまっていたことを。それほどに、彼女は白く、美しかった。
雨に濡れ絹のように滑らかな艶を放つ、長い美しい髪。磁器のように艶やかな、僅かに赤み差すその肌も、目を閉じてなお存在感を放つ長い睫毛でさえも。
この世のものとは思えぬほど白く、白く、白く──────その美しさに呼吸を忘れ、見入ってしまっていた。
「……あ、あのぅ……?どなたか、いらっしゃいませんか……?」
困惑の色を孕みながらも、銀の鈴を転がすような心地よい声にハッとする。
『あぁ、いや…………えぇと…………すみません、いらっしゃいませ。はい、当店はカフェです。今日はもう店仕舞いするところでしたけれど』
僕が声を出すと、どこへでもなく声をかけていた少女は僕の方に向き直る。
店主としての仮面を被るのが思わず遅れてしまった。というか、今でも上手くやれているか自信がない。どこか浮ついているようだった。
「まぁ、そうなのですか?……そうですか……失礼しました、お詫びに今度また開いている時にお邪魔させていただきますね」
残念そうに眉を垂れた後に微笑みを浮かべ、カツ、カツと長い杖で周囲の床を確認しながら踵を返そうとする。
美貌に目を奪われていたが見れば彼女はずっと目を閉じたままだ。恐らくは視覚障害を抱えているのだろう。
雨の降る夜中に、視覚障害を抱えた女性を追い出すわけにもいかない。すぐに引き止め、雨宿りをしていくよう勧めた。
下心は一切無い……と言えば嘘になる。しかしそれは彼女とどうこうなりたいとかではなく────そう、美術品をいつまでも眺めていたい。そんな感覚に似ている。
よろしいのですか?と遠慮しつつも安堵したような彼女の表情の変化に、どこか自分も安堵したのを感じた。
「申し遅れました。私、姫路 結莉……と申します。お世話になりますが、よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる余りにも恭しい彼女の所作に、思わず僕も畏まって自己紹介するのであった──────
