カオスドラマX

Gray Traveller / 582

582
わったん 2026/04/19 (日) 19:25:45 >> 580

夕暮れ時。
ティパ半島とメタルマイン丘陵を繋ぐ瘴気ストリームの手前。
地形の起伏を記憶の底から掬い上げるように辿りながら、俺は瘴気の風を正面から受け止めていた。
肌を撫でるそれは風というより、削ぐような圧であり、肺腑へと侵入する異質な粒子の群れだった。
視界を覆うように揺らぐ瘴気は、まるでこの世界そのものが呼吸しているかのように脈打っている。

「半日で此処まで来れたか」

乾いた事実確認。
だが、その言葉の裏には、削ぎ落とされた過程の総量が沈殿している。
旅の途中、多くの寄り道をした。

槍の手入れをしたい。
森の旋律を聞きたい。
岩上から見れる夜空を待とう。
浜辺沿いに歩いてみたい。

そんななんてことのない事をし続けていたあの旅。
だから、一つの領域で何ヶ月も滞在するなんて不思議じゃなかった。
色んな景色を、色んな足跡を。
色んな思い出を紡いできた旅路。
今の俺はどうだろうか。
ただ闇雲に歩み、何にも目をくれず、
目的の為に前進するだけの機械。

「……」

思考が自嘲に沈む。
しかしその自嘲すら、どこか他人事のように遠い。
ティパ半島を半日で横断出来た事。
それは帰郷する俺にとっては喜ばしい事であるはずなのに、
何故こんなにも虚しいのか。
速度は成果だ。
だが、その過程で削ぎ落とされたものは――果たして何だったのか。
当たり前になったはずの俺の行路は、常に思い出に囚われており、
自身を蝕む悲しい旅路でしかなかった。

「良い旅を」

果たして、少女の言葉の通り、俺は良い旅を歩み、
これからも良く出来るのだろうか。

「……」

最早乾いた笑みが出てくる。
焦燥に駆られ続ける俺の意志。
感傷に浸っている場合ではない。
足早に瘴気ストリームの中へと歩んだ。

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