カオスドラマX

Gray Traveller / 580

580
わったん 2026/04/19 (日) 19:24:06

リバーベル街道を突き進む。
細流の囁きが石を撫で、砕けた光が水面に散る小鬼の集まるその街道。
嘗て、この街道で崩壊寸前にあったキャラバンを救い上げた記憶が、脳裏に淡く蘇る。
仲間と肩を並べ、互いの背を預けながら切り抜けたあの日々。
だが今は――独り。
踏み締める靴底の音だけが、乾いた律動を刻み続ける。
かつては耐え難かった孤独の歩調も、今や身体に染み付いた常態でしかない。
それでもなお、ティダへ辿り着くその時、己以外の足音が再び隣に並ぶことを――
そんな、些細で、しかし抗い難い希望を、胸の奥底で微かに灯していた。

「……」

ケージの音が心地よい。
何処か、縛られる事のない音色を奏でていた。
柵の無い、自由の音。
きっとこの音は、これから俺がティダへ希望を持ち帰り、
その先、多大な未来を描く必要のない、平凡な日々を送る事の出来る序章を奏でていると。
俺はそう思った。
村に帰れば、俺は家族に会える。
哀しい事を伝えなければならないが、存命は出来る。
そうして喪った者達の想いを紡ぎながら、あの黄金畑で慎ましく生きて往く。
何も特別じゃない。この世界では当たり前の、キャラバンとしての夢。

「……」

歩む最中、一つの拠点が見える。
軽装を施したクリスタルキャラバン。
パパオパマスから降り、クリスタルケージを抱えた少年と少女だった。
木陰に腰を下ろし、休んでいるように見えたが、
近くまで来た時、その違和感は形を成した。

「……」

既に幾度も泣いた痕跡。
泥と血が乾ききった衣服。
整えられていない外見。
村で見た希望を捨てた顔。
子供のしていい表情などではなかった。
僅かなしずくを溜めたクリスタルケージと、倒した魔物から手に入れた魔石を握りしめ、
その足跡から分かる痕跡として、ティパの村へと向かっている事が分かる。
少年の握りしめた剣。
その握り方は、戦う事をしてこなかった者の人生を示していた。
そして少女の抱えたクリスタルケージには、乾ききった血痕が残っている。
その血痕と同じ痕跡を残した、少年らには合わないサイズの剣や道具が立てかけており――。

「……」

考えるのを止めた。

「ぁ……こんにちは」

力無く少女が声を掛ける。
時間に余裕のない俺は、言葉を返さず、僅かな会釈だけで応じる。
そのまま歩を緩めることなく、横を通り過ぎる。
擦れ違いざま、少年の負傷が視界に入る。
深い。
既に応急処置の限界を越えている。

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  • 581
    わったん 2026/04/19 (日) 19:24:59 >> 580

    「……」
    「おにいさん」
    「ティパの村の様子は、どうでした?」

    去ろうとする俺に、背中から声を掛ける少女。

    「……皆、君達の帰りを待っているよ」
    「あと、この剣を持っていた元キャラバンの爺さんに、世話になったと伝えてくれ」

    「おにいさん、身体の具合良くなったんですね」
    「はい、どうか良い旅を」

    「……」

    声のリズムは一定。
    だが、その抑揚の無さが、俺は絶望に染まりかけた声である事を良く知っている。
    感情の摩耗。
    知っているが、分からないフリをした。
    ケージを抱え、歩む。
    歩む……。

    「……?」
    「おにいさん、どうしたの」

    「……」

    足が止まる。
    意志ではなく、反射でもなく。
    ただ、止まっていた。

    「……」

    進行方向を僅かに逸らす。
    彼らの前へと歩み寄る。
    無言のまま、ケアルの魔石を取り出し、少年へと施術を開始する。
    淡い光が傷口を包み、組織を繋ぎ止める。

    「……重症だな……」
    「時間がかかるぞ」

    「おにいさん、大丈夫。村はすぐそこだから」

    苦し紛れに俺に気を使う少年。
    事実、時間に追われた俺にとって、この行動は首を絞めるようなもの。
    それ故、治しきるという選択を取るには、余裕がなかった。

    「……」

    発動中のケアルの魔石を落とす。

    「あ……」

    渡すのではなく、落とす。

    「俺はもう行く」
    「その魔石は落としたやつだから」
    「君達が拾って使えばいい」
    「返す宛ても、拾わない理由も無いだろ」

    責任を伴わない施し。
    関係性を生まない距離の取り方。

    「……ありがとう、おにいさん」

    傷を負わない自信でもあったのか、俺は魔石を彼女らに渡す選択をした。
    再びケージを抱え、街道を歩む。
    背後から聞こえる、「ありがとう」の声を受けながら、俺はただ強張ったままの表情で帰路についた。

  • 582
    わったん 2026/04/19 (日) 19:25:45 >> 580

    夕暮れ時。
    ティパ半島とメタルマイン丘陵を繋ぐ瘴気ストリームの手前。
    地形の起伏を記憶の底から掬い上げるように辿りながら、俺は瘴気の風を正面から受け止めていた。
    肌を撫でるそれは風というより、削ぐような圧であり、肺腑へと侵入する異質な粒子の群れだった。
    視界を覆うように揺らぐ瘴気は、まるでこの世界そのものが呼吸しているかのように脈打っている。

    「半日で此処まで来れたか」

    乾いた事実確認。
    だが、その言葉の裏には、削ぎ落とされた過程の総量が沈殿している。
    旅の途中、多くの寄り道をした。

    槍の手入れをしたい。
    森の旋律を聞きたい。
    岩上から見れる夜空を待とう。
    浜辺沿いに歩いてみたい。

    そんななんてことのない事をし続けていたあの旅。
    だから、一つの領域で何ヶ月も滞在するなんて不思議じゃなかった。
    色んな景色を、色んな足跡を。
    色んな思い出を紡いできた旅路。
    今の俺はどうだろうか。
    ただ闇雲に歩み、何にも目をくれず、
    目的の為に前進するだけの機械。

    「……」

    思考が自嘲に沈む。
    しかしその自嘲すら、どこか他人事のように遠い。
    ティパ半島を半日で横断出来た事。
    それは帰郷する俺にとっては喜ばしい事であるはずなのに、
    何故こんなにも虚しいのか。
    速度は成果だ。
    だが、その過程で削ぎ落とされたものは――果たして何だったのか。
    当たり前になったはずの俺の行路は、常に思い出に囚われており、
    自身を蝕む悲しい旅路でしかなかった。

    「良い旅を」

    果たして、少女の言葉の通り、俺は良い旅を歩み、
    これからも良く出来るのだろうか。

    「……」

    最早乾いた笑みが出てくる。
    焦燥に駆られ続ける俺の意志。
    感傷に浸っている場合ではない。
    足早に瘴気ストリームの中へと歩んだ。

  • 583
    わったん 2026/04/19 (日) 19:27:16 >> 580

    凄まじい風圧で荒れ狂う瘴気の勢い。
    小隊が通るのにも一苦労な細い道。
    どうにか通れる細さの道の両脇には奈落の穴がぽっかりと口を開けている。

    キィンッ!

    甲高い音と共に、クリスタルの聖域であろう範囲を球状の膜が覆った。
    淡く輝くその障壁は、外界の暴威を拒絶し、
    内部に静寂を強制的に生成していた。そう、静寂だったんだ。
    この希望の枠の中、命の綱渡りをしながら、
    暴風に負けず渡り切っていたあの日々。
    あの日々は、酷く煩かったのに、今は違う。
    ただ、揺れ動くエーテルとクリスタルの輝きの反撥。
    その安全地帯の中で、前へ進み往く俺の身体。
    これだけが音を成す、実質無音の領域。

    「……」

    危ないぞ、と。
    握っていろ、と。

    「……」

    こんな絶望の中でさえも、
    お前達は俺の希望として囲んでくれていた。
    今、俺は、希望を運んでいる。

    「……」

    何度繰り返すのだろうか。
    前を向き、下を見下げ、また前を向き。
    度重なる俺への重圧。
    決して拭いきれない過去への羨望。
    諦めてはならない未来への前進。

    「また来年も、一緒に居ようね」

    「……」

    必ず帰らなければならない。
    戦士としてだけではなく、テトを想う一人の人間として。
    瘴気ストリームの絶望の中、俺の心の根に何かが芽生えた気がした。
    これだけ世界の現実を突きつけてくる場所。
    それも孤独の中で、俺は思ったんだ。
    生きていかねばと。

    「……」

    喪った仲間と、その思い出。
    俺はその経験を、今後死ぬまで苦痛として抱えていくだろう。
    だが、その苦痛を和らげる天使が居る。
    その苦痛に負けないようにと、支えてくれる天使が居る。
    なれば俺は振り返る事はしない。
    喪った者に瞳をやり、弱る俺など要らないんだと。

    「――」

    感情としては間違っているだろう。
    だが、絶望に染まりきった人間の思考は、酷く極端になる。
    それでも、あの時の俺は自身のこの考えにきっと救われたんだろう。
    以前よりも、生きることへの渇望が強く、より帰郷したい思いが強くなったんだ。

    瘴気ストリームの中枢を超える。
    暴風から身を護る膜は消え、クリスタルケージの流れは収まった。
    もう外に出れば夜になっているはず。
    俺は長い歩行を終え、瘴気ストリームから歩みでた。

  • 584
    わったん 2026/04/19 (日) 19:29:15 >> 580

    空を見上げた。
    見上げてしまった。
    時刻を確認する、単純明快な動作。

    「――」

    見上げずに行けば、きっと何も知らずに期待を先延ばしに出来たんだろう。

    「あぁ、君を『引き上げて』から、一日」

    希望の糧を、もしかしたら少しでも思い出を育みながら帰れたのであろう。

    「何処のキャラバンだ?」

    普段なら気づけたはずだ。

     「ティダ」

    心底、そうだと願って信じ切っていた。

    「……」

    俺は絶対、帰って、希望を届けられると。

    「……」

    光のつどう村に、戻れるんだと。

    「……そうか」

    「――」

    「どうか無事に生きるんだぞ」

    「――」

    「良い旅を」

    「――」

    あぁ、神が居るなら願う。

    「また来年も、一緒に居ようね」

    どうか俺を殺してくれ。

    「気を付けてね」

    頼む。

    「絶対帰ってきてください!」

    もう、死なせてくれ。

    「待っているのは、私だけじゃないんだから」

    希望なんざ

    「――行ってらっしゃい」

    何処にも残っちゃいない。

    「愛しています。愛しい私の希望よ」

    残っちゃいないんだ。

    画像1

  • 585
    わったん 2026/04/19 (日) 19:31:41 >> 580

    夜が明ける。
    ずっとその場で縮こまって、
    ただ静止していた。
    あれだけ焦燥に駆られていた俺の心情は既に停滞しており、
    最早感情の揺れ動きなど存在しなかった。

    「……」

    結果は明白。
    最早帰路につく迄もない。
    見えもしない、ティダの村の方角に視線を置く。
    其処にあるはずの村は、きっともう無くなっている。
    分かっている。
    無くなっている。
    既に、何も。もう。全部。あぁ、何も、何も……何も……。

    「……」

    しずくの溜まったクリスタルケージ。
    これは最早、俺の周りを聖域に変換させるだけのただのしずくであった。
    希望でも何でもない。ただのしずく。

    「……」

    叩き壊そうかと思った。
    だが、神に死を祈った俺は、
    そうするだけの気力さえ無かった。

    「……」

    何をすればいい?俺は、何をすればいい?
    誰に問えばいい。
    俺の周りには誰一人居らず、
    既にティダは崩壊している事を受け止めてしまっている。
    どうすればいい。

    「――さん」
    「――いさん」
    「おにいさん」

    締め付ける心に、不必要な声が叩いてくる。
    力無く、ただ項垂れる俺を起こす少女の声。

    「……」

    リバーベル街道に居たクリスタルケージを抱えた子だった。
    後ろで少年が不安そうにこちらを見る中、少女は健気にも心配気に俺の肩へ手を置く。

    「大丈夫?」

    「……」

    「どうしたの……瘴気ストリームの前で立ち止まって……」
    「帰らな――マール峠には行かないの……?」

    言い淀みながら、少女はただ俺の顔色を伺い続ける。

    「……」
    「……」
    「もう、いいんだ」

    「……」

    「君達は帰らなかったのか……」

    「怪我も治って、動けるようになったんだ」
    「近くを通ったティパの村の人に色々渡して」
    「おにいさんを探しました」
    「まだ、近くに居ると思って」

  • 586
    わったん 2026/04/19 (日) 19:33:07 修正 >> 580

    「それで瘴気ストリームを超えてきたのか……」
    「とんだバカじゃねぇか……」
    「……俺に、何の用だ……牛飼いの旦那に剣を返すってんなら、今返すよ……」

    「ううん、これ」

    差し出されたのは、ケアルの魔石。

    「……落としたもんだって言っただろ……」
    「返す必要ない」

    「拾ったから私達のもの」
    「だから、あげます」

    「……何故……?」

    「上手く言えないけど、これが私たちの思い出になったから」
    「おにいさんに、大切にしてほしかったんです」

    「ただの気紛れ、それも処置しきらず、故郷の為にさっさと逃げるために置いてった魔石だぞ」

    「故郷に急いでいるのに、渡してくれた魔石なんだよ」
    「傷ついちゃうかもしれないのに、私達にくれたんだよ」
    「それって、私達に無事に帰って欲しいからでしょ?」

    「僕の傷、あのままだともうだめで……諦めてたんです」
    「せめて、一欠けらのしずくだけでも届けようって思ったのに」

    「……」

    察するところ、少年の怪我を心配した少女。
    その怪我を治す為のケアルを持たず、村に行こうにもしずくを手放せず、
    少年も身動きが取れない状況。
    その中で、最早諦観して留まっていたという話。

    「……」
    「……やはり、君達のキャラバンは……」
    「『失敗』したのか……」

    気づこうとしなかった話を、口にする。
    力無く笑う少女と、泣きそうになりながらも頷く少年。

    「音信不通になったキャラバンの後釜として、頑張ろうって話になったんです」
    「村に残っている人は、他の村に移住するなり、色々あったんだけど」
    「子供にそんなことさせられないって怒っちゃって」
    「勝手に飛び出してきたんです」
    「でも、しずくは結局一個しか集められなかった」
    「余命が増えるだけの、ちょっとした希望」
    「それでも、届けたかったの」

    「……」

    「残り少ない時間」
    「だったら、おにいさんに貰った思い出を、私たちの死で止めるんじゃなくて」
    「おにいさんに紡いで欲しかったの」

    「……」
    「知ってるだろ……もう、俺は紡ぐ場所が無いことを」

    「それでも、生きて欲しいと願うのは……いけない事なの……?」

    死を願った。
    俺は、死を願っておきながら、命を放棄出来ていなかった。
    生きる渇望は既に失い、最早故郷に戻るという選択肢は存在しなかった。
    俺の心を平気で抉ってくる子供らに、俺は言葉にするには決して相応しくない感情を抱いてしまった。

    「――」
    「――」
    「――」

  • 587
    わったん 2026/04/19 (日) 19:33:41 >> 580

    掛けられた言葉にさえ心を寄せる事の出来ない不安定な状況。
    その状況を作り出している己さえ恨めしい。
    死を願った。
    なら、どうすればいいか。

    「――」

    クリスタルケージを、彼女らに突き出す。

    「……え?」

    「持ってけ……」

    「こ、これはおにいさんの――」

    「要らねぇんだよ……」
    「もう、要らねぇんだよ……」

    「……どうして……」

    君達が見せた思い出の残滓。
    少なからず、ズタズタになった俺の心に、響いたはずなんだ。
    でも、その時の俺は決して理解せず、
    ただ鬱陶しかったんだ。
    希望に満ちた存在が。

    「知らねぇよ……分かんねぇよ……」

    「でも、おにいさんが――」

    「頼む……」
    「帰ってくれ……」

    「……ごめんなさい……」

    魔石が膝元で転がる。
    そして許可も無しに、一つだけ溜まったミルラのしずくの入ったケージが横に置かれた。
    そうすると、二つの影は瘴気ストリームの方へと消えて行く。

    588
    わったん 2026/04/19 (日) 19:34:37 >> 587

    「……」
    「……」
    「……」
    「……」
    「……」

    現実を受け入れる事は出来ていない。
    ましてや、直面もしていない。
    もしかしたら、まだティダの村はあるかも。
    そんな希望が過る。
    でも、それは無い。無いんだ。
    誰一人として生き残らなかったクリスタルキャラバン。
    村が生き残るために必要な光のしずくを、俺が持っている。
    その因果関係が結びつかない以上、過る答えはただ一つ。

    「……」
    「……」
    「……あぁ……」
    「あぁぁ……」

    遅れてやってくる感情が、視界を塞ぐ。
    流れ出る雫を留める事など出来ず、
    過る愛しき人の笑顔。
    俺は、護れなかった。
    護れなかったんだ。

    「ごめん……」
    「ごめん、ごめん……」

    来年も、一緒に居たかった。
    でも、出来なかった。
    俺が、俺が――。

    ただ、ただ。子供のように泣き喚き、
    崩れ落ちた俺は、力無くその場で倒れた。

  • 589
    わったん 2026/04/19 (日) 19:36:22 >> 580

    目を覚ました時、見覚えのある場所だった。
    知っている家、知っている部屋。
    知っているベッド。

    「……」

    あの時と同じ。
    ただ、星が良く見える夜だった。

    「意識が戻ったか」
    「よく寝る奴を拾っちまったもんだな全く」

    知っている老人。
    その輪郭をなぞる、カンテラの小さな光。
    半身を上げると、俺のベッドの横で、腰掛けているのを確認した。

    「子供達が君を運んできた」
    「……きっと、暦を知って絶望して、倒れたんだろうと、俺は思うが……」

    「……」

    「子供達から聞いたよ」
    「ケアルをくれたんだってな。ありがとよ」

    「……」

    「……悪かったな……希望を持たせるような事を言っちまって……」
    「君が気の毒で、俺の罪悪感と向き合う事が出来ず」
    「ハッキリ、言うべきだったんかな」

    「……」

    「ティパの村のキャラバンは失敗した」
    「轟雷や豪雨が吹き荒ぶ中、魔物に襲われて全滅しちまったんだ」
    「あの子たちは、その亡骸を供養しに、そしてケージを回収する為に自ら出て行った子なんだ」
    「案の定、ミルラのしずくは集まりきっておらず、その情報は手紙として先に来た」
    「村全体が察したよ」
    「もう、終わりなんだってな」

    「……」

    「だからこそ、まだ希望を持っている君に、例え現実と乖離していようともそのままで居て欲しかった」
    「もしかしたらってのを、願っちまったんだ」

    「……」
    「ティダの村の情報も……」

    「手紙で一緒に来た」
    「……なんて、声掛けりゃいいんだろうな」

    「……」

    「さ、腹減っただろ。なんか食うか?」
    「母さんの飯は美味いんだ。ほしがたにんじんを細かく刻んだスープでも用意してもらおうか」

    「俺は……」
    「もう、帰れないんだな……」

    「……」

    「……クリスタルケージは……?」

    「置いてある。一滴たりとも使っとらんぞ」

    「何故」

    「さてな……俺にもわからん」
    「ただ、村人総勢、覚悟を決めている」
    「子供達もそうだ」
    「死ぬわけではない」
    「皆帰って来て、残りの時を過ごしたら」
    「何処かに逃げようなんて話もあるからな」

  • 590
    わったん 2026/04/19 (日) 19:37:11 >> 580

    「ここは思い出の詰まった場所だろ」
    「離れられるのか」

    「……」
    「存命と意地。張るべきはどちらか」
    「未来の為に、這い蹲ってでも生きねばならない」
    「俺達は、意地汚くても、強く生きて往こうと肩を寄せ合っている」
    「ティパの村は、そういう村なのさ」

    「なら、俺のケージを奪えばよかっただろ」
    「最初、介抱していた時もそうだ」

    「……」
    「そういやそうだったな」
    「まぁ、そういう発想に至らん時点で」
    「他人の想いを踏みにじる行為はしないように設計されてんだな、俺達は」

    「……」

    「此処に留まるも良し」
    「生きる未来の為に、北上するも良し」
    「君の人生だ。ティダの村の為に命を落とす事を止める資格など無いが」
    「無事に生きて欲しい」

    「……」

    「俺達の事を気にする必要はない」
    「どの村も、いつかこうなるという可能性は秘めている」
    「俺達も、その時が来たというだけだ」
    「この言葉が君の慰めになるかはわからんが」
    「自分を責める事だけはやめてくれ」

    「……」
    「あの少女は、ただケアルを施した俺に生きて欲しいと願ってくれた」
    「その教えは、アンタらティパの村の総意みたいだな……」

    「押し付けがましい話だろ」
    「そうやって生きてきた」
    「君達ティダの村はどうだか知らないが」
    「ティパの村ってのは、そういう利己(エゴ)を持つ奴が多いからな」

    「……」

    「絶望に立ち向かい、希望の為に君は戦ったはずだ」
    「そんな勇敢なる戦士を、褒め称えなくてどうする」
    「今は亡き者の為にも、君は生きる選択を取るべきなんだ」
    「苦しくても、藻掻くんだ」
    「その憂鬱は、果てしなく底が深いかもしれないが」
    「這い上がってこい」
    「それが、亡き者達の望む事だと、俺達ティパの村はそう願っている」

    「……」
    「……」
    「……なんもしらねぇくせに……」

    「知らんけど、分かるものもあるさ」
    「君が集めたミルラのしずくは、命を護る以上に大切なものだ」
    「希望なんだろう。あの村の」
    「なら、持ち帰ってあげるべきだ」
    「例えその惨状が、受け入れ難いものだとしても」
    「君がキャラバンとして飛び立った後も、ずっと待っている人が居る」
    「そうだろ」

  • 591
    わったん 2026/04/19 (日) 19:38:51 修正 >> 580

    「……」

    ただいまを言う事が出来ない。
    俺は、その現実を受け入れられない。
    逃げたかったんだ。どんな形であれ。
    それが死であることを望んだ。
    だが、悉く俺は死にきれていない。
    それはきっと、仲間達の意志なんじゃないかって、思い始めたんだ。

    「……」

    テト……。
    君に会う為に、俺は多くを失い、多くを捨てる事さえ厭わなかったはず。
    だが、きっと君は、俺に生きろというのだろう。
    そう、願ってくれていると信じてしまったんだ。

    「……」

    立ち上がり、老人の横を通り過ぎる。
    部屋の出口に置かれたクリスタルケージ。
    淡く光る、『希望』
    言葉通り、最後まで入ったしずく。
    それを手に持つ。

    「おい、何する気だ」

    部屋を、出る。

    593
    わったん 2026/04/19 (日) 19:41:19 修正 >> 591

    村の中枢、クリスタルが光を放ち、傾いている。
    その光は、見てわかる程に薄れており、クリスタルの死が近い事を示していた。

    「この時間から外に出るのは危険だ」
    「明日の朝、港まで送る。今日はもう寝ておけ」

    後ろから追いかけてきた老人の声。
    すると、ややざわつき始めた家々から、一人、二人と姿を現し、目を擦る事もなく、心配気に俺を見る。

    「あ、おにいさん」

    聞き覚えのある少女の声。
    それは徐々に近づき、俺の足元にまで来た。

    「もう、身体は大丈夫?」

    「……」

    「あの、ごめんなさい……」
    「おにいさんは死にたがっていたかもしれないけど――」

    「思い出、なんだろ」

    「……?」

    「旅は、楽しい方がいい」
    「俺を介して哀しい思いするんだったら」
    「それは……いい思い出になって欲しい……」
    「俺が生きてりゃ、君にとって、良い思い出になる」

    「うん」

    「……」
    「どうか、この先も」
    「君達は希望を紡いでくれ」

    「……おい」

    「レビ」

    「――」

    「レビー!」

    「――」

    「レビ氏」

    「――」

    「レビ!」

    「――」

    「行ってらっしゃい」

    手元のクリスタルケージを掲げる。
    夜空一面で輝く星と、それにそっとかかる月の光の下で、
    美しく一本の光の線を作り上げながらゲージ内の雫は天へと消えて行く。

    「何して――!」

    俺の集めた希望は、ティパの村のクリスタルに取り込まれ、美しく輝きを取り戻した。

    「それは、ティダの村の――」

    「いいんだ……」
    「もう、やっちまったことなんだから……」

    「――」

    「おにいさん」

    「俺が死なないように、色々してくれただろ」
    「お礼だよ……」

    「……ありがとう、おにいさん」

    衝動的で、理由も付かない行動だった。
    ティパの村に俺達のしずくを分け与える義理などなかった。
    でも、そうしたのは、君が傍に居てくれたとしたら、
    そうしようって言ってくれると思ったからなんだ。

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    わったん 2026/04/19 (日) 19:42:05 >> 591

    「……水かけ祭り」
    「……君と……一緒に……」
    「踊りた……かった……なぁ……」
    「テト……」

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