- Gray Traveller
- 637
―クリスタルワールド―
白一色に染まりかけた世界の中央。
空間そのものが結晶化したような、そんな世界。
ところどころに浮かぶ緑は、生命というより記憶の残滓めいて希薄で、
広大な無機質の中に取り残された色彩があった。

<また、来てしまったのね>
<ユンフ>
全身を光で纏った存在が、声を響かせる。
光で輪郭を覆ったその声の主は、静かに浮遊しながらも、ユンフへと声を掛けた。
「見ていたんだろう」
「俺のE.G.Oから、全てを」
<えぇ>
<……思い出を、たくさん紡いだのね……>
<強く光り輝く思い出を>
<あの時のあなたは、満たしきれていないしずくだったのに>
「あの時の俺だって、一年で色々紡いだんだ」
「……と言っても、そうか」
「俺の隣に立っていたあの子は、もっと強く輝いていたんだもんな」
<そう>
<あの子は、決して忘れたくない思い出をたくさん抱えていた>
<だからこそ、ラモエに打ち勝てた>
「俺には無かった、光り輝く思い出か」
<今のあなたは、とても多くを紡ぎ>
<とても多くを抱いて、とても多くを語り継いでいる>
<本当に、本当に>
<綺麗で、強く輝いているわ>
<……>
<だからこそ、どうして此処に来てしまったの>
「……」
「思い出という『鍵』を以てして」
「貴方はラモエの元に導いてくれただろ」
「それは消えかけたものではなく、確かに覚えているもので築き上げた行路」
「……ミオさん」
「貴方の思い出の管理人としての力を、ミルラのしずくを築き上げる力を貸して欲しい」
<……それは……>
「俺の記憶で、ミルラのしずくを作る」
<……>
「消えかけた思い出ではなく、強く輝く光を纏う思い出で」
「その『鍵』で、俺の持つ『記憶』で」
「このE.G.Oごと」
「レビさんを帰すんだ」
<あなたのやろうとしている事は分かっている>
<……あなたの旅日記、そして記憶を触媒として>
<ティダのクリスタルキャラバンを帰すのでしょう?>
<でも、あなたはまだ生きている人間>
<都市という世界とはいえど、帰ってこようとする意志のある人>
<何故……>
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「……」
「……」
「これは打算的な面もあるんだ」
「過去のティパのクリスタルキャラバン達は、レビさんをティダの村へと連れていこうとした」
「それは彼にもらった希望を体現したものであり、同時に彼に生きて欲しいと願うが故の利己」
「でも、それは叶わなかったんだ」
「きっと、悔しかったと思う」
「二度もレビさんに救われたティパの村」
「クリスタルキャラバンが受け継いできた希望」
「それは俺だって同じだ」
「俺だって、クリスタルキャラバンなんだ」
「だから、ティパの村の利己を貫き通すために」
「俺はレビさんを帰したい」
<……>
「其処までは、クリスタルキャラバンとしての俺の願いだ」
「本当の俺は……アトリちゃんを救いたい一心だ」
「そして其処には俺が居て、旅の続きをしようって」
「そう、言えたらなって……」
「……」
「でも、今、都市と故郷を繋いでいるのはレビさんなんだ」
「そして繋ぐ経路となったのは、ティダの村であり、俺の冒険記」
「全ては繋がっている」
「其処に思い出という鍵を差し」
「俺の持つ記憶、『旅人の思い出(クリスタルクロニクル)』を流し込めば」
「レビさんの帰郷と共に」
「この旅日記に秘められたアトリちゃんの思い出を、還す事が出来る」
<……>
「まさかティダの村のクリスタルキャラバンと都市で出会えるなんて思わなかった」
「ラモエの奴がいる事は、漠然とだが分かっていたし」
「L社でまとめた情報を考えれば、今も聳え立つ図書館ってところにまだ囚われているんだろう」
「其処に辿り着いて、奴から奪われたアトリちゃんの記憶を取り戻す事が」
「俺の都市におけるゴールだと思ったんだけどな」
「意外な結末ってあるんだよな」
<……ユンフ……>
「そうさ」
「確かにレビさんを見捨てれば、わざわざ俺がミオさんに頼み事なんてせずに済む」
「でも、それは出来ないんだ」
「彼ももう、俺の方向標の行路の一つに立ってしまった」
「そうなったら、もう」
「これから消え往く俺の思い出の一つになって欲しいって、願ってしまう」
「そうして描いた軌跡を」
「きっと、彼女も見てくれるだろうからって」
<……>
「俺の思い出で」
「レビさんを帰してあげて欲しい」
「そうして、この冒険記に記された記憶を」
「――」
「――」
「アトリちゃんに、渡してくれないか」
「頼む。ミオさん」
<……>
<……でも、そうすると……>
<あなたの記憶は……>
「消えんだろうな」
<――>
「んな顔すんなって」
「見えないけど」
<……>
<あなたの冒険記>
<本当に、どこまでも強く輝く希望の灯火>
<でも、それは……あなたが歩くことの出来る>
<方向標なんでしょう>
<それが無くなったら、あなたは……>
「なんとかなる」
<いいえ>
<強がってもダメ>
<自分が一番よく分かっているはず>
<あなたは憂鬱から這いあがり>
<憤怒に身を焦がし>
<傲慢にも道を拓いて>
<想いを伝えようとした>
<でも、それはあなたを支える芯があったから>
<それが無くなってしまったら>
<あなたは……>
「……」
<まだ引き返せるわ>
<方法なんて探せば、きっと>
<あなたのやり方で、いくらでも――>
「これが」
「俺のやり方なんだ」
<……>
「ミオさん」
「頼む」
「これ以上」
「引き留めないでくれ」
<……>
<……>
<……>
<辛そう>
<ラモエの好きそうな、苦い顔>
<でも、決して哀しいからじゃない>
<希望を、紡ぐのね>
<思い出で>
<あなたの方向標を>
<……>
<あなたにとって、とても辛いことだけど>
<絶対に、成し遂げるわ>
「……」
「……」
「――ッ……」
「……」
「……」
<冒険記を出して>
<そして、とても美しく、そして残酷だけど>
<あなたの一つ一つの輝きはとても強くて>
<一度に総てを紡ぐ事は出来ない>
<その一つ一つを、貴方の手で手離して>
<しずくに変える>
<そうしたら、彼を帰して、彼女を還す>
<……出来る?>
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あぁ」