カオスドラマX

Gray Traveller / 712

712
わったん 2026/08/09 (日) 20:28:18 >> 710

それ以上は語らない。
語る必要もない。
用件は済んだ。
そう判断したように、ユンフは静かに踵を返した。
その背中には、以前のような確固たる目的地を目指す者の力強さがない。
ただ、歩く。
行き先を定めるためではなく、歩かなければならないから歩いている。
そんな空疎な歩みだった。

「何処へ行くのかな」
「そちらは図書館ではない」

透明の軌跡の背へと、ダンクの張った声が響いた。

「裏路地へ戻る」
「一度、頭を冷やしたい」

「透明の軌跡」
「『思い出』の軌跡を探すというのであれば」
「黒霧事務所の跡地から離れた仮宿を探すといい」
「君の嘗ての拠点地だ」

彼は振り返り、ダンクへと視線を置く。

「過去の横道」
「恐らく、あるんじゃないか」
「嘗ての君がしそうなことだ」

「……」
「ダンク」

「どうぞ」

「俺は、アンタにとってどう見える」

その問いだけは、ひどく静かだった。
記憶を失った者が、自分自身の輪郭を他者に尋ねている。
名前も。故郷も。旅の軌跡も。
自分が何者だったのかを証明するものが、己の中から零れ落ちてしまったからこそ。
それでもなお、自分という存在を他者の眼差しの中に探そうとしている。
ダンクはしばらく沈黙した。
やがて、いつものような落ち着いた声音で答える。

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