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―12区 裏路地―
裏路地の風景に、目立った変化はなかった。
煤けた建築物の隙間を縫うように、陰鬱な空気が澱み、
湿った石畳には都市特有の昏い気配が纏わりついている。
路地の彼方から向けられる組織の視線は、無遠慮に彼の背へと突き刺さっていた。
最も、その視線の意図は、「関わりたくない」という意思そのものではあったが。
12区における活動地。
ダンクの言葉を頼りに、黒霧事務所の跡地へと足を運ぶ。
かつて己が立ち、幾つもの出来事を積み重ねたはずの場所。
しかし、そこに嘗ての事務所を偲ばせる景観は、既に欠片ほども残されていなかった。
黒霧事務所という名も、其処で交わされた会話も、積み重ねられた時間も。
それらを一切知らぬ者が見れば、ただ新たな事務所が建造された、それだけの場所にしか映らない。
「随分立派な建物だ」
「巣の中心に行けば行くほど、荒廃的な住まいしかなかったってのに」
「……」
独白めいた言葉を零したものの、彼は建物へ足を止めることなく、そのまま素通りした。
既に情報として得ている、仮宿の位置。
そこへ至る道程だけを脳裏に刻み、余計なものへ視線を向けることなく、ただ黙々と歩を進める。
およそ十分。
その僅かな時間の中で、幾人もの人間とすれ違った。
その中には、彼へ声を掛ける者もいた。
だが、どう返せばいいのかが分からない。
相手が自分を知っている。
けれど、自分は相手を知らない。
その齟齬を埋めるだけの記憶を、彼は持ち合わせていなかった。
だからこそ、無難な挨拶だけを返す。
それ以上でも、それ以下でもない。
人と人との間に本来あるはずの繋がりを、表層的な礼節だけで繕いながら、彼は歩き続けた。
そうして辿り着いた仮宿。
人が住む上での最低限を模したような木製コンテナ。
「ま、まさかこんなところを拠点としてたんじゃねぇだろうな……?」
思わず苦笑が漏れる。
扉を開けて中へ入る。
一歩踏み込むたび、床板が乾いた軋音を奏でた。
長らく焚かれていない暖炉には煤が堆積し、その周囲だけが黒々と染め上げられている。
炎が消えた後の熱まで失われたような、ひどく空疎な空間だった。
向かい側には、一脚の机。
その上には、何者かが纏めたのであろう紙束が幾重にも積まれている。
長い間、人の手に触れられていなかったのだろう。
紙の表面には薄い埃が降り積もり、文字の輪郭さえ朧にしていた。
彼は最も上にあった資料を手に取る。
指先で表面の埃を払う。
さらり、と乾いた音がした。