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部屋は、闇そのものを展示空間にしたようだった。
壁も、床も、天井も、ほとんどが黒い。
本来白であったその空間は、暗がりに満ちていた。
照明は意図的に落とされ、広大なギャラリーの輪郭さえ、暗がりの向こうへ溶け込んでいる。
中心で筆を動かす音だけが静かに響き、その音すらも黒い壁に吸い込まれていく。
天井から伸びるスポットライトが、円形の光を床へと投げかけている。
闇の中にぽっかりと開いたその場所だけが、別の世界のように明るい。
光の中心には、ひとりの芸術家が立っていた。
P4号サイズのキャンバスの前で、筆を回す。
描かれた芸術は、血の色をしており、其処に映し出された作品の意味を知るには精神を捻じ曲げねばならなかった。
その作品を手掛けている薬指マエストロ・ドルドインの横顔を遠くから眺めながら、透明の軌跡を足音を響かせて近づいた。
「アヴァンギャルドという言葉をご存じでしょうか」
「芸術面に置いて革新的且つ実験的」
「前衛美術として印象的作品を手掛ける思想の事です」
ドルドインは静かに口角を吊り上げた。
視線は依然として眼前のキャンバスへ向けたまま、透明の軌跡へ言葉を紡ぐ。
「意味の分からない事、理解し難い常識を逸脱した先駆」
「大衆が喜び、声を荒げる芸術への反撥の狼煙」
「線を引き裂いだ先に残った僅かな点に潜んだ感情」
「私のフェティシズム」
「……」
「業を背負う上で必要な覚悟は、如何なる共感を求める物ではないのです」
「客観的な評を得てしまっては、進むべき道の当然感じるべき人の痛みを直で受けてしまいますから」
「……」
「マエストロ薬指、ドルドインだな」
「薬指マエストロ、ドルドインです」
「初めまして、透明の軌跡」
ドルドインは筆を止める。
そして、ゆるやかに身体を翻した。
礼儀正しく一礼を終え、生気の希薄な瞳を透明の軌跡へ向ける。
「会ったことはあるはずだろ」
「そうですね」
「ですが、私が拝見した芸術は『ガンパウダー工房』としての貴方です」
「特異たる色彩に名を馳せた貴方は、また異色の芸術と成り得ました」
ドルドインはスポットライトの円環を横切る。
白く塗られた椅子を手に取ると、
透明の軌跡の傍にまでそれを丁寧に持ち運び、「座ってください」と促した。