カオスドラマX

Gray Traveller / 722

722
わったん 2026/08/23 (日) 19:50:01 >> 721

「私は点描派として、『点』に映る美に魅了されています」
「その根底に蔓延る美意識は、常に披露され、そして数多の学生に伝播しています」
「ここまでを聞いて、貴方個人の感想は如何ですか」

ドルドインは透明の軌跡へと向き直る。
彼の視線には、先まで歩いていたドルドインの奥側に潜んでいた作品群が映った。
その時に沸き上がった感情は決して正たるものではなく、
胸の奥に湧き上がるものは嫌悪だった。

「……感性が異なるとしか言いようがない」
「俺はアンタらの芸術に対して、心底嫌気を差している」

「嫌悪を抱く象徴は、その題材となった犠牲でしょうか」

「とても人のする事じゃねぇ」

吐き捨てるような言葉だった。
それは理論ではない。
思想でもない。
ただ、人として抱いた拒絶だった。

「客観性に基づいた芸術」
「今貴方が仰ったのは、受動的な思考に支配された感情です」

「その芸術を肯定しろってのか」

「いいえ」
「思想が希薄である貴方には、我々の芸術を否定する資格がありません」
「肯定も、否定も、貴方の選択は我々の芸術の枠外に存在します」

その言葉には、傲慢さすらなかった。
だからこそ、余計に冷たかった。
肯定する資格もない。
否定する資格もない。
そもそも、彼らの芸術を評価するための土俵にすら立っていない。
そう断じている。

「……」
「その資格が、ユンフにはあったのか」

「えぇ」
「彼を私のオークションに招いたきっかけ」
「出来る事なら、ビエンナーレに彼を飾りたかった程です」

「……」

ドルドインは、ゆっくりと視線を逸らした。
そこには先程までの傲慢な芸術論を語る男とは異なる、微かな感慨が宿っていた。

「彼が描いた芸術は、『思い出』に沿った幸せの道標でした」
「点描派たる私に、『線』を突き付けてきたのです」
「ですが、私はその『線』に対する美を理解する事はしませんでした」
「それは所詮、感情に過ぎない目に見えないものであるが故」
「ですがどうでしょうか」
「彼は、そんな私達を納得させるだけの感情の側面を立体化させてきたのですよ」

通報 ...
  • 723
    わったん 2026/08/23 (日) 19:51:52 >> 722

    点と線。
    それは、あまりにも単純な対比だった。
    点描派にとって、世界は無数の点によって構成される。
    細分化され、観測され、配置され、そして一つの像へと統合される。
    だが、線は違う。
    線には始点と終点がある。
    その二つを結ぶために、途中という時間が生まれる。
    ユンフが突き付けたものは、まさにそれだった。
    過去から現在へ。
    そして現在から未来へ。
    途切れずに続いていく、一本の線。

    「思い出話に華を咲かせながら、自身の芸術が過去にある事を説き」
    「そしてその過去の為に残酷な今を歩み抜く」
    「その光景を、私達都市の人間に、語り、そして見せてきた」

    ドルドインの声が、ほんの僅かに柔らかくなる。

    「絶望的な世界観の中でさえ、利他的に生き抜く事を選んだ彼が」
    「ただ一人の少女の為に、利己的に生きる事を選んだあの場面」
    「えぇ」
    「あのエヴォカティブ(喚起的)な芸術は、彼の色だけであり、そして少女の色でもありました」

    「……」

    ギャラリーには、無音という静寂だけが残った。

    「私はその記憶を突き付けられ、彼の芸術の主観に酷く影響されましたよ」
    「こんなにも優しく、一途であり、希望溢れる芸術」
    「凪いだ風を抱きしめるような、淡い空気を纏った憧憬」
    「それを彼は描いてくれたんです」

    ドルドインは踵を返し、作品群の一つに手を掛ける。
    手つきは異様なほど優しかった。
    先程まで作品を撫でていた指先とは違う。
    壊れやすいものを扱っているというより、
    そこに宿る何かを、決して傷つけてはならないと理解している者の手つきだった。
    額縁に嵌ったその画材を手にとり、透明の軌跡の元へと戻って差し出した。
    其処に映されていた絵画は、歪な線で、着色も定かではなく、
    技巧だけを評価するのであれば、とても上手いとは言えない。
    だが、その一枚の絵を見て、透明の軌跡は

    「――」

    ただ、ただ見る事しか出来ずにいた。

    画像1