カオスドラマX

Gray Traveller / 729

729
わったん 2026/08/30 (日) 18:57:49 >> 728

「クソ」
「俺自身、どうしたいんだろうな」
「都市に存在する以上、都市で生きて往くことは当たり前だ」
「だが、俺の前任はそうじゃなかった」
「都市は『思い出』への通過点に過ぎない」
「見ている場所が違う」
「……故郷ってなんだ」
「故郷の連中とは仲良かったのか」
「何故そいつらを護ろうと思った」
「その上で、何故利己的に生きる決断が出来た」
「その決断をさせた子は」
「一体、どんな子だったんだ」

瞼の裏に現れたのは、大切に保管された画材に描かれた一人の少女の絵。
彼自身の記憶には存在しない。
それでも、その姿だけは妙に鮮明だった。
柔らかな輪郭。橙にも輝く太陽のような笑顔。
これまで色彩に乏しかった彼の視界へ、初めて強烈な色を差し込んだ存在。

「……」

蝋燭の炎が揺れた。
その僅かな光が、透明の軌跡の瞳へ映り込む。
虚ろにも見える瞳だった。
けれど、その奥には先ほどまで存在しなかった微かな光があった。
視線の先にあるのは、空白の画材。

「……」
「俺の感情は俺のものだ」
「それ故に、俺は都市で描かれた軌跡に抗いたくて」
「数多の人間との視線を遮ってきた」
「俺でない俺を見ているその視線」
「……その視線を描いてきたのは間違いなくユンフであり」
「そのユンフを構成したのは……」
「君なんだろうな」

徐に手を伸ばし、筆を奔らせる。
筆先が、画用紙の上を静かに滑っていく。
淡い色が細い線となって残される。
手首はほとんど動かず、指先だけが微細な調整を繰り返していた。
力を込めれば濃く、僅かに緩めれば掠れる。そのわずかな力加減だけで、線には異なる表情が生まれていく。
その精錬にも思える程、細やかな動きで、描き手の意思を紙面へと紡いでいく。
誰かから教えられたわけでもなく、
ユンフの記憶の真似事をしている訳でもない。
ただ、自身の意思で、筆を動かしていった。

「……」

溶け落ちた蝋は燭台の縁を伝い、小さな炎は頼りなく揺れながら、それでも暗闇を退けるには十分な光を投げかけていた。
其処に差し込まれた仮初の芸術。

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