カオスドラマX

Gray Traveller / 730

730
わったん 2026/08/30 (日) 19:00:49 修正 >> 728

画像1

その芸術は、ユンフの描いたものより描写力に優れたものだった。
長い髪。
閉じられた瞼。
そして、ほんの僅かに口元を緩めた、穏やかな表情。
紙面には淡い褐色の色彩が沈み、輪郭を縁取る線には手描き特有の揺らぎが残っている。
精巧に整えられた肖像というより、何度もその姿を思い返しながら、少しずつ形にしていったような絵だった。
たった一度の邂逅。其れもキャンバス越しに見えた少女の姿。
透明の軌跡は、そんな彼女を描いた。
ユンフとしての筆ではなく、彼自身の筆として、
ユンフの軌跡の先に存在する方向標を。

「……」
「『いつもの日』」
「お前が見たい笑顔は」
「感情というコップに注がれた愛」
「唯一無二の思い出」
「何もない俺と違って」
「お前は――」

筆を置く。
溢れそうになった感情を抑え込みながら、描いた少女を見つめる。
決して自身の記憶に存在するものでもなく、
自身の核を形成するものでもない。
ただ、今描いた少女そのものが、この肉体に宿る魂を構成する感情そのもの。
ならばその肉体に宿りし自身は何者なのか。
虚像、フェイク、贋作――。
思考に奔るノイズは、どれも自身を攻撃する。
偽物なのだと。空っぽなのだと。借り物なのだと。
劣等感は際限なく、彼の表情を変える。

「――」
「……」
「その物語を有するなら……」
「何故俺は、此処にいる」
「お前は、何故俺を此処に誘った」
「何故、この子の為に戻る決断をしなかった」
「その軌跡を、何故俺に委ねた」
「――」
「答えはわからねぇか」
「こうして『意識』が此処にある以上」
「俺はお前の延長線に立つ何者かなんだろうよ」
「……俺の芸術……」
「横道」
「お前の方向標」
「思い出」
「……」
「『愛情』」
「一度も手に入れた事なんざないってのに」
「なんて残酷な道を提示するのだろうか」

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