カオスドラマX

忘却あれ。 / 3

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 少女の名は『ブックマスター』
 かつての世界の知識を得、人並みの会話と思考能力を得た我は「なんとも捻りがない名前じゃな」と形ではなく翼を落とした。
 ブックマスター、もといマスターは「過不足無いのでいいとこれが思います」とあっけらかんとして答えた。

 マスターは栗のような頭髪に栗のような瞳、白木のような肌、白樺のような色と質感のシャツ、
黒地のエプロンにスラックスという、光の陰影しか記録しない映写機で映し出しても"セピア調"で100%再現できるような容姿の少女だ。

 背は低く、骨と皮しかないかのようにやせ細っているが、
何故か気品のあるふるまいと機敏な所作から上流階級の麗人のように見える。
しかし服装は質素でビジネスライク、良くも悪くも人らしさ、人の匂いのしない人物だった。

 帰る世界が閉じてしまったので図書館に居候する虫である我に対しても邪険にすることなく、
もてなしもせず、ただ飛んでいる置物であるかのようにどこ吹く風。

 マスターはこの『他の何物でない図書館』の館長だ。
 他には居候の我しか常駐しておらず、司書の雇用も募集もしていないので管理運営を全て一人で行っている。

 最も、『他の何物でない図書館』に来客はとんと訪れず、現れたとしても『本を預けに来るだけ』なので、
彼女は決まった時間に起床し、コーヒー豆を引きながら決まった位置でルーチンを繰り返すだけなのである。

「飽きないか?」

 そう何度か訪ねたが、彼女は決まって
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「もう飽きるほど人生をやってきましたから」
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と、それはそれは「今が幸福」とでも言わんばかりの微笑みを浮かべる。
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 はたから見ればつまらん女なのだろう。だが我は知っている。
 今の彼女にかけるべきは「おつかれさま」の他に無いのだと。 
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 故に、こうしてただ『世界を置いてあるだけ』の図書館で眠りを守護する万人であることは、
もはや彼女が得られなくなった「眠り」に等しい安らぎのはずなのだ。
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 彼女は眠らない、眠れないのだ。
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