「あと何マイルですかね?」
「2マイル。すぐに着くから黙ってろ」
「アイアイサ」
M800多目的トラックの助手席で頬杖をつく。外の景色は緑と茶色の2色で構成されており、マンハッタン走っていた時のような目新しさは欠片もない。積荷は大量の医療物資と食料品で、キンシャサの配給施設へ持って行くと言う話だった。雨季が過ぎ去った中央アフリカに、青い空が微笑みかけている。殺意を込めて撃ったこともないライフルのセーフティを指で遊んでいると、最後尾の車両から連絡が入った。
『こちらドラゴン6-6、後方から不審車両1。警告中』
窓を少し開けると、湿った空気と後ろから響くフランス語の警告が入り込んできた。
「大丈夫で__」
視界が白に染まった。ついで襲ってくる激しい衝撃と熱波がフロントガラスを破り、破片が頬を突き刺して痛覚神経を刺激する…はずが何も感じない。自分の思考が著しく遠くへ落ちて行くことを感じるが、迫り来る死すら意識できなかった。
ーーーーー
「__軍曹…軍曹…起きろ!」
肩を叩かれる軽い痛みと大声で目を覚ます。かろうじて回復した聴覚と視覚が先ほどまでの平和な視界を取り入れることはなかった。
「…あぁ、そういう」
運転手だった先輩はIEDに近かったのか、皮膚は捲れ、左目のあたりに金属片が刺さっている。血となんらかの体液で構成された混合液が傷口周囲からジクジクと漏れ出し、焼け焦げ、煤に塗れたACUを染め上げて行く。死んでいる。
自分の左手に視線を落とすと、空虚があった。手首の断面からは血に染まった骨と赤々とした肉、乱雑に千切れた血管が覗かせている。
「外出るぞ、落ち着け。せーのっ!」
両脇の下に腕を入れられ、力尽くで車外へ引き摺り出される。未舗装の道路の脇に寝かされると、先ほどまで見ていた青い空が視界いっぱいに広がった。左端に登る黒煙が邪魔に思えた。
瞼が重い。
「寝るな!おい!」
顔を叩かれて意識が浮上する。と、同時に壮絶な痛みが左手を突き刺した。まるでよく焼かれた鉄を当てられた時のような鋭く鈍重な痛み。これまでの人生で最大の損失と代償を脳へ直接送りつけられる。幼少期の少年が自転車で転んだ時のような、何も気にしないようななき叫びを上げる。
「大丈夫だ、こっちを見ろ!」
青い空を遮り、部隊にいたコンバットメディックがこちらを覗き込む。手荷物は何かの粉が入った袋。あれは確か。
「_______!」
またしても壮絶に痛覚が刺激される。暴れる私の左腕を押さえつけ、彼女は粉末を傷口へ振りかける。惜しみなく、大量に。
「え、あ、根性なしだったか」
その時には再び意識を手放していた。
「カチッ」
乾いた金属音が足元から響いた瞬間、世界が止まった。
0.4秒後、PMN-2地雷が破裂する。
爆風と共に足首から下が消し飛んだ。
皮膚は裂け、筋繊維が捻れ、骨が砕けて散った。
スネの骨は白濁した破片になって肉と一緒に空中に舞い、脛の皮膚は靴の中に残ったまま、
焼け焦げた肉の断面からは泡立つような血液が断続的に吐き出される。
彼は悲鳴を上げようとしたが、肺が圧迫され、喉から出たのは犬の鳴き声に似た喘鳴だった。
「あ゛っ…ぅう゛…っっあ”あ”あ”あ”あ”ァ!!」
倒れた地面は赤く染まり、泥と血が混ざり、粘性の高い肉のスープのように変わる。
両手で膝下の“あった場所”を押さえるが、指が皮膚の下にずぶりと入る。
圧力で裂けかけた皮膚が破れ、筋肉の繊維がピロピロと音を立てて指に絡まる。
「どこだ!?どこが痛ぇ!?おい!どこがっ!!」
駆け寄ってきた仲間が叫ぶ。
彼は答えられない。
口を開けば断末魔の咆哮と嘔吐物と、舌の一部が同時に飛び出るから。
右目は爆風で硝子体が飛び出し、視神経が頬まで垂れている。
残った左目で彼は自分の脚を見てしまう――骨だけが刺さったような断面。
その中心に、まるで溶けたチーズのような筋組織がぶら下がっている。
助けようとする兵士の手に、自分の内臓の一部が貼り付いた。
爆風で腸が肛門から押し出されていたのだ。
細長く伸びた腸が、まるで蛇のように泥を這っている。
自分の体の中にあったそれを見た瞬間、彼は嗚咽し、自分の舌を噛み千切った。
「モルヒネッ!!早く!!早くッ!!!」
手当ては遅かった。
鼓動に合わせて吹き出していた血は、もはや泥と区別がつかない赤黒さになっていた。
目が見開かれたまま、彼の口がパクパクと動く。
声は出ない。肺が破れている。
「……こわい……」
最後の言葉は、声帯が崩れてもなお、口の動きで読み取れるものだった。
そう呟いた数秒後、彼の身体はけいれんを止めた。
片脚が無くなった兵士の死体は、血と泥に埋もれた戦場の片隅で、“肉の塊”に戻った。
ああ...なんて良い描写なのでしょうか...(恍惚)