鋼鉄の冷気が漂う地下コンプレックスのブリーフィングルームには、淡い青白い照明が灯っていた。壁に貼られた高解像度モニターが次々と戦術マップを切り替え、空気には人工静電フィルターの微かな唸りが響いている。
黒の防弾装備に、赤色の小さな光が脈動する自律識別タグ。全員が、黙って中央の投影に目を向けていた。
「全員揃ってるな、作戦を説明しようか」
『ヒーリアム、工業地区でサイコハザードがあったと聞いてる、その後処理?』
「御名刹、聞いてるなら話が早いな」
前に立つ"ヒーリアム"、指揮官ユン・ハオ少佐。義眼のHUDが淡く明滅し、声は無機質ながら明瞭だ。背後のホログラフィは、工業地帯と数本の地下アクセス路を映し出している。
「依頼主はJLY。内容は知っての通りサイコハザードへの対処だ。対象の工業地域で発生したサイコハザード対処のため、既にTYP-57とKR27の混成部隊が展開しているが、オペレーション・クラルテ以前に建設された地下通路や工場が作戦進行を阻害している。作戦の延長はサイコハザードの更なる拡大を
生み出しかねない。そこで我々の出番…というわけだ」
ホログラムは次々と立体的に工業地帯の状況を映し出す。ついては消える赤い点、中心に向かって進む大小二つの緑色の点と次々増える赤いバツ印。
「現地はドローンによって隔離されており、当分は汚染拡大を防げるが…。情報によれば汚染者の中には銃火器で武装した者もいるそうだ。我々は現地の無人機隊と協働して工業地区を制圧。テミス・システムのエリアスキャンによりUCCI規定値以下の者は全てω9へ降格されている。事前の警告は不要だ、撃って構わない」
『市民だとしてもですか?』
「繰り返す。テミス・システムのエリアスキャンによりUCCI規定値以下の者は全てω9へ降格されている。市民であろうが、テミスは不要と判断した。それだけだ。不満か?スカンジウム」
『いえ…、』
「スカンジウムは最近配属されたばかりだったな。これがここの日常だ。いずれなれるだろう。我々は会社員であって公務員ではない」
テミスが決定したのだ。それが事実であり証拠で、他の誰も異を唱えることはない。
ユン・ハオは表情一つ変えずに説明を淡々と続ける。
「今回の報酬は歩合制、それと別に行政府から治安維持協力金が追加手当で出る。常時仕事はテミス・システムに記録される。明日のうまい飯が欲しければ仕事をやり遂げろ。以上、V-19がハッチで待っている。準備ができ次第出撃せよ」
ユン・ハオがブリーフィングを終えると同時に、室内の照明が切り替わり、赤い非常灯が点灯した。
誰も声を発さない。
それがENノクターン・セキュリティーのブリーフィングだ。テミスに従うこと。管理された秩序の下、この行政区で幸せに生きる最善の選択なのだから。
「ユニット03、南側非常梯子確認。熱源反応2、交戦準備を」
ノイズ混じりの音声が通信に走る中、ENノクターンの黒装備が無音でビル影を移動していく。ドローンがビル群の谷間を滑空し、赤外線の網を張る。既に無人機隊と汚染者たちの抵抗の後が生々しく地面に赤黒くこびりついていた。
「—やめろ! こっちは何もしてない!」
叫び声が響く。工場の一角から、男が両手を挙げて飛び出してきた。後ろからは幼い子どもを連れた女、そして老いた女が這うように出てくる。全員、登録IDタグなし。テミスからの判定は即座に下る。
「犯罪係数371、301、322、319。執行対象です。速やかに執行してください」
バシュッ、と音がして、空気が震える。後ろからTYP-57の砲塔から打ち出された青白い光が一筋の線を描いて、光を受けた男の身体が内側から膨張するように破裂し赤い液体と焼け残った肉塊を振りまく。女は子どもを庇って悲鳴を上げ、だが次の瞬間には隊員の銃撃によって諸共床に崩れ落ちる。
「誰の戦果だ?」
『あとででいいだろ』
周囲で爆音。非常階段の上部で誰かが即席火炎瓶を投げた。
「ユニット05、火線確認! 照準中――」
だが、その言葉よりも速く、1人の隊員が膝をついた。肩口を焼かれた黒装備が煙を上げる。
別の隊員が素早く対応し火元の男を銃弾を浴びせた。血飛沫は雨で即座に洗い流される。
「残存熱源ゼロ。第一区域、鎮圧完了。マグネシウムが負傷したが軽傷だ」
空中からドローンは逐次封鎖エリアをスキャンし執行者をあぶりだす。データベースは逐一更新され、無人機隊は無感情に見つけた執行対象者を無慈悲に撃つ。都市の破壊は最小限に抑えられる。
『空中管制ドローンからのスキャン結果が出た。新たに反応多数。地下通路だ。たくさんいる。CVC照合急げ』
『全員、照合結果が出次第ただちに執行。仕事は早く終えて家に帰れた方がいいだろう?』
「はは、そうだな。さっさとやってしまおう」
少佐の声が隊内通信に走った。
「RELIC群へ伝達。Bエリアの執行完了。死体回収を依頼」
『RELIC09、了解。直ちに向かう』
雨は止まない。無人機の残響音と、遠くで泣く子どもの声、そして銃撃音だけが支配していた。
・JLY
江南綠源農業股份有限公司。蘇州の地元企業。
・特別行政区での警察
珠江特別統治区やヴァスコ・ダ・ガマ行政区などでは警察の民営化に伴い、各団体や企業などから個別にPMCへと依頼を出して"サービス"として警察業務を提供している。対処にかかった時間や人件費などを含めて後から顧客へ請求される。
一応行政区からの補助金も出るが、全額ではない。依頼主は個人から企業、行政区など様々。
・治安維持協力金
行政区における治安維持活動を行ったPMCなどに対して支払われる。依頼の規模によっても金額は変わる。
・RELIC
ENノクターン・セキュリティが有する治安部隊。実弾による執行後の死体回収・血痕などの洗浄を担当する。
・サイコハザード
精神汚染。集団で起こるUCCIの規定値異常を主に指す。
なんだこの絵はたまげたなぁ()
なんかサイバーパンクみある