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やがて灯りの差す小さなレストランの前にたどり着いた。
古びた酒場をイメージしたありふれたチェーン店。
瀟洒な造りの木製の扉。掲げられたプレートには品の良い筆記体。
街の喧騒から離れた静かな場所。本来ならデートにでも使いそうな穏やかな店だ。
私はもう一度だけ深くため息を吐き、それから重たい足取りで扉を押し開けた。
カランと、ドアベルの乾いた音が鳴った。
レストランの中は、思っていたよりずっと落ち着いた空間だった。木製のインテリアにオレンジがかっ
た間接照明、ジャズピアノの旋律が流れ、いかにもな感じといった趣だ。
私は一歩遅れて入店し、そそくさとミーナの背後に続いた。店員が案内するテーブル席に無言で着席す
る。
ミーナは変わらず静かに微笑みながら椅子を引き、滑らかな動作で腰を下ろした。
その一連の所作は、洗練されているというより...。訓練された機械のように''無駄''がなかった。
やがて、注文した料理が運ばれてきた。
私はナポリタン。本場イタリーではなくJapanese パスタが発祥らしいが、そんなことは関係ない。チ
ーズとミートソースの匂いに思わず目が細くなる。ピーマンが控えめなのも好感触だ。
一方のミーナは、スープ、サラダ、グリルチキン、ワインのセットを前に、淡々と食事を始める。
まずスープを一口。ごく自然に唇がスプーンに触れる。ごくりと音もなく飲む。
そこまではまぁいい。
問題は次だ。
無言のまま、彼女はナイフを手に取った。
サラダの上に乗った鶏肉の切り身を、流れるような動きで切り分けていく。
切る。フォークで刺す。持ち上げる。
食事というよりは解剖に近かった。ミスもブレもない。けれど、どこか食事の風景としては違和感が残
る。
そして、彼女は鶏肉の一切れを口に運んだ。
小さく口を開け、フォークを咥えゆっくりと引く。まるで絵画のように整った所作だった。
が...、しかし。
咀嚼音がない。
私はピタリとフォークに巻きつけていたナポリタンの手を止めた。
喉が上下するのが見えた。
(...え?)