「私は''理解されたい''とは思っておりません。しかし情報の交換においては、信頼があった方が都合が
良いでしょう」
ミーナ・フェアリュクトはそう言って、ナプキンで口元を拭いながら、まるで軽口でも叩くようにさら
っと続けた。
「少し、自己紹介をしましょうか。私という個体は現在で四代目です」
(...、四代?)
思わず眉が寄ってしまった。どこの家元の話だよと言いたい気分を抑えて口に出す。
「代?」
ミーナはうなずいた。
「ええ。元々は一人の女性科学者でした。時代は...、そうですね。あなた方の歴史書で言えば20世紀
初頭頃。最初の私が生まれたのはその頃でしょうか。それ以降、死を避けるため自らの人格と記憶をデー
タ化し、義体に移植することを繰り返してきました」
は?いや、何言ってんのこの人。いや人?
「不老不死ってやつですか?」
そう返すと、ミーナはわずかに笑った。けどその笑いに温度はなかった。
「どうでしょう。ここにいるのが''私''とは限りません。そもそも過去の自分と今の自分が同一だと、確
証を持って言える人がいるのでしょうか?」
と、言いながら手に取ったグラスをコトンと静かにテーブルに戻す。その音が妙に響いた。
「細胞の代謝速度を考慮すれば、ほとんどの人間は 1 年後には別人です。記憶と連続性それすらも、
いずれは曖昧になる」
──なんなんだコイツ。
生きてるのか、死んでるのか、それとも...。なんかの“データの塊”なのか。いちいち言い回しが回りく
どいというか、哲学じみてて余計怖い。やっぱり思考回路からして人間じゃない。
「人という存在の進化、適応、逸脱。または、人という存在を模倣した、全く別のヒトという、理を外
れた存在...。いわゆる''人外''がどう生まれ、どう生き、どう滅ぶのか...。私はその行く末を、観測し、記
録し、見届けたく思います」
ミーナの目がまるで実験動物を見るようにまっすぐ私を捉えるが、その視線に臆することなく切り返
す。