[クソクソクソっ!!なんでばれたのよ!クソ!!]
パリ郊外の倉庫群で、熾烈な”鬼ごっこ”が行なわれていた。勝てば理想を掲げて戦える。負ければ.....死ぬ。そんな追いかけっこが静かに行なわれていた。
{ターゲット、右に逸れた。}
「了解、じゃあこの倉庫突っ切って近道する」
{分かった。倉庫に入ったらそのまま直進}
「了っ解!」
倉庫のドア轟音を立てて蹴破り、その中を突っ切る。この鬼ごっこの鬼はまさに”猟犬”一度見つかれば逃げるすべは無い。
{倉庫を出たな、その先40mの位置にいるはずだ。}
「分かった。さっさとひっとらえて帰りましょ!」
もう少しで仕事が終わる。そう思った時だった。ヒュンっと顔を掠める感覚とすぐ背後で鳴った金属同士のぶつかる音。
「あいつ撃ってきた!!銃持ってるなんて聞いてないわよ?!」
全力で追いかけながらも無線に向かって抗議する。無線からはため息交じりに
{情報外のことはよくあることだ。それに話してる場合か?逃げられるぞ。}
相手の足は存外速い。これ以上はじり貧と踏んだ”アーサーは”ある決断をする
「もういい。一応、正当防衛ってことで片付くわよね?」
{ああ、だが、、、、はぁ.....もう何も言うまい。}
無線の向うの同僚は諦めた様にため息をついた。
それと時を同じくするころ、一発の銃声が倉庫群に響く。
[っグ.....あ”あ”あ”!!..!!]
「やっと、”止まった”」
銃弾で貫かれた足を引きずり、這いながらも逃げようとするターゲットにアーサーはゆっくりと近づく。
[クッソぉ....]
ターゲットは落した銃に手を伸ばすが、、、、また一発の銃声が響く。
{ターゲットの無力化を確認。}
銃を破壊され、足を撃たれたターゲットに、もう戦う力も逃げる力も残されていなかった。
「さて..とアンジー・シャルロット中尉....いや元か、クーデター実行並びに国家反逆罪で拘束する。」
イベリアでの混乱に乗じた国家の転覆。これを未だに実行しようとするものは少なくない。そんな”危険分子”をとらえるのが、退院したばかりの彼女の日課のようになっていた。
[あんたらは分かってない!!!今のこの国がどんな状況か!!このままではこの国は他国の傀儡に成り下がる!!この国の無能な首脳を粛清し、自立した国体を取り戻す!そんな簡単なことがなぜわからない?!]
弁明とも絶叫とも似つかない声が倉庫群を満たす。
「この国は民主主義の国よ。それがしたいなら選挙に出るなりしなさい。少なくとも国民の民意で決められていないことをあなたたちは押し通そうとして、3000人以上の死傷者を出した。これは法裁かれてしかりよ。」
そう返すとあざ笑うようにアンジーは答える。
[そう....ならそうすればいいじゃない。この国は絶対によくない方向へ突き進む。今のこの国の政治も、軍も、何一つとしてこの国の国民を守ることはできない!そう....貴方の家族も何もかも、貴方は守れない!!]
その言葉にアーサーは激昂した。守れない”あの日”いやというほど味わった無力感がアーサーを飲み込もうとした。それを振り払うようにアーサーはアンジーに馬乗りになる。
[ちょっ....ま]
拘束する。その言葉から今すぐは殺されないと高をくくっていた彼女の予想は虚しくも崩れ去った。
「黙れ!黙れ!黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!」
あの日の記憶をかき消そうとするように殴打する音は、やがては水音交じりになり、相手の懺悔も聞こえなくなていた。それでも、無力感から逃れる様に何度も何度も何度も何度も何度も....
{アーサー、もうよせ。....死んでる}
気がつけばそこにはアンジー”だったもの”があった。
「あ、、、、噓....」
自分のやったことが未だに理解出来ない。血まみれになった下腹部と両手。やっと状況を理解すると同時に思考が真っ白に溶けていった。
{この件については上にこちらから報告しておく。処理班を手配するから....}
そこから先はあまり覚えていない。ただ気が付くと出勤時の服を着た”自分”が自分の家の前にいた。ぎこちない手つきで鍵を開け、玄関に入る
「....ただいま」
まるで抜け殻の様な声でそうつぶやく。
部屋の奥から小走りで近づいてくる人影が一つ
『おかえりなさい!アーサー!』
満面の笑みと抱擁でアーサーを出迎えるのは
「ルイーシャ、、ただいま」
少し笑みを返して抱擁し返そうとすると....思い出してしまった。両手にこびりついた肉片と血、下腹部にまとわりつく血だまり。どうしようもない無力感。
視界が狭くなり、呼吸が早くなる
「はっ....はぁっ!!はぁっ!!カヒュ!!」
抱擁し返すことができない。肩で息をしながら膝をつく。
『アーサー?!大丈夫?!何が....』
自分にかけられる心配の言葉も、届かない。そして芋ずる式に思い出して辿り着いた。”敗北の記憶”
「っ....!!!!」
アーサーは直ぐに手洗いに駆け込みそのこみあげてきたモノを吐き出した。
「う”…あ”え”....あ”あ”」
もう空っぽなのに延々とで続ける。ルイーシャはそんな彼女を見ながら、ただ背中をさするしかできなかった。