ブレンパワード3読了。福井晴敏氏による解説まで。この「解説」が、2025年現在に読んでも全然古くない、一部は現在なお読み直されてほしいような内容で、それだけでもこの本はピックアップしたいのだった。まあそれだけでは難しいけどな。このあとどうしようか。
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ブレンパワード3読了。福井晴敏氏による解説まで。この「解説」が、2025年現在に読んでも全然古くない、一部は現在なお読み直されてほしいような内容で、それだけでもこの本はピックアップしたいのだった。まあそれだけでは難しいけどな。このあとどうしようか。
福井晴敏氏が……と言ったわりに、福井小説を今読む気はないけど、『∀の癒やし』を代わりに読もうか、∀やキングゲイナーの間は今飛んで『リーンの翼』へ行ってしまおうか、少し迷い。エッセイはまた別で読むが、ゲイナーにしても連載小説のそこまで全テキストを補おうとは今思っていない。わたしの手元には今ないが、手に入るはずだがな。
ブレンパワードOST2は、このあと聴いておく。ブレンは今回ここまでか。
わたしは『王の心』はアカイアー推しだと書いたが、『ブレンパワード』はクインシィ。無論だ。
依衣子がその後どうなったかは、それももうどうでもいいのだろうが、その後の生涯にわたって空をみればオルファンが滞空し続けているなら、そのオルファンの巫女のようなものがいれば比瑪(や、子供達)よりはやはり依衣子だったんじゃないかと、いくらか余分な想像もする。あと現代詩を読む。
それが誰の瞳と唇かは、「まどろんだまま旅している誰か」のことは、今まどろんでいるので目はつぶっていると思うから、瞳は見えない。「まどろんでいる誰かが、その夢の旅の果てに見ている誰か」のことだろう。なんと理屈っぽい説明だ。理屈だけど、おかげで誰を思うべきかの関心を絞れる。
夢見る者は、夢に自分のことなどは忘れていよう。そして、忘れたい。
『二人の心は、分離したカフェオレみたいに冷めてる』と語るのが常識。カフェオレがそんなに好きか?カフェオレのことはもう放っておいてやれ。わたしはそういう詩が好き。カフェオレが愛しいんだな。