上のことはそれとして、マフティーに憧れるべきかは一考するべき。「親に迷惑をかけるか」、などはどうでもいい。そんなやつはマフティーの先鋭に求められたりしないから平気。
テロリストが事に及んでロマンチシズムを容れるべきか、だ。それは考えていたが、たまたま先日読んでいた野阿梓の『武装音楽祭』(1984)にそっくりそのくだりがあって、知らずに惜しかった気持ちになっていた。読んでいたのこのたびハサウェイ二部の前々日だったからね。
「耽美と革命はどう接点するか」は今頃になって考え甲斐のある、また自分も密かにフォローしてみたいテーマ。ハサウェイ話に戻れば、マフティーは革命を目指してはいない。絶対無謬の独裁なんてできるわけがないとギギにも言っていた。結果については諦めているけど、ともかくやってみて諦めるなり死ぬなりしよう……では、後に残すメッセージはいかにも弱々しいけど、現代にもまだ細く続いていると思いたい。
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